B2会談②
ダイニングの暗い天井にマグカップの湯気が吸い込まれていくサマを見上げながら、ヒナは話題を探した。普段なら何でもない短い沈黙も、任務が終わった後は堪え難い。冷蔵庫のモーター音がセーフルーム中に響き渡って、その「ブーンッ」という重たい羽音にも似た振動が、ヒナとミラとの距離を物理的に乖離させていく様に聞こえたからだ。
「フォーの美味しい店を見付けたの」
ヒナはマグカップを両手に包み、当たり障りのない会話を切り出した。食事の話題は、こういう時、万能だ。
「へぇ、何処に?」
ミラが良い具合に乗って来る。「少し興味がある」といった具合に。
「トヨシマ区二番街。覚えてる?『天使を守る会』の根城の近く」
「覚えてるさ。思い出の場所だからね」
応えつつ、ミラは壁の時計を確認した。時刻は間もなく零時二十分。
「あそこには記念碑を建てるべきだな。我々の初任務成功の場であり、アイツとの出会いの場でもあるのだから」
「そうだね……でも、『インジェルちゃん』はいつあたし達を見付けたんだろ?」
ヒナが自然と呼ぶその名前に、ミラは眉をひそめた。
「その呼び方だけど、本当に『ちゃん』まで必要?」
「どうだろ?本人がそう名乗ってるから、つい、これで呼び慣れちゃって」
苦笑するヒナ。その戸惑った大きな瞳を見、ミラは安心する。アイツはこんな風に笑わない。アイツはもっと無邪気に、つまりもっと邪悪にしか笑わない。幾らヒナと容姿が似ていても、根本的に、アイツとは中身が違う。あの忌々しい「インジェル」とは。
「あれも付き纏いの一種だろうな」
ミラは温めた血を飲みながら呟いた。
「え?」
聞き取れなかったヒナが聞き返す。が、ミラはこれ以上、不快な相手について語り合う気はなく、話題を元の線路に戻した。
「いや、気にしないでくれ。それより、いつフォーを食べに行く?」
「……一緒に行ってくれる?」
正直、ヒナは不安だった。この先、どれだけミラと共に仕事が出来るか、どれだけ一緒にいられるか、この生活が続くか、判らない。
「勿論、喜んで」
ミラは胸に手を当て、おどけた調子で頭を下げた。奇術師の仕草だ。それはヒナを微笑ませたが、同時に不安を強めた。マジシャンは常に小さな嘘を吐き続けている。しかし、惚れた弱み、ヒナは相手を責められない。その代わり、自分の不安をはぐらかす為、全く思ってもいない疑問を口にする。
「けど、吸血鬼ってフォー食べられるの?血しか受け付けないんじゃない?」
「そんな事はないさ。味わうくらいは出来るよ」
ミラは少し嘘を吐いた。吸血鬼は血以外を受け付けない。若しフォーを口にしたら、味わった後全て吐き出す事になる。が、この真実を、ミラは飲み込んでしまった。