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episode 1 いつかのあなたと私と義妹と 1

「お義姉様の瞳、とってもキレイですわ」


ふいに下から覗き込まれ、告げられた言葉に、私はなんとも言い難い心境に陥った。

戸惑いが一番強いけれど、挨拶の途中に相手の顔を覗き込み、口を挟むという不躾さに眉を顰めたくもなる。けれどキレイと言われては怒るのも躊躇われる。

かといって素直に喜ぶ気なれるのかというと、なれない。ましてそれを口にしたのが、初対面の、父親の愛人の連れ子となれば。

どう返すのが正解であるのか――――。 


しばし顔には出さずに悩みつつ、ちらと意識の片隅でまだ家族と認めた覚えもないのに「お義姉様」とはと、怒るべきなのか、呆れるべきなのか、やはりなんともいえないモヤモヤを胸の内に抱えつつ――――結果として私が選んだ返しは曖昧な笑みを浮かべての「ありがとう」だった。







お母様が病により身罷られて一年。

伯爵家当主である父が喪が開けるなり紹介したいと連れてきた二人の母子。


母親は亡くなった私の母と変わらぬだろう年の少しふくよかだけれど美しい女性。

その娘で――――そして女性の娘だという父と同じ淡くほのかな白金の髪の少女。


エラという名の少女は私と一つ違いでしかないらしい。


両親はいわゆる政略結婚で、残念ながら夫婦仲はよろしくなかった。それでも。だからといって結婚してすぐに他家の夫人と公然と不倫をし、妻が妊娠中に子まで作る。そんな父を軽蔑しないでいられるほど私は人が出来てはいなかった。


エラという娘。表向きは父の愛人であるアニシラと、その前夫の娘ということになっている。

けれどエラの髪色は前夫ではなくあきらかに私の父のそれに似通っていて、しかも、アニシラはエラを出産してすぐに前夫とは離縁している。

そしてその前後に我が家から前夫の家に納められた融資という名目の多額の金銭。

離縁後母子は母方の実家に出戻るではなく、私の父が用意した別邸に住んでいた。


成人前の13才の私は、まだ本格的に社交の場に出ることこそはなかったものの、一部のサロンや子供を集めたお茶会にはたまに出席していて…………。自称親切な貴婦人たちが色んな噂をこっそりと教えてくれるもので、エラという少女が実際誰の子か、もうずいぶんと前から知っていた。


そんな父の愛人と表向きは養女という扱いながら、実は父の実子な少女を、母の喪が開けるなり本邸に連れてくる父親。まごうことなき屑である。


そんな屑父に連れられてまだ喪中を表す黒い壁布が片付け切れていない我が家にやってきた母子二人は、父に肩を抱かれながらにこにこと上機嫌な様子で、


「お母様はお気の毒なことでしたわね。けれどあなたも長くお母様がご病気で寂しかったでしょう?これからはわたくしを実の母と思って甘えてくださると嬉しいわ」

「私、ずっとお兄様やお姉様がほしかったんです。だから、お義姉様が出来てとっても嬉しいですわ」


名乗るより前にコレだったから、私は怒るよりも呆れてしまっていた。

そのうえ私が挨拶をしようとしたところでの、「お姉様の瞳、とってもキレイですわ」発言とくれば、あからさまに顔を引き攣らせなかっただけでも淑女として上等であったと思う。



――――これで、いいのよね?お母様。


『何があっても、いつでも淑女として対応なさい』


相手が誰であってもと、そう病床で言い続けた母は、こうなることを予測していたのだろう。

自身がいなくなった後、父が愛人を後妻として迎えるだろうと。


覗き込んでくるエラのサファイア色の瞳からさり気なく目を逸らし、私は小さく息を吐いた。


どうせ私が怒ったり反抗してみたところで無駄なのだ。当主である父が愛人母子を妻と娘として家に迎えると決めた以上、それは私の気持ちがどうであれ決定事項。ならば後一年、適度に距離を置いて付き合うしかない。

一年後には私は貴族が通う寄宿学校に入り、卒業したらすぐに婚約者の家に嫁入りする。

だから、だから一年だけ。

一年だけ心を凍らせればいい。


悲しみも怒りも憤りも悔しさも、淑女らしく微笑みの下にキレイに隠し――――。


「お義姉様の瞳の色――――みたいね」


…………え?


一年だけ、と自分に言い聞かせていた私は、エラが言った言葉を聞き流しかけて、頭の中で反芻する。


『お義姉様の瞳の色、昔語りの魔女の瞳みたいね』


私の瞳の色は、淡い青紫。

艶やかに咲き誇り波打つ藤の色。


はじめて目を開いた赤子のその瞳を見た母がウィスタリア、と名付けたほど、私の瞳は藤の色そのものの色をしている。


『美しいわたくしの大好きな花の色よ。とても素敵な女性だったわたくしのお祖母様と同じ色』


母はいつもそう言って私の瞳を合わせてはおでことおでこをコツン、とぶつけて笑みを浮かべていたけれど。


〘紫色の瞳〙というのは、この国でも、周りの諸外国でも、忌避されやすい色だ。

けれど突出して珍しい色というわけでもなく、〘魔女の魅了の魔眼〙は私よりももっとずっと濃く深い紫の瞳のはずだ。


「…………失礼ではないかしら?」


まだ十を少し過ぎたばかりの少女の言うことだからと、てっきりただキレイと感じたままを口にしたのかと思っていた。だから「ありがとう」などとこちらも返したのだ。


「ぁ、ご、ごめんなさいっ」


焦った様子で後ずさりシュンとして見せるエラ。

けれど「ごめんなさい」と告げた直後、その唇の端がわずかに上がっていたのを、私は見逃さなかった。


「タリア!!エラはまだ子どもなんだっ!そんな意地の悪い言い方をするものじゃない!!おまえはお姉ちゃんになるんだ。妹には優しくしなさい」

「タリアちゃん、エラに悪気はないのよ」


悪気はない?むしろ悪気しかないでしょうに。

最初から、子供の考えなしな言葉ではなかったのだ。

今からこれでは、先が思いやられるわ。


私には厳格な当主の顔しか見せない父の『お姉ちゃん』には違和感しかなく、正直、気持ち悪い。

何故か怯えた風のエラの肩を抱き寄せ、頭を撫でる様はまるきり別人のよう。


私には一度だってそんな風に触れたことなんてないのにね。


私はキュッと軽く手を握る。


「体調が優れないので私は部屋に戻らせていただきます。お後は皆様で適当にどうぞ。――――アニシラ夫人、私のことはタリアではなくウィスタリア、とお呼びください。それと申し訳ありませんが私の母は亡くなった母だけです。父があなたを妻にと迎えるならそれに反対も反抗もしません。ですがあなたは父の妻ではあっても私の母ではありません。では失礼します」


言い過ぎた、と思う。これでは適度な距離どころか明確な拒絶だろう。

それでも後悔はなかった。

ほんの少し、先の一年間がより面倒なものにはなったのは確かでも。

もっとも、エラの態度からすればどのみち対して変わりはしない気もした。




このようにして、私たちの歪な家族関係ははじまった。私が13才の春の終わり頃のことだ。


 






















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