鍵っ子は現実を見ない。
湊くん視点です。
今日も今日とて、僕は桜ちゃんと蓮と三人、だらだらと過ごしていた。
と言っても、いつものように街をぶらついている訳では無い。貧弱な最近の若者である僕らにとって、六月も半ばを過ぎれば猛暑と変わらないからだ。時間潰しで命まで使い潰すつもりは無い。
で、今日は親が基本不在で大変都合の良い僕の家で過ごしている。まあ正確には家じゃなくて、マンションなんだけど。
「相変わらず、無駄に眺めの良い部屋ね。、湊にはホント贅沢」
「まったくだ。しかも親が仕事で出ずっぱりとか、実質一人暮らしだろ? 良いなぁ。俺なら女の子連れ込みまくりだわ」
「いや僕じゃなくて、親の持ち物だし。てか、連れ込む彼女も居ないから・・・・・・って、ん? 何?」
と、普通の返答をしたつもりだったのだが、何故か二人にポカンとした顔を向けられた。
「いや、お前のことだから、『まったくだね。どうせ帰って来ないくせに、こんな贅沢なマンションに住むなんて馬鹿げてるよ。それこそ彼女でも連れ込まないと、勿体無いよね』とか、またひねくれた返しして来ると思ってツッコミ待機してたんだけど・・・・・」
「ど、どしたの湊? 何か変な物でも食べた?」
「はぁ・・・・・まったく。君らさ、僕のこと面倒臭い厨二野郎だとか思ってない?」
「「思ってる」」
「ははっ。ぶっ殺すよ?」
二人に渾身の笑顔で殺害予告をした僕は、窓の向こうに広がるキラキラと輝く海を眺めながら、胸に秘めた想いを言葉にして紡いでみた。
「・・・・・・僕さ、ぶっちゃけ将来働かずに暮らしたいんだよね」
「クズね」
「クズだな」
「まあ最後まで聞きなよ。ほら、僕ってちょっとだけ皆より協調性が無いだろ?」
「いやちょっとどころか皆無でしょ」
「ついでにモテないな」
「まあ冗談はそれくらいにして」
「「いやガチなんだけど」」
「うん。まあ冗談はそれくらいにして」
二人がよく分からない事を言っているが、取り敢えずスルー。
「だからさ、普通に大学とか専門学校行ってそのまま就職しても、上司とか同僚とか後輩とか、そういう人間関係全般が面倒臭くなって、すぐ辞めちゃうと思うんだよね」
「まあ、確かに想像つくわね。あんた、飲み会で説教とかされたら秒で帰りそうだし」
「協調性と言うより、人間性の問題だと思うんだよなぁ」
「桜ちゃんはともかく、蓮はちょっとそこのベランダから下覗いてみなよ。後ろから蹴り落としてあげるから」
「男女差別反対〜。あ、麦茶飲んで良い? てか勝手に飲むけど」
「ウルトラフリーダムかよ。まあ良いけど・・・・あ、僕も喋ってたら喉乾いたからついでにお願い」
「私のも〜」
「はいはい」
勝手知ったる風に冷蔵庫を開けて麦茶のポットを取り出し、食器棚からグラスを三脚出してコポコポと中身を注ぐ蓮と、それを大人しく待つ僕と桜ちゃん。まあ大事な話の途中とは言え、休憩は必要だな。うん。
「ふぅ! 生き返るな! で、何だっけ? 湊が将来ヒモになりたいとか、そんな話だったっけ? やめとけやめとけ! お前じゃ夜の実力が足りなすぎる」
「やっぱりクズね。二人とも」
「いや僕は違うから! てか、自分で言うのも癪だけど、夜うんぬん別にしても、そんな都合良い女の人捕まえられる自信無いし」
キンキンに冷えた麦茶で喉を潤したばかりだと言うのに、心に潤いの足りない連中はこれだから発想が貧困で困る。
「じゃあ何の話がしたいんだよ?」
「いや、だからさ。親は大事にしなきゃって話だよ」
「「・・・・・・」」
「ん? あれ? 僕、変なこと言った?」
おかしいな、滅茶苦茶良いこと言ったはずなのに・・・・・・。
