胎内くぐり【Dパート】
「何だぁ? 俺とやろうってのかぁ?」
ニヤついた太った不良学生は明美の手を離すと直実に襲い掛かった。
だが、直実の姿は目の前で消える。
「ねえ、どこを見てんの?」
背後からの直実の声。
本能的に察する生命の危機に足が固まり身動きが取れない太った不良学生。
「あんた、さっき、こう掴んだよね?」
直実は左手で太った不良学生の右手首を掴むと、力任せに引き寄せる。
あたかもロープで跳ね返ってくる感じで半回転する相手。
その太い首に対し、
ピッシ――――――ン!
ラリアットを叩き込んだ。
太った不良学生はサマーソルトキックの自爆のような格好で地面に後頭部を叩きつけられる。
「学ーっ!?」
三人の不良学生はユニゾンで、白目を剥いて口から泡を吹く太った不良学生の名を呼んだ。
「よくもやったな!」
髪を真っ赤に染めた不良学生がナイフを取り出す。
そして怖くて動けなくなっていた明美を再び捕まえると、喉元に刃を突き立てる。
「おっと、プロレス女も柔道女もおとなしくしてろ。
でないと、この子の首がどうなっても知らねぇぜ。」
「くっ、卑怯者!」
こうなったら直実も希望も何も出来ない。
絶体絶命のピンチだ。
「ぐへへ、そういう負け犬の遠吠え、俺は好きだぜ。」
パ――ン!
パーマ頭の不良学生が何も出来ない状態の直実の頬を一発叩く。
「ナココーっ!」
明美の声が響いた。
その時だった。
「助けに来たぜ。」
現れたのはテキヤ姿の徳子だった。
「トッコ!?」
驚く直実。
「フン、また女か。
女が何人集まろうと、同じなんだよ!」
赤い髪の不良学生が吠える。
その一瞬の隙を直実は見逃さなかった。
神速の五メートルダッシュで近づき、ナイフを持った手に下駄のトラ―スキックを浴びせる。
「あぐっ!」
ナイフが地面に落ちたのを見た明美は、思い切り赤い髪の不良学生の左腕に噛みついた。
「いててててて!」
思わず、明美を捕まえていた腕を放す赤い髪の不良学生。
すかさず逃げる明美。
ビシッ!
そこを徳子のローリングソバットが赤髪の顔面を捉えると、声もなくズシャッと倒れた。
「よくも和正を!」
背の高い不良学生が怒りを露にする。
しかし、その背後に素早く忍び寄る希望。
「柔道は人殺しの技なんです。」
「なん、だと‥‥?」
背の高い不良学生は希望の裸絞めで一瞬にして落とされた。
「あわわ‥‥。」
一人残ったパーマ頭は完全に戦意を喪失している。
しかし、直実の怒りの炎は収まらない。
そんな中、徳子は直実を制した。
「ここは私に任せてくれねぇか、ナココ。
祭の不手際は若い衆で何とかしなきゃなんねぇんだよ。」
「若い衆?」
直実の鋭かった目はタレ目に戻る。
「なぁに、死なない程度に痛めつけるだけだ。
ま、目の毒だから、そっちの子たちには見せねぇ方がいいかもだけどな。」
そう言うと、徳子はキックとパンチでボッボコにし始める。
● ● ●
「トッコ、お兄さんの手伝いかぁ。」
「まあな。
不良やんのもマーシャルアーツやんのも結構カネが掛かんだよ。
――で、兄貴に頼んで午後っからバイトさせてもらってたってワケ。
そしたらさ、この店の前をナココたちが通り過ぎてったもんだから、兄貴にちょっと店番代わってもらって。」
徳子はトウモロコシを焼きながら事情を語った。
「へえ、そうなんだ。」
「ナココ、ほら焼けたよ。
友だちの分も持ってきな。」
「本当にいいのかな、もらっちゃって?」
「祭のトラブルを未然に防げなかったのは若い衆の手落ちだ。
これくらい安いもんだよ。
このトウモロコシ、マブネタだからマジ美味いぜ。」
「マブネタ?」
「まあ、平たく言やぁ、新鮮だってこった。
ちなみに古いのはシケネタって言うんだぜ。」
自慢げに話す徳子の脇から、
「トッコ、手がお留守だ。
もうすぐ親分が来る、マブネタ、ジャンジャン焼け。」
徳子の兄が指示を出す。
「あいよ、兄貴。」
「じゃあ、またね、トッコ。」
「うん、またな、ナココ。」
直実が徳子に背を向けると、そこには金森の姿があった。
「あれ、鷹ノ目じゃね?
いつ退院したんだよ?」
「今日の午前中ですよ。
親分も胎内くぐりに来たんですか?」
「親分!?」
そのキーワードに反応する壇ノ浦兄妹。
「ああ、違うんだって。
この人は野球部の先輩で金森さん。
で、仇名が親分。
紛らわしくてごめんね。」
「どうも、金森徹です。
この度は後輩を助けてもらったそうで、ありがとうございました。
親父ならもうすぐ来ると思うんで、もう少しお待ちください。」
金森は壇ノ浦兄妹に頭を下げて礼を述べた。
「えっ、えっ、えっ‥‥?」
驚く直実。
「ま、そういう事だから。
今日はお参り半分、将来の為の視察半分ってところかな。
本当なら兄貴が来るのが筋なんだろうけど、俺と違って成績優秀だから跡目は継がないって言ってんだよなぁ。」
飄々と語る金森に、呆然とする直実。
「んじゃ、また部活でな。
――あと、赤点取んなよ?」
金森はそう言うと、人込みの中へ消えて行った。
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