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第三幕 花本さん?

 部室にいたから気づかなかったが、空はすでに低く雲に覆われ、吹く風も心なしか、少し冷たい。

 彼女は俺の制服の裾を軽くつまんで、カウンターへと急ぐ。そしてメニューと店員とを見比べて、最後は俺に水を向ける。

「あまねは何がいいの。」

「なんでもいいよ、お前の好きなやつで。俺、二階で席探してくる。」

 二階の、窓から少し離れたテーブル席に腰を掛けて、外を眺める。

 そろそろ、買い終わるころだと気づき、階段のほうに視線を戻す。

 近くにに座っている、うちの制服を着た、本を読んでいる女子生徒が目に入った。

 顔は俺の手と同じくらいの大きさで、肌は雪のように白く、頬のあたりが少し赤みを帯びている。紺色に染まった、長い髪を頭の後ろで首に近いところで二つにまとめてある、いわゆるツインテールだ。鎖骨がはっきりと見えるくらい、とても痩せてる体付きのはずだが、ウール製だろうか、厚そうに見える青色のせーたのせいで、胸や腹は少し膨らんでるようにも見えた。

 だがそれは偽物で、そこには何もなかった。具体的には首と腹との真ん中あたりとか、胸のあたりとか、胸とか。

 でも、一番上のボタンを止めているのはほめてあげよう。

 あの本を読んでいる女子生徒は何を見ているだろう、と気になって少し首を伸ばしすと、すごい量を抱えて、階段から姿を現した詩乃に気づき、

 軽く腕振って、場所を示すが、彼女は目もくれず、口を「くち」の形にして驚いた目つきで近くのあの本を読でる女子生徒を見つめた。

「花?何でここにいるの。めっちゃびっくりしたし。」

「篠崎さん、こんにちは。今日は暇でしたので、本を読んでいるのです。」

 本のカバーを外して、あの「花」と呼ばれた本読み女子は満面笑顔で表紙を見せる。

 笑顔がまぶしいよ。

 直視できず、少し視線をずらす。

「花、本好きすぎ!」

「はい、本は大好きです。こうやって座って文字をあさるだけで、いろんな世界が見られるのです。」

 「花」と呼ばれた本好き女子の笑顔は、まぶしい。まぶしすぎるせいで、俺は少し目を細めた。

「知り合いか?」

 「花」と呼ばれた本好女子は、こちらの声に気づいて、少し戸惑いを見せつつも、笑顔を崩さず、こちらを向く。

「こんにちは、雨谷君。二人こそ知り合いなのですか。」

「花」と呼ばれた本好好が、俺と詩乃を見比べて、いまいち答えが得られなかったらしく、説明を求めるように軽く首をかしげて、再び視線を詩乃に戻す。

 だが俺は、詩乃よりも早く、口を開けた。

「こっちに座らないか、こうやって立って話すのも疲れるし。」

 花と呼ばれた本好好は彼女と互いの顔を見て、軽くうなずいてから、丁寧にしおりを挟んで、本を閉じた。

 いざなんか話そう姿勢を正した途端、向かい側に女子二人座ってるのにやっと気づき、少し気まずくなって、視線を泳がす。

「あたしとあまねはね、小学校からずっと同じ学校で、いわゆる幼馴染みたいな仲。家も近かったから、いつも一緒に遊んでた。」

「そうでしたか。では、私がここにいて邪魔ではないですか。」

 花と本好好(よしよし)は少しからかうような言い方をして、席を離れようと軽く尻を浮かせた。

「あの、花本好好さんは、どうして俺の名前を知ってるので・す・か。」

 花本好々につられて、自然に硬い丁寧語が出てしまった。

「誰だよそれ、名前で遊びすぎ!」

 あれ、違うの?本人は何ともない表情をしてるんですけど。

「ええと、私の名前は(かなで)(はな)。山西高校二年二組の生徒です。雨谷君のことは今朝のクラス自己紹介で覚えました。好きなものは、近衛先生でしたね。」

 花本さんは俺に体がまっすぐ向くように姿勢を変えて、軽く微笑んで自己紹介した。

 奏花、か。そんな名前を、聞いたような聞いてないような、クラス自己紹介の時ほかなこと考えてたからよく覚えてない。

 俺は悪くない、覚えているあっちの方が悪い。

 それにしても、すごい記憶力だ、クラスには五十人近くはいたはずなのに、一年生の時の知り合いが何人かいるとしても、五十人全部を覚えるのは無理があるだろう。それに加え、いらない情報まで覚えてやがる。

 てか、好きな「もの」じゃなくって、好きな「ひ…」、危ない危ない、危うく近衛先生が好き、と認めてしまうところだった。

 第六感が教えてくれる、出会ってすぐに危険三連を出したこの女は、危険だ。

「いらんことは覚えなくていい。」

「えと、何のことですか。」

 少し首をかしげると、それに少しだけ遅れて、後ろで二つにまとめた髪が揺れる。

「俺をからかってどうする。」

「いえ、ただ気になっただけです。」

「………あれだよ、俺が自己紹介で間違えて近衛先生の名前を出したの。」

「あ、それのことですか。分かりました。では、今後そのことについては、もう一切話しません。」 

 姿勢を正して、またいたずらっぽく笑った。

 いや、ちょっと待てよ。

 こいつはからかい上手のお姉さんキャラにしては素直すぎる。もしや、からかい上手の花元さんではなく、ただの天然で本好きの女子生徒、好々さんか。だとしたら、あの笑顔は素か。完全に読み間違えた。

