第26話 一年生 五月
五月も終わりに差し掛かると、一年生達も上洲異界に慣れて来てきて、なにをするにもおっかなびっくりだった初めの頃の初々しさも、今ではすっかりなりを潜めいている。
装束姿で獲物片手に異界封鎖区を歩く様は、すっかり弛緩した表情で。
それぞれが談笑を交えながら封鎖棟へと入っていく。
その日、帰宅部一年組は、部長である天恵の招集伝文の元、部隊棟のプレハブに集まっていた。
二、三年は六限がある為少し遅れるそうで、四人はテーブルを囲んで雑談だ。
「――で、おまっちゃんさ、あのお船はなんなの?」
昨晩遅く、茉莉の実家の手配で運び込まれたのだというそれは、部隊棟の実に半分を占拠するサイズで堂々と鎮座していた。
刻印と精霊によって空を進む船――クルーザー級の浮舟である。
問われた茉莉はニシシと笑う。
「ほれ、GWにシロカダ様と伝文宛交換したじゃろ? あれからもワシの研究の相談に乗ってもらっとっての。構想が形になりそうじゃから、実家から一隻送ってもらったんじゃよ」
「それでクルーザー送ってくるなんて、ずいぶん甘い御家ですわね」
世の中にはランドセル感覚で甲冑をプレゼントする御家もあるし、紅葉もそれを知っているはずなのに、すっかり忘れて皮肉げに言う。
「成功すれば、元を取って遥かにおつりがくるからのぅ。甘くもなろうってもんじゃろう」
そんな紅葉にも、茉莉はすこぶる上機嫌で受け流した。
向かいの席で居眠りを決め込んだ蘭の耳をモミモミしながら――尻尾と違って耳ならば、触っても蘭は起きないと最近気づいたのだ――紗江は砕いたお煎餅を口に運び、プレハブの窓から覗くクルーザーを見上げる。
「で、なにをしようってのさ? わたし達で手伝える?」
「実験前じゃから、まだ内緒じゃ。期待されてうまくいかんかったら恥ずかしいしの。じゃから手伝いもまだいらんかな」
「そっかー」
お茶を啜る茉莉に、紗江はしょんぼり肩を落とす。
「ま、上手くいったら、部のみんなを真っ先に乗せてやるから、大人しく待ってるんじゃの」
「いつまで?」
「正直わからん」
「ダメじゃん」
二人で顔を見合わせて苦笑した。
それから紗江は紅葉に、週末に一緒に隣町まで買い物に行かないか、などと誘い――毎週の祖母のお稽古が、今週は祖母が央洲で行われる領主議会に出席する為、お休みなのだ――紅葉が応じる。
茉莉も必要な部材を買い集めるそうで、同行を申し出た。
そんな事を話して時間を潰していると、天恵達、先輩達がやって来て、ようやく全員がプレハブに揃う。
挨拶を交わして先輩たちが席に付き、紗江と紅葉がお茶を淹れて差し出し、ついでに蘭の尻尾を掴んで無理矢理起こす。
驚いた蘭が半べそで室内を駆け回るというひと悶着があったものの、一服して一息付くと、天恵は全員を見回して切り出した。
「今日、集まってもらったのは他でもない。帰宅部の活動強化月間について説明する為なんだ」
「活動強化月間?」
紗江が小首を傾げると、
「ああ、それじゃあ、おさらいだ。そもそも帰宅部の活動内容とは?」
天恵に問われて、紗江はすぐに手を挙げる。
「困ってる人を助ける事です!」
そんなまっすぐな紗江の言葉に、周囲は苦笑。天恵もまた照れ臭そうに頷きを返して続ける。
「まあ、広義ではそうだね。正確には異界における帰宅困難者を救援、救助する事を目的に結成した部隊なんだけどね」
天恵は兵庫の本家からこの上女にやってきて、その理想だけを頼りに先輩達を説き伏せて協力を仰ぎ、この帰宅困難者救援部隊――通称、帰宅部を結成したのがもう二年前だ。