「・・・・・・はぁ。クズだクズだとは思ってたけど、そこまで性根が腐っていたとはね」
「ちょっとがっかりだぜ、湊」
「は? ちょ、何でそんな話になるのさ?」
「いや何でも何も、そんな堂々と親の脛かじる宣言する奴初めて見たわよ」
「いくら何でも将来の夢ニートってガチで言っちゃうのは、どうかと思うぜ?」
「ま、待て待て待て!? 誤解だ! てか、さっきから二人の僕に対する認識が失礼すぎるんだけど!?」
あまりにも酷すぎる言いがかりに僕は慌てて二人に抗議する。だが、二人の僕を見る目から不信感は消えない。
「何が誤解なのよ。要は親のお金でこんな立派なマンションに住めてるんだから、これからも媚び売って養って貰いたいって話でしょ?」
「まだ俺たち十六そこそこなんだぜ? もうちょっと向上心持って生きようや」
「だからそれが誤解なんだってば! 僕が言いたいのは、僕には絶対無理な会社勤めを頑張って、こんな良い暮らしをさせてくれてる両親には感謝こそあっても、ちょっとくらい留守にする事が多いからって、捻くれた文句や悪口を言うつもりなんて無いってことだよ!」
僕は立ち上がって堂々とそう言い切り、思春期男子とは思えない大人な見解を持つ自分に改めて酔いしれながらドヤ顔でお子ちゃまな二人を見下ろした。
「「嘘つけ! そんなの俺(私)が知ってる湊じゃない!!」」
「ああ言えばこう言う! と言うか半年そこそこの付き合いで二人は僕の何を知ってるって言うんだよ!?」
だが、同じように立ち上がった馬鹿二人に一蹴されてしまった。クソったれ! どうして僕のイメージこうなった!?
「だいたいアンタ、親を大事にとか言ってるけど、将来働かなかったらそもそも大事に出来ないでしょ。老後の面倒どうやって見るのよ」
「それこそ結婚も出来なきゃ、安心させられないだろ?」
「ねぇ君らホントに僕と同年代の若者? 何でそんな具体的かつ昭和臭漂う説教してくるの?」
まあ二人の言っていることは分からないでも無い。働かないと決めたは良いものの、生活の為にお金を稼ぐ手段は必要だ。結婚だって、今のところ別にしたいとは思わないけど、いざするとなれば経済力があるに越したことは無いだろう。
「はぁ・・・・あのね、僕だって何も考えてない訳じゃ無いんだからね?」
「じゃあどうすんのよ?」
「働かずにお金を稼ぐ手段なんて、幾らでもあるだろ? その中でも最も効率良く、かつ楽して暮らせるだけの大金を稼げるとなれば、やっぱり株式投資だよ! 今は自分で動かせるお金は限られてるけど、高校卒業したらバイトしまくってお金貯めて、それを元手にデイトレードで稼ぎまくるのさ!」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・やめてくれよ。二人してそんな目で見るのは。自分でも薄々分かってるから」
不信感を通り越して可哀想なものを見る眼差しとなった二人の瞳から目を逸らし、僕は麦茶のお代わりをそっと注いだ。
すると、何故か二人はゆっくりと僕に近づき、驚くほど優しく肩に手を置いた。
「ねぇ、湊? アンタ、そもそもバイトも続かないでしょ? 大人しくコミュ力ゼロでも出来る仕事、探そ? 手伝ってあげるから」
「あのな、株とかああいうのは、地頭の良いやつしか手を出しちゃいけないんだ。俺らさ、この前の数学のテスト、全員平均以下だったろ? つまり、それが答えだ」
「だからやめてって言ったじゃん! 僕らまだ十六そこそこなんだよ!? 夢見ようよ! 現実から全力で目を逸らそうよ!!」
窓の向こうに広がる海だけが、キラキラと輝いていた。