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9.天国でも涙は出る

 不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は天国に送られた。天国大学転生学部を受験することを決意した俺は、幽霊とのいざこざがありながらも何とか試験本番を迎えた。どこかパッとしない手応えだったが、それでも合格発表の日は刻々と近づいてきて……。





 9.天国でも涙は出る





 転生学部入学試験から一週間が経った。待ちに待っ……ていたわけではないが、今日はいよいよ結果発表の日だ。最大で4回受けることができるものの、できれば、いや絶対にこの1回で合格したいと俺は強く願っていた。


 思えば生前にやっていたボクシングと同じくらい、この受験勉強には情熱を注ぎ込んだかもしれない。もし合格しても、燃え尽き症候群にならないようにしないとな。これはゴールじゃなくてスタートなんだから。


 さて、もう少しで発表の時間だ。ネット上の専用のページに自分の受験番号がないか見ればいいわけだが……一人で見るのかこれ。不合格だった時の悲しみを一人で抱えきれる自信はないし、合格だった時の喜びは誰かと分かち合いたい。高校受験の時は両親と一緒に結果を見て、めちゃくちゃ喜んだものだ。


「あーあ!誰か一緒に結果見てくれる人いないかなー!!」


 わざとらしさを競う競技があれば間違いなく王者になれるほどのわざとらしさで俺はそう叫んだ。頼む、出てきてくれ。皆仕事中で暇な知り合いはお前しかいないんだよ。


「うるさいなぁ……ひとりで見ればいいじゃん。どうせ私じゃなくても誰でもいいんでしょ」


 望み通り、椅子に座って卓上のパソコンを眺める俺の隣にスーッと幽霊は出てきてくれた。そんなこと言うなよ、と思いながらも俺は素直に感謝した。バレないようにそっと彼女の顔を覗き込むと、怒っているというより虚ろで心ここに在らずといった表情だった。


「あのさ……ごめんな。俺、お前に嫌なこと言ってるって気づいてなかったんだよ。そりゃお前はネガティブなところもあるけど、良いところだっていっぱい……」


「いいよ、そんな心にもないこと言わなくても」


 勇気を出して謝ってみたが、幽霊はそれを遮って一蹴した。……俺のせいだ。こいつは自分の殻から出てこようとしていたのに、俺がバカなこと言ったせいでより硬い殻に閉じこもってしまったんだ。俺がもう一度こいつを連れ出すんだ、外の世界に。


 返す言葉が見つからずに俺は黙ってしまう。沈黙だけが通り過ぎていき、ついに発表の時刻になった。よ、よし、見るぞ……。くそっ、心臓の音が静まらねえ!!うるさいんだよドクドクドクドク!!俺はマウスを握る震えた右手を左手でそっと抑えて、専用のサイトへ飛んだ。


 開かれたページには白い背景に無機質に番号が並べられているだけだった。1059番……1059番……頼む!女神よ、俺に微笑んでくれ!!


 1056


 1057





 1059


 ……あった。やった。いよっしゃ……やったぞおおおおおおおおおおおお!!!!


「うおおおおおおおおおっ!!ご・う・か・くだああああああああああああああああ!!!いやっほおおおおおお!!!!」


 確かにそこに存在していた俺の受験番号を見た瞬間、脳が弾け飛ぶように歓喜と安堵に包まれ、俺は椅子から飛び跳ねて大はしゃぎした。嬉しい!!嬉しいぞおおおっ!!!3週間とはいえめちゃくちゃ頑張ったもんなぁ!!うん、頑張った……俺、頑張ったよ……!


