第一幕 雨谷周
目覚ましが激しく鳴る。
久しぶりに聞く気がするなあ、と物思いに更けていたら、さすがのうるささに、いらたって、乱暴に止めた。手が滑って、その勢いで、床に甲高い音で落ちた。
まだ朝の六時で、部屋は薄暗い。
おかげですっかり目が覚めた。
「いただきます」
あれから家でしばらく休養したら、世話されなくとも生活できる程度にはなった。
どうして入院してたかというと、
まあ、まとめれば、家族全員で自分の高校入学式に向かう途中に自分一人だけ車にはねられる事故にあって、一人だけそのまま意識不明になり、一人だけ一年間ベットの住人となったということだ。
って、全然まとまってない。
俺はこの一年間のこと何も覚えていない。
でも、事故の日に夢を見たのは確かに覚えている。
また誰も信じてくれなかった……
何て考えていたら、手に取ったミルクをこぼそうになった。
「一年寝込んだとはいえ、学校は行きなさい。始業式でしょう。」
三分の二くらい残ったミルクを一気に飲み干して、何も入っていないカバンを重く重く背負う。
「行ってきます。」
季節はすっかり春になっていた。まだ冷たい風も、暖かい日差しも、それを教えてくれる。
学校門近くになると、いろんな人が挨拶してくる。それが部活の宣伝と知りながらも、うれしくて、ついつい返事しちゃうところだった。社会人において、一番大事のは挨拶で、何故なら気分がいいからである、と教えられたことがある。
そのことが今日初めて身に染みて感じる。
土間に入って、俺も高校に入って一年経って初めて見る自分の靴箱に手を触れる。
開けたら、一枚の紙がスーと扉との間の隙間から落ちた。
「送信部、ぜひ入ってみてください!!!
1年2組 篠崎」
と書いてあった。
完全にラブレ、じゃなくて、部活動紹介、そう、部活動紹介だと思ったよ。それにしても、どっかで聞いたことあるような名前だ。うんん、思い出せん。
こんなことで頭を使ってはもったいない。それよりも、始業式ってどこでやるんだっけ。校長室?
考えるより先に、体が動いた。
人はよく、群れたがる生き物だといわれるのだ。それもあながち間違いではなく、現に俺は多くの生徒の一員と化け、始業式の行われる場所に自然と行きつこうとしている。群れることは大事だ、こうでもしないと俺、ほんとに校長室に行くまである。
行きつく先は校長室ではなく、体育館だった。
校長に続き来賓祝辞、一人新しく入った先生の紹介、生徒会長の話……
気づいたらもう終わってた。
確かにこういう行事は、普通は体育館とか広い場所で行いうべきだが、俺は昔入学式と卒業式を両方校長室で行った中学校の記憶があり、どうしても校長室と間違えてしまう。
あの会長は、のびすぎ太に似た眼鏡をかけているが、弱いイメージからかけ離れた細長く、筋肉質の体に、整った顔つきで、声も力強くて頼もしかった。
ていうか、この人は会長だったのか。
俺のクラスは2年2組、二階廊下の一番奥、日差しはいいものの、トイレからー番遠い。
「諸君よ、今日の一年間君たちの担任となった。どうぞよろしくたのむ。まずは自己紹介としよう」
チョークと黒板が接触するたびに、漆のような黒い髪の毛が左右の肩に軽くぶつかる。書き終えると、肩を落とし、教室にひびきわたるヒール音をたてながらるりと半回転して、俺たちに視線を向ける。
「私は近衛里美だ、どうやって呼んでも構わん。なにか困ったことあれば、何でも聞いてくれ、一応君たちの人生の先輩でもあるのだ。私の趣味は先生やることで、好きなことは教わることと教えることだ。」
よくよく見たら、先紹介された新しく入った先生だった。一人だけだったので、よく覚えている。
「では、次は君たちの番だ。基本的に名前と趣味、そして好きなことで。」
満足そうに胸の前で手を組み、窓辺へと移動した。クラスはそれを境に、またうるさくなる。扉近くの人から順番に自己紹介が始まった。俺といえば、自分の番になったのにも気づかず、ずっと窓辺にある双丘を眺めていた。なんと素晴らしい風景だ、これをピラミッドと同類にして、いや、にとって代わって、人類四大文明に入れられないかな。
近衛先生をずっと見てたら、自己紹介が回ってきたことにこれっぽっち気づかなかった。何この人、体型良すぎじゃないか、モデルをやってると言われても驚かないぞ。
「おいおいあまね、大丈夫か。」
その一声で我に返った。呼ばれなかったら一生見続けるまである。