 やはり危険だ、花本さん。

「二人は食べないのですか、結構の量がありますが。」

「では、言葉に甘えて。」

「食べる、食べる。あたしめっちゃおなかすいた。花、これ食べる?」

 と言って、彼女は花本さんにハンバーガを勧める。でも、花本さん「大丈夫です、もう食事は済みました。二人が食べてください。」と、丁重に断って、先まで見ていた本をカバンから出した。

 カバーは外されたままだったので、題名を確認できた。

<ほんとに予言者はいるのか>

 お前の前に座っているけどね。

 これ、俺が大好きなてりやきじゃないか。「よく分かったね、詩乃、やるじゃない」と視線だけを送った。ちなみに、俺が食べている以外の五個のバーガーは、全部彼女が口に運んでいるのと同じものだった。

 どんだけ好きなんだよ……

 昔から言われる、「よく食べる子は育つ」はあながち間違いではない、というよりむしろ正論だ、ごくまれな例を除けばだ。例えば俺。毎日三食ちゃんと食べてるし、牛乳も飲んでるのに、身長は中三になってからずっと172cmのままだ。でも、この寝込んだ一年で少し伸びたかもしれない、家帰ったらまず身長を測ってみよう♡

 花本の胸を見て、俺はついに涙目になる。

 もっと食べてね、いまからでも遅くないぞ。

 食べ終えて、手を洗いに立ち上がると、ちょうど向かい合う彼女も立ち上がった。

「食べるの早すぎると、早死にするぞ。」

「あまねが食べるの遅すぎるだけだし。」

 そっぽを向いた。

 なになに、その顔についているキャベツ取れって?

 再び席に戻った時には、女子二人はすでに何の話かよくわからんが、なんかの話で盛り上がっていた。

 正直に言うと、猫も花本さんの手も借りたいところだ、でも俺は口に出さない。だって頼むの恥ずかしいじゃん。

 軽く手を拭いて、俺はカバンから先部室で書いた計画発表などを取り出して、卓上に広げる。

 さて、本題に入ろう。

 その前に、一人だけ全然状況つかめず、戸惑っていたので、俺は軽くこれまでの経由を説明した。

 五分かからず、花本さんはすべてを理解してくれた。

 どうして一人は数十分かかってもいまいち理解できず、もう一人は数分で理解し自分なり結論まで至るのかな。

 やはり花本さんと詩乃の頭の差かな、やはり詩乃のそのさかな、やはり詩乃魚?

「速水会長がひそかに恋心を抱く相手と、結ばれるように私たちが手を加えればいいんですよね。」

「理解が速くて助かる。花本さん、今回初めて会うから、互いのこともよく知らないと思うが、手を貸してくれたらすごく助かる。俺たち二人だけだと、たぶん無理だ。」

 頭を下げて、丁重に頼む。

 花本さんのような頭の回転が速い人が手伝ってくれるなら、勝算は今の倍以上。やはりこういうこと頼むの恥ずかしい……

「そうですか………まず今後計画を教えてくれませんか、決めるのはその後にします。」

「そうか、わかった。」

「あと、雨谷君、私の名前はか・な・で・は・なですよ。呼び間違えないでください。」

 その笑顔めっちゃ怖いよ。そのせいで、うまく話せなかった。

「そ、そ、そうか、わ、わかった。奏、さん?」

「花でいいですよ。」

 彼女は笑った。やはり直視できない、まぶしいよ。

 詩乃といえば、小声で「花に怒られた」とつぶやいて、笑みがこぼれそうな口元を必死に抑えながら、肩を上下に震わせた。

「じゃあ、今から俺が立てた計画を説明する。」

 と言って、カバンから真っ白なコピー用紙を二三枚取り出した。

「まず、とにもかくにも、速水の好きな相手が誰なのか、をはっきりさせないといけない。そして……」

 詩乃はピーンと腕を伸ばして、俺の言葉を遮った。

「あまねはなんで会長に好きな人ができたって知ってるの。」

 これ以上ごまかすのももったいぶる気がして、少し言葉を濁す。

「今朝早く、学校で見えたんだよ。会長が「速水より」と書かれたラブレターをもって、土間でずっとうろうろしたが、結局何もしなかったのを。」

 正確には、

 昨日の夜に、夢で見たんだよ。「速水より」と書かれた手紙をもって、土間でうろうろする、結局何もしなかった男を。それも朝5時くらいのまだ日も登ってない、薄暗い時間帯に。