二年生になり、理想に共感して導いてくれた先輩達の何人かが卒業し、そこに理想を共にする咲良が入学してきてくれて、絹を引き込んでくれた。
そうしてさらに一年が過ぎて、また先輩達が卒業し、色々な面で未熟で無知だった天恵も、気づけば最終学年。
このまま伝統となって長く続いて行ってくれれば良いと思う。
だからこそ、この行事は欠かせない。
「毎年、この時期になると、異界に慣れてきて無茶した一年生が、実力をわきまえない領域にまで踏み込んでしまうという事案が多発するんだ」
「まあ、痛い目を見る事も成長の糧ではあるが……死んでしまっては元も子もない。
もちろん、防人もこの時期は警戒して、巡回時間を増やしてくれているのだが……」
天恵の後を引き継いだ咲良が、言葉を濁す。
「時期的にねー、上洲異界が活動期に入るのと、央洲の領主議会が重なってて、単純に防人さん達、人手が足りてないんだよねぇ」
頬に手を当てて、絹が続ける。
活動期というのは、異界内に出現する魔物の数が多くなる時期の事だ。
普段から定期的に防人が間引いているのだが、その間隔を上回る速度で増えるのだという。
異界ごとにその時期は異なるのだが、上洲異界は五月の終わり頃からと、十月の終わり頃からの、それぞれ一ヶ月程度が時期とされている。
「ウチは結成以来、その活動方針から、この時期は防人の手伝いとして即応の役割を与えられていてね。帰宅困難者が発生し次第、ここに連絡が来る事になっている」
連絡を受けたら、腕章の発信を頼りに可能な限り迅速に、現場に急行するのだ。
「今日はその為の装備の説明と、班分けをしようと思う」
そう天恵が説明する間に、咲良と絹が備品入れから機器を取り出して、テーブルに並べる。ベルトのついたペン型のヘッドカメラと片耳インカムだ。
天恵はお手本とばかりにインカムを装着し、ベルトを額に巻いてカメラを耳に乗せる。
スイッチを押せば、ライトが点いた。
「活動期が終わるまでの間、異界に潜る時はこれを装着するように。これはこの部屋に映像を伝え、会話もできるようになってるから」
部室を指揮所として、実働部隊が現場に急行する体制という事だ。
「指揮所は主に、茉莉君に任せようと思っている」
「ま、ワシは戦闘能力がそれほど高くないからの。それに前任の先輩を見とったから、指揮の仕方もわかっとる」
言いながら茉莉がホワイトボードを回せば、その裏面には、カメラの映像を移すモニタが貼り付けられている。
「これに映った映像を元に、それぞれの現在地を把握して、目標まで誘導するってわけじゃ」
「おぉー」
薄い胸を張る茉莉に、一年組は拍手だ。
「それじゃあ班分けなんだけど、ボクは甲冑を着るからね。一人班だ。主に中層、大型種属出没地帯を担当する。
次に絹君を班長として、紅葉君、蘭君が上層巡回を担当。君達の役目は、主に帰宅困難者の保護と護衛だ。
そして咲良君と紗江君は、普段はここで待機。絹君達の行動が阻害されそうな脅威が現れた際の実効戦力とさせてもらう」
天恵がそれぞれに役割を伝える。
「咲良様と一緒じゃないのが残念ですが……実力不足なのは存じておりますわ。むしろ巡回で鍛錬を積んで、もっと強くなってみせます!」
「そうだね。えぃおー!」
紅葉が胸の前で拳を握りしめ、蘭が同意して拳を握りしめる。
「咲良様、よろしくお願いしますね」
紗江は咲良に微笑み、拳を突き出した。
「ああ。共に掲げた理想の為にも、な」
咲良もまた、微笑みを返して、紗江の拳に重ねてみせる。
帰宅部の本格的な活動が、始まろうとしていた。