 自分の努力が実ったことを自覚し、喜びは嬉しさに変換され、涙という物体として頬を温かく伝っていった。3週間でよくやったぜホント!もう今日は自画自賛しまくるぞ!!あ、そうだ。


「なあ、前俺が言った遊びに行くってやつ、考えてくれたか?」


 俺は約束を思い出し、俺のあまりのはしゃぎっぷりに思いっ切り引いている幽霊の方を振り返ってそう聞いた。


「ああ……別にいいよ、あんたの暇つぶしに付き合うくらい」


 暇つぶしってお前なぁ……まあ、OKしてくれたなら良しとするか。幽霊は肩を落として深いため息をついた。……もう絶対にお前を泣かせたりしない。意地でもお前の笑顔を見せてもらうぞ。





 合格発表から数日後、俺と幽霊は多くの人で賑わうテーマパークの入口にいた。『天国セントラルエンジョイランド』。いかにもという感じの名前のこの施設は、天国の中心部『ヘブンストリート』近くにある大型遊園地だ。合格の報告ついでに天国で人気の観光スポットのようなところはどこか加藤さんに聞いたら、ここだと言われた。先日フラれた彼氏さんに告白されたのもここらしい……。


「怖い……やっぱり帰ろうよ。どうせ無理だったんだよ私には」


 外に出たことはあるが、こんなに多くの人がいる場所に来たのは初めてらしい。あらら、怯えちゃってるよ……。


「大丈夫だって!俺以外には見えてないみたいだし、気にせずに行こうぜ」


 俺は明るく励ますが、幽霊は「でも……」と言いながら周りをキョロキョロ見回した。何がそんなに気になるんだと思いながら俺も周囲を見回すと、人々が変なものを見るような目で俺を見ていたことに気がついた。


「そ、そりゃそうだよな……傍から見ればひとりでベラベラ喋ってんだもんな……」


 急に恥ずかしくなってしまった俺は視線を振り切るようにさっさと受付に並んだ。休日だし、やっぱり結構混んでるなぁ。数分間列で待機した後、ようやく俺たちに順番が回ってきた。「いらっしゃいませー」という係員のお姉さんの声にも心做しか疲れが見える。


「おひとり様ですか?」


 俺はすぐに「はい」と言いそうになった、いや言えばよかったのだが、思いとどまった。まあ、ちゃんと人数分払わないとな。


「いや、えーと、二人です」


 どう見ても一人で来ている俺の珍発言にお姉さんや後ろに並んでいた人、そして幽霊も一斉に「え?」という声を上げた。そしてすぐに俺も「何言ってんだ」と無様に慌て始めた。


「あ、えーと、実は今日彼女と来る予定だったんですけど、昨日フラれちゃったんですよ。だから、その、気分だけでも味わいたいと思いまして、あはは……」


 お姉さんは「はあ」とよくわからないといったような反応を示しながらも、とりあえず俺に2枚のチケットを用意してくれた。気持ち悪い奴だと思われただろうな……ま、よしとしよう。


 チケット購入後、ゲートをくぐるとカラフルな建物と巨大なアトラクションが否が応でもここに来た人を楽しませようという迫力を醸し出しているように見えた。その"楽しい"を具現化させたような目の前の光景に幽霊も目を見開いて呆気にとられていた。これは期待できそうだな。


「よし、今日は嫌というほど楽しむぞ」


 まだどうすればいいかわからない様子の幽霊の手を引いて早速ジェットコースターの列に並ぼうとしたが、手に何の感触もないことに気づき、悔しさともどかしさを感じた。どうして……どうして彼女には指一本触れることすらできないのだろう。





 来場者は多かったが、人気のアトラクションが複数あるようで各アトラクションでの待機時間は意外と短かった。まずは遊園地の定番にして王道、ジェットコースターを体験してもらった。幽霊なのに高いところは苦手らしく、頂上付近では涙目でブルブルと身体を震わせていた。ただ、その後の急降下は声を上げて楽しんでいた。


 高所のアトラクションは嫌だと言うので、次はコーヒーカップに行った。目を回してやろうといたずら心が芽生え執拗にグルグルとハンドルを回したが、別に平気だったみたいで逆に俺の方が気持ち悪くなってしまった。情けないぜ……。


 続いて二人乗りのゴーカートに乗った。ここではっきりしたのは、高いのはダメだけど速いのは好きということだ。俺が自分でもビビってしまうようなスピードを出しても、幽霊は「おおー」と目を輝かせていた。まだ笑顔を見せたわけじゃないが、感情を表に出して明らかに楽しんでいるその姿に俺は「来てよかった」と心から思った。


