乱入者現る【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「三年生、明日から修学旅行ですよね。」
部活の終わり際、ニマッと笑った直実が松浦に話を振った。
「ああ、京都と奈良にな。
何か欲しい土産でもあるのか?」
「あ‥‥えーと、お金は払うんで‥‥。」
松浦の家庭の事情を知っている直実は気を遣って切り出そうとすると、太刀川が割り込んでくる。
「どうせ、木刀か何かだろ?」
「違うってば!
そんなもん、熊谷だって売ってるし!
沖スポで買ったんだから、私!」
「持ってんのかよ。」
呆れたように太刀川がつぶやく。
「だって、女子プロに入ったら悪者やるかもしれないじゃん。
自分投資ってヤツ、みたいな。」
「――で、何が欲しいのかな?」
始まると収拾のつかない太刀川と直実の漫才を断ち切るかのように岡田が尋ねた。
「マイティネス笠原選手のラミカードを。」
「‥‥誰?」
三年男子が声を揃えて聞き返した。
「女子プロレスラーですよ!
今シリーズで引退するんで、どうしても欲しいんです。」
「熊谷じゃ売ってないのか?」
松浦が尋ねた。
「昔は八木橋の六階でブロマイドとか売ってたらしいんですが、今は売ってなくて。
巡業が来れば買えるんですけどね、あいにく今回は熊谷には来ないんで。」
「ん~まあ、新京極とかで買えんじゃねーの?
いいよ、探してきてやるよ。
――けど、なかったらゴメンな。」
金森が顎をぽりぽり掻きながら直実に言った。
「ありがとうございます!」
翌日、五月十二日から四日間は二年生主導で部活が行われた。
部長代理は和田純平、副部長代理は新井隼が務める。
キャッチボールが終わった後、グラウンドに見知らぬセーラー服を着た見上げるような長身の女生徒が一人現れた。
時折吹く強めの風でリボンはたなびき、前分けにしたセミロングの黒髪が大きく揺れる。
切れ長の目と制服の上からでも分かる大きな胸が特徴的だ。
「ここ、宮町中で合ってるかや?」
長身の女生徒は希望に尋ねた。
「はい、そうですけど、どちら様でしょうか?」
「名乗る程のもんじゃねぇよ。」
「いえいえ、名乗って頂かないと困ります。
それと用件も。」
長身の女生徒は希望を無視して辺りを見回すと、
「あっ、いた!」
そう言うや否や、直実の元へ駆け寄った。
「あんただろ、すごい球を投げるピッチャーは。
一昨日『スポーツ一番!』で視たよ。」
『スポーツ一番!』とは以前、直実と松浦が出演したテレビ番組だ。
収録してから時間が経っていた事もあり、当の本人も放映を観逃した程である。
「ええと、そりゃどうもです。
――それで、今日は何の?」
「ああ、あたし、あんまり時間がねぇんだ。
何しろ、修学旅行で東京に来た自由時間にここへ来たもんでね。
――でだ。早速で悪りぃんだけど、一打席勝負してくれねぇ?」
長身の女生徒と直実の間に副部長代理の新井が割って入る。
「すみませんが、無断でグラウンドに入られては困ります。」
「ええーっ!?
木曾の山ン中から、せっかく熊谷くんだりまで来たってのに冷てぇじゃねぇか。」
「失礼ですが、もしかしてあなたは木曾北中学の五島さんではありませんか?」
部長代理の和田が持ち前の選手データマニアっぷりを発揮した。
「よく知ってるね。
そう、五島巴だよ。
あたしも有名になったもんだねぇ、かっかっかっ!」
巴は豪快に笑った。
「ええっ、あなたが五島さん!?
白鳳の吉野さんから聞いてます、中体連に特例を認めさせたって。」
直実はわくわくを隠せない。
「話がだいぶ端折られてるけど、まあ簡単に言うとそんな感じかな。
――で、どうだい?」
「ここは一つ、全国大会のデータの為に‥‥どうかなぁ?」
直実が和田に許可をねだる。
「そんなクンクンワンワンみたいな顔で見られても困りますよ。
三浦先生の許可なく勝手に‥‥。
確かにデータは欲しいところですが‥‥。」
「いいだろう。」
和田の背後から三浦の声が聞こえた。
「せ、先生! ――ちわっ!」
部員たちが三浦に一礼する。
「ただし、こちらの手の内を明かす以上、そちらの手の内も明かしてもらう。
それが条件だ。」
「了解、了解!
要は一打席ずつの対決って事ですね。
――ええと、顧問の先生‥‥でいいのかや?」
「顧問の三浦だ。」
「ありがとうございます。
んじゃ‥‥。」
そう言うと巴はスカートを脱ぎ始めた。
「ご、五島さん!
着替えならソフトボール部の部室で‥‥。」
慌てる直実。
「だいじょーV。
ジャ~ン!
こんな事もあろうかと、下に体育着、着て来たからね。」
巴はVサインをしながらニッカと笑った。
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