無双したのもざまぁしたのも転生者だったのも母でした。
勢いって怖いよね(笑)
夢を見た。
夢の中の自分は、この国の王太子の婚約者だった。キラキラ金の髪と目が眩しくて、笑顔がキレイで恥ずかしくて。
幸せだった。
王太子妃の教育は厳しいものだったけれど、王太子のためと頑張れた。
なのに。
王宮のパーティで、突然婚約破棄を宣言された。
身に覚えのない、冤罪でしかないそれを声高に叫ぶ王太子は、見た事のない醜い顔で隣にいた少女を抱きよせた。
その少女が歪んだ顔で嗤うのが見えた。
王太子の後ろにいた護衛騎士が、憤怒の顔で手を伸ばしてきてーー。
そこで目が覚めた。
夢の話を泣きながら話し、おかあさまのせいですのー! とポカポカ叩いてくる愛娘を、わたくしはベッドの上で見ていた。
夢の中の話にしてはリアルなそれは、今現在の話ではない。
娘はまだ6歳なのだ。10年後に起こるかもしれない話など、笑い飛ばすべきなのだろう。
しかし、辿々しく話すそれが嘘とは思えない。なぜならーー。
ついさっき、ええホントについさっき! 娘にボディアタックかまされた時に!
わたくし、前世の記憶を思い出してしまったのだもの!!
すんなりと記憶を受け止めたわたくしは、娘の夢物語を乙女ゲームのようだと認識したわ。やったことないけど、乙女ゲーム。
察するに、娘は悪役令嬢役なのね。させないけど、そんなもの。
そうと決まったら、行動あるのみ。
「大丈夫よ、ステラリア。おかあさまがついてるわ」
さっきまで死にかけてたって? あらやだ、なんのことかしら。
死なないわよ。病気じゃないんだし。
「でもなぜ、おかあさまのせいなの?」
娘、ステラリアに聞いて見れば。
わたくしが病死した後、夫は後妻を迎えるそう。へえー。
後妻には娘がいるのだけど、その娘は夫の子なんですって。ステラの妹は、ステラのもの全てを欲しがって奪っていくのだと。
それを咎めもしない父と継母に、ステラは絶望する。たったひとつの希望が王太子との婚約なのだけど、ついにそれも妹に奪われる。それが夢のシーンらしいわ。
「……つまり、わたくしがいなくなってから、ステラは大変な目に合うのね」
「お、おかあさま……?」
じっとり据わったわたくしの目に、ステラは少し驚いたみたいだけど、にっこり笑うとつられてへにゃりと笑った。かわいい。
こんなかわいい子を泣かせるなんて、万死じゃ足りないわね、絶許。
「おかあさま、しなないの?」
「少なくとも、病死は今じゃないわね」
だって、死因は毒だもの。
毎日少しずつ盛られてたのよね。病死に見せかけるために。わたくしを殺していいとこ取りなんて、倍返しじゃお礼にもならないわねー。うふふ。
わたくしは手を胸に当てると解毒魔法をかける。この世界、魔法があるのに毒殺とは随分侮ってくれるわー。
「さ、行くわよ。ステラ」
「はい!」
まず、夫に寝返っていた使用人をまとめて解雇。執事は役立たずだったから、引退したじいやを呼び戻したわ。
理由を話したら、目がキランと光って、腰がシャキーンと伸びて、元気よく復帰してくれたわ。これで屋敷の掃除は大丈夫ね。
屋敷内全ての人事権を任せて、次へ。
公爵家である我が家の別宅に、愛人と引きこもっている夫を引きずり出すため、策をひとつ。
後はステラの婚約の打診を握り潰しておこう。王家など論外よね。ステラの幸せが一番だもの。
そうして、十日くらい過ぎたかしら。
「どういうことだ!?」
先触れもなくノックもなく怒鳴り込んできた男。
一応わたくしの夫みたいだけど、これのどこがよかったのかしら? 昔のわたくし。ああ、政略結婚だものね、仕方なくね、分かるわー。
「どういうこと、とは?」
持っていたカップに口をつける。お茶が美味しいわ。今日も健康ね、わたくし。
ステラは自室でお昼寝中。よかったわ、こんなのに会わせたくないもの。
「とは、って、いや、は……お前、起き上がって……?」
ええ。起き上がってるわよ、それがなにか? きちんとドレスも着ているし、なにもおかしな所などないはずだけど。
「幽霊でも見たかのような顔ね。そんなにわたくしが元気なのがおかしいのかしら?」
「い、いや、あ、は」
動揺しすぎじゃない、アホなの?