 昼食を食べた後は、遊園地の裏定番にして裏ボス、おばけ屋敷に入った。さすが天国なだけあって、子供だましではなく本物……を見たことあるわけじゃないけど本物と見紛うほどハイクオリティなおばけ達が俺たちを恐怖へ誘っていった。


「怖ぃぃぃぃイイ!やだやだ!早く出たい!!」


 そして、幽霊のくせに高所の他におばけも苦手だった。袖とか掴ませといてあげたかったが、もちろんそれも叶わなかった。驚いて俺の身体をすり抜けて走り去っていく姿に、俺は笑っていいものなのか迷った。


 あっという間に時間は過ぎていき、時間的に遊べるアトラクションは残りひとつとなった。遊園地の大トリといえば、やはり観覧車で決まりだ。


「また高いところ行くの?」


 幽霊は巨大な観覧車を前に不安な表情を覗かせる。くっ……やっぱりこいつ、かわいいんだよな……。流血と白黒を除けば見た目は普通の女子高生だもんな。


「安全だから心配すんなって。ほら、早く行くぞ」


 係員は「こいつ誰と話してるんだ?」みたいな顔をしているがもはや気にしない。ゴンドラが回ってきて、怖がる幽霊を前に俺はまた手を出しそうになりすぐに引っ込める。俺に続いて何とか幽霊は乗り込むことができ、向かい合って座った。そのままゴンドラは低速でゆったりと上昇していった。


「今日は楽しかったか?」


 しっかり向き合おうと思いせっかく目を合わせたのに、幽霊はそれを逸らしながら「まあまあ」と答えた。確かに、喧騒から離れて改めて二人きりになると緊張するな……。


「少しでも楽しんでくれたならよかったよ。俺も楽しかった。お前とこうして遊ぶのも、これが最初で最後かもな」


 バカ!なんでまた俺はそういうことを言っちゃうんだよ!!もっと考えてから物を言えよ!!それまでの楽しい雰囲気を台無しにしてしまったと思い、俺は心底反省した。


「そうかもね。どうせ……ごめん」


 いつもの口癖のあとに続く言葉を飲み込んで、彼女は俺の目を見て突然謝った。急に視線を合わせてくるもんだから、ついドキッとしてしまい思わず逸らしてしまいそうになる。


「な、なんだよ急に……」


 どうすればいいのかわからず内心焦っている俺を前に、幽霊はまた瞳を潤ませている。またか、また俺は泣かせてしまうのか……。ゴンドラは段々と頂上に近づいて行っており、歩いている人が点のように見えている。


「あんたに初めて会った時、友達だって言ってくれてすごく嬉しかった。ずっとひとりで何者でもなかった私に生きていく意味を与えてくれた。でも……あんたが引っ越すって聞いて、またひとりになるのが怖くて、だけど私、こんな性格だから、全然うまく言えなくて……もうダメだって……」


 声を上ずらせて、泣いてしまうのを我慢しながら悔しそうに幽霊はそう打ち明けてくれた。そうだよな、そりゃ怖いよ。こんな訳の分からない世界で、ずっとあの部屋でひとりきりだったんだもんな。誰かに自分の気持ちをこうして打ち明けることもできなかったんだ。


「謝るのは俺の方だよ。お前の本音に気づかずに無責任に傷つけるようなこと言ったんだ。けど……たまには弱音だけじゃなくて本音も吐いた方がいいと思うぜ?どんなことでもいいんだよ。『暇だ』とか『眠い』とか……『寂しい』とかな。俺はお前を連れていくことはできないけど、お前が『会いたい』って言ったら絶対に会いにいく。たとえ誰にも聞こえなくても、俺がお前の言葉を全て受け止めてやる」


 柄にもないキザな言葉を矢継ぎ早に発してしまったことに気づいて、咄嗟に羞恥心から目を逸らしてしまう。だけど、俺の気持ちは本当だった。すぐにまた幽霊に目を向けると、彼女の目から抑えきれなくなった涙が一粒零れていた。