「じゃあ、ほんとにいるんだね……好き……な人が。」

 「好き」と言うときだけは、なぜかトーンが低く、声も小さかった。

「まずその相手がだれか、を特定するために、俺は二重なる対策を考えている。」

 二人の視線を感じ、俺はつづける。

「まず俺は、直接会長と話をする、そこで好きな人を聞き出せたら、後々は簡単に進められる。」

 詩乃に見習って、好々さん、じゃなくて、花も手を上げる仕草をする。

「どうぞ」

「はっきり言いますが、それは無理だと思います。恋愛に関する噂がたてば、普通の人なら、周りの目を気にして、何としても噂を晴らそうとします。でも、速水先輩はそういうことに一切関心を持ちませんでした。逆に言えば、人目を気にして、人があまりいない朝早く学校に行くのなら、それは絶対に何かすごく大事なことです。それを簡単に知らない後輩の雨谷くんに教えるとは思えません。」

 花本さん、あなたは俺たちの助っ人だよね、なんでそんな意地になるの。

 会長が教えてくれないとこっちが困るんだよ。まあ、ちょっと面倒くさくなる。

 でも好々の言ってることはもっともで、俺もその可能性を見損ねたわけではない。

 確かに、何といっても朝の五時で、それにラブレター。大事そうにしていることを、はいはいと簡単に教えてくないのは重々承知の上だ。でも、

「だからって、教えてくれるそのわずかな可能性を捨てられるわけにはあいかない。」

 少し口調がきつくなったかもしれない、いったん息を整えて、

「捨てられないけど、可能性が低いのも事実だ。そこは認める。だから、先言った、二重対策だ。」

 少しもったいぶる。じらすのも技術仕事だ。

「俺が会長と話をする一方で、学校中に噂を広めてほしんだ。そして、情報を集めたいんだ。それもなるべく多く、たくさんほしい。集めるに、二人は効率が悪すぎる、だから花の力を借りたんだ。」

 好々をちらっと見ると、彼女は何にも答えず、ただ視線で言葉の続きを促す。

「それからの計画は、情報の量で変わってくる。多ければ、確実な方法でやるし、少なければ、少し賭けに出ることも考えている。」

「噂って、どんな噂なの?」

 詩乃は目を光らせながら、上半身を乗り出すように俺の方に近づく。「近い近い」って言って、手でそれ制する。

「送信部に、会長の好きな人を知っている人がいる、とかでいいんじゃないか。」

 要するに、会長に関する情報が欲しい。

 こっちから集めに行くのは効率悪い、だからそっちから来てもらう。

「部室にいるのが俺と詩乃二人だけだと、二三人が来たところで、「あいつらやっぱなんも知らないじゃない」と、嘘がばれてしまう。だから花の力を借りたんだ。」

 頭を下げて、上目だけで好々をちらっと見ると、今度は隣の詩乃を少しばかり見つめてからこちらに視線を向きなおして、微笑みながら口を開けた、

「友達からの頼みですもの、手伝わせてください。」

 まただ、どうにも直視できない。好々ってもしかして太陽の娘さんとかなの?

「花、態度先と全然違うし、どうしたの。」

「私は、速水先輩に傷ついてほしくありません。ふざけた気持ちで速水先輩のことに手を出すのなら、それが友達の頼みでも、承諾することはできません。」

 友達の頼みって……詩乃が頼んだのか。

「でも、篠崎さんと雨谷君がそんな真剣に速水先輩のことを考えるのを見せられたら、すこし、信じたくなりました。」

 信じるってなにを信じるんだ。好々さんったら、じらさないでよ。

「自分にも速水先輩にしてあげられることがあって、もうただ迷惑しかかけられない人じゃないんだって、そう、そう信じてみたくなりました。」

 彼女の眼は潤んだ、そしてまぶしいくらいに笑った。

 俺はずっと、そのまぶしすぎる笑顔を女のすべてだと思っていた、彼女が涙で目を潤うまで。

 彼女の涙を見て初めて気づいた、その笑顔の後ろには甘くて苦い過去があることを、俺が目をそらしたのはそのまぶしさのせいではなく、その後ろにある彼女の過去に触れるのが怖かったからであることを。

 これからでも、そのまぶしさに耐え、まっすぐ向き合えるか、正直わからない。

 でも、心が痛むくらい、まっすぐすぎて、純粋すぎて、まぶしすぎた笑顔を、俺は守りたくなった。

「速水会長とどんな過去があったかは知らんけど、信じさせるよ。お前が言ったように、信じさせてみせる。」

 好々の隣で同じく目を潤う詩乃が、いきなり彼女に抱き着いた、

「あたし、よくわからないけど、花が泣いたら、あたしも悲しくて泣いちゃうよ。だから、花は泣かないで、あたしたちを信じて。」

「ありがとう、篠崎さん。私もう泣きませんよ。それに、こんなところ見られて恥ずかしいのです。」

 花本さんはほんとにもう泣いてなかった。

 俺は軽く心の中で決めた、「何としても、速水会長の恋愛を成就させて見せる」と。

 これ以上話が進まないようすだったので、てりやきバーガーの代金だけテーブルの上に置いて、俺は彼女たちに軽く別れの挨拶を告げた。

「また電話で連絡する。」

 彼女たちを後にして、学校に向かう。

「速水会長、学校にいてくれよな。」

 独り言のつもりで言ったが、寒い風にかき消されて、自分でもよく聞こえなかった

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