「そうよね。自分が毒を盛るように指示したのに、死んでないのが不思議なのよね? 人殺しさんは」
「ひっ」
ドスンと尻もちをついた男は、いっそ憐れなほど震えている。
「覚悟もなしに大それたことをするからよ。証拠も実行犯も押さえてあるから、無駄な抵抗はしないでね。面倒だから」
じいやが新たに雇った男達が、手早く夫を拘束する。あら、手際がいいわね。
「な、なにをする!? 俺は公爵だぞ!!」
「違うわよ?」
「は!?」
「知らないのが驚きだわ。婚姻の時に説明したはずよ?」
まぁ、だからあんなお粗末な計画を実行したんだろうけど。
「この公爵家の直系はわたくし。貴方はわたくしの代わりにすぎないわ。いずれわたくしの子に継がせるまでの中継ぎね」
公爵と呼ばれたことないでしょう? そう問いかければ、呼ばれたことくらいあると答えかけて、止まった。
ないと思うわよ? 貴方以外みんな知ってるもの。
「ないわよね、卿?」
公爵と呼べない相手、呼びたくもない男に、周りが呼びかけるなら、卿と声をかけるのが無難だし常識。
「婿養子なのに、どうして公爵家を乗っ取れると思うのかしら、謎ね」
ふう、とため息をついて立ち上がった。
「それで、ご用件はなにかしら。貴方の住んでいた別宅ならば、公爵家の持ち物だから回収させてもらうつもりだけど。買い取るなら契約書を作るけれど?」
買い取れるほどのお金を貴方が持っているのなら。
愛人とその娘に湯水のように貢いでいた男に、財産が残っているとは思えない。
「どの道不愉快だから処分するわ。あと離縁届けが受理されたら、貴方も出ていってもらうわ」
「は、そんなことできるわけ、」
「なぜ出来ないと思うの? そもそもわたくしがいれば、夫は誰でもよかったのよ。ステラがいるのだし、不貞を隠せない男なんて、もういなくてもかまわないわ」
「なっ、」
領地はわたくしのお父さまが見てくださっているし、王都はじいやがいてくれればなんの問題もない。
法律が見直されて、女でも爵位を継げることになった、というかしたし。
「これから我が公爵家は、直系女子が継いでいくわ。女なら不貞を疑う必要はないし、必ず血が繋がるもの」
ステラが継ぐまで、公爵家を盛り立てていくわ。
そうしたら、フラグなんて立つこともないだろうしね!
その日のうちに、受理された離縁届けがうちに届けられた。
てかなんで第二王子が使者の真似事した上に、元夫をポイッと外に投げ捨ててるのかしら?
いや、跪いて見上げられても困るわ。
求婚? いやー、ステラが認めないと無理よねー、ってステラを懐柔しに行くのはやめなさい!
だいにおうじでんかがおとうさまになったら、わたくしおうけにとつがなくてもいいですか? なんてお父さまになろうがなるまいが、そんなことさせないわよ!?
ステラから夢の話を聞いて、わたくしと同じく怒り狂った第二王子とわたくしのお父さまが、裏で色々やらかした結果。
わたくしの夫になった元第二王子。ステラにもとても優しい父で、ステラもすぐ懐いたわ。
子が出来ても、次期公爵がステラなのは変わらずで、王位継承権も子には必要ないと放棄したとのこと。
お父さまは、孫のためにじぃじ頑張っちゃうもんね! とじいやと長生き宣言。
なんだか全てが丸く収まったわね。
え、元夫達? ああ、ポイッとされてから別宅に戻ったらしいけど、そこもすぐ追い出されたはずよ。なんだか醜く言い争ってたらしいけど、ふたりの娘が「わたしコーシャクレージョーになるんじゃないのー?」と呑気に叫んだあたりで、罵り合いながら、どこかに消えて行ったそうよ。
おそらく監視はついてるはずよ。やらかさないとは限らないし。女公爵の配偶者に抜かりがあっては困るわ。
小さな頃から好きだったくせに回りくどくて気づかれなくて横取りされて泣き寝入りしたヘタレなんだから、名誉挽回の機会は逃さないでほしいものよね。
わたくしの初恋の君の名が泣くわよ?
ありがとうございました!