懐かしい声だなと思いつつ、俺を双丘の呪縛から救い出したのは誰だろうと、声がしたほうに頭を向けた。
「天馬?」
視線の先にはすごく真剣な眼差しがあった。なのに、眉毛にかかるかかからないくらいの金髪を口で吹き上げる仕草に心の中でつい笑ってしまった。
彼は中学の付き合いで、互いの服、何ならパンツまでも着あうくらいの仲良しだ。
「一年間寝てたから、まで寝ぼけてんじゃないのか?」
軽蔑な目を送り、彼とはまたあとでゆっくり話すとして、自己紹介を始める。
「雨谷周です、趣味は特になくて、好きなものは近衛、ええと、素晴らしい学校と素敵な仲間たちです。」
鏡見なくても、顔赤くして、焦っている自分の姿はよく想像できた。口滑りそうだったが、まあ何とかごまかせた。新学年早々クラスの人に変な目で見られたくないよ。
机に顔を埋めて、寝るふりをしてほかの人の自己紹介に耳を傾ける。
「楽山天馬です、趣味はテニス、好きなものはテニス以外にまだ見つかっていません。」
そうやって一人また一人と自己紹介が続く。
最後の人の番も終わって、鈍い金属音を合図に、聞きなれたチャイムが教室中に届き渡る。
近衛ちゃんが笑みで二三言して、それをおわりの挨拶とし、颯爽と高いヒール音とともに教室から消えた。
俺はカバンから朝の部活動勧誘を取り出し、天馬に話を聞こうとしたが、それより早くあっちから声かけてきた。
「どう話しかけようかと迷ったぜ。お前が近衛のほうを見てニヤニヤしたから、思わずからかっちゃった。その何だ、すっかり元気になったなあ。」
「まあ、全治まではいかないけど、お前とこうやってしゃべれるくらいにはげんきになったぞ。」
「はははっ、ならいい。退院祝いに元気がなくなるようなものをあげよう。」
取っといてよかったと独り言を続けて、重たそうな部活カバンから分厚い紙の束を出して、
「この前、詩乃から聞いたよ。お前、ついこの前目覚めたらしいな(笑)。何にとは聞いてない。んで、お前が来ていなかった一年分の宿題と授業プリントをずっと保管してきた。」
俺にその見た目より重い紙屑、じゃなくて、紙束を渡した。手に取った瞬間、重くて、前転しそうになった。
「じゃ、俺この後部活だから、もう行くわ。そいつらを大切に使ってくれ。」
「ありがとうな。俺は普通に普通の病院の普通のベットで普通に目が覚めただけだ、他人の言葉を素直に受け入れなさい、変に意味をつけるな。あと、絶対何にって聞くな。」
「はいはい。じゃああまたね。」
とて、去っていた。別れの挨拶と名前を混ぜるな。ややこしい。
俺は天馬の後に続き、教室を出て、あいつのたくましい背中を廊下の曲がり角まで見送った。
そして両手いっぱい抱えた紙束をにらんだ。
こいつらは不燃ごみかそれとも資源ごみか。
正直どうでもいい。
それよりも、詩乃はどうして退院のこと知っているんだ。家族以外で知ってる人はいないはずだが。
「って、ほかのことに気を取られて、詩乃のこと聞くの忘れたあああ!」
心の叫びがほんとに叫びとなった今この時でした。
先、天馬がその名前を出した瞬間、俺はもう気づいたのだ。朝、靴箱で見つけたラブレターらしきもので実は謎の部活動勧誘だったものを書いた、その人の正体に。
「篠崎、篠崎詩乃。」
俺の幼いころからの幼馴染で、黒茶色の色の短い短髪に、頭の良さに反比例するくらいデカい胸。どれくらい大き、じゃなくて、頭が悪いかというと。すげー頭悪い。この一分くらい頭悪い。
どうやって自分と同じ学校に入学できたかすごく疑問に思った、だから、最初に「篠崎」を見たとき、これは絶対別人だとごく自然にそう思ってしまった。
退院なんて知っていたら最初に駆けつけてくると思ったが。全然気配が感じない。
まさか頭悪すぎて退学か?ワンチャンある。
「ないわよ。」
急に後ろから口調のとがて声がして、驚いて振り向いったら、手で持ってた紙束がバランスを崩し廊下に散らばて島田。島田、驚きすぎて「っ」が抜けたて島田、いらないところについっちゃた。どうもどうも、しまったです。
そこには仁王立ちする俺の幼馴染、篠崎詩乃がいた。胸を支えるようにして、その前に両手を組み、口先をとがらせ、頬を膨らませてすごく不満げに上目遣いでこちらをにらんでくる。かわいいけどね。
「や、やあ、久しぶりだな、詩乃。元気そうだね。」
先心の中で思ってたことを口に出してしまったのか。いくら頭悪くても、退学って口に出すのはよくないかもしれない、それも本人の前で。ついつい言葉が詰まって、苦笑いしてしまった。