「お、俺また変なこと言ったか?」


 俺がカッコ悪くそう尋ねても、彼女は身体を小刻みに震わせているだけだ。余計なアドバイスだったかな……女心って難しい……。狭すぎる密室で息が詰まりそうな雰囲気を壊したのは、「ぷっ」という幽霊の噴き出す声だった。


「ふふっ……何それ。自分で言ってて恥ずかしくないの?」


 今……笑った……。控えめではあるが、溜まっていた涙を拭いながら幽霊は確かに笑顔を見せた。やっと、笑ってくれた……俺はずっとその顔が見たかったんだ……やっぱり、綺麗だな……。


「ちょっと、なんであんたが泣いてるの?」


 えっ?そう言われて頬を触ると、確かに涙が伝っていた。なんでってそりゃ……。


「嬉しいんだよ。お前がそうやって笑ってくれたことと、お前とこうして一緒にいれることが。ほら、見てみろよ」


 俺は幽霊の方の座席へ移動し外を指さした。幽霊は恐る恐る窓の外を覗き込み、そして感嘆の声を上げた。ゴンドラから見えたのは、段々暗くなり始めた天国に徐々に明かりが灯っていく幻想的な風景だった。ちょうど最高位まで上昇したところで、遥か遠くまで実によく見えた。


「私が生きている世界って、こんなに広かったんだ……」


 彼女は生まれてから初めて見るその光景に、心奪われ釘付けになっていた。本当に来て良かった……。心から満足している俺の隣で、幽霊は自分が高所恐怖症ということも忘れて、降りるまでずっと美しい眺めを堪能していた。





 すっかり暗くなってしまった帰り道。俺たちは家に向けて歩いていた。幽霊はどれだけ歩いても疲れないらしいが、俺の足は疲労を溜め込んでおり棒になってしまいそうだった。こりゃ明日は筋肉痛かもな……。


「引越しは一週間後だから、明日からまたいろいろ準備しないとなぁ。誰か手伝ってくれるといいんだけどなぁ」


 悪戯にニヤニヤしながら俺は独り言のようにそう呟いた。当然、幽霊にジロっと睨まれてしまう。


「じょ、冗談だよ冗談。けど、なるべくお前と話しておきたいから、引きこもらずに出てきてくれよ?」


 何気なく幽霊にそうお願いしたが、彼女は少し恥ずかしそうに「うん」と頷いた。な、なんかこの言い方じゃ誤解を生んでしまいそうだけど……まあいいか。


 大きな路地を抜けて住宅が密集する地域に入り、いよいよ家に近づいてきた。そういえば、女の子と二人でどこかに遊びに行くことって初めてだな。これってデート……じゃないよな、はは。そんな気持ちの悪いことを考えていたその時、俺の右手に何かが触れた。ビクッとして後ろを振り返った瞬間、俺はその感触の正体に目を丸くした。俺の右手に触れていたもの、それは幽霊の左手だった。


「なっ、なんで……お前、物に触れなかったはずじゃ……」


 彼女自身、俺よりも遥かに自分の左手が俺の右手に触れていることに驚いている。そして、今までずっと我慢していたであろう大粒の涙をボロボロと流し始めた。幽霊のくせに、その手はほのかに温かかった。


「どうせ……どうせ触れないと思って……それでも手を繋ぎたいと思って……こんな日が来るなんて……」


 彼女はついには声を上げて泣き出した。俺も思わず目頭が熱くなってしまう。それをこらえるために、触れられた左手を右手でしっかりと握った。熱を帯びた俺の右手はわずかに震えていた。こいつのネガティブが奇跡を起こしたんだ……お前は殻を破って外の世界に飛び出すことができたんだな。


「ってことは、物に触れられるようになったってことだ。引越し作業手伝ってもらうぞ、レイ」


 彼女は右手で止まらない涙を拭いながら「へっ?」と間抜けな返事をする。彼女が疑問を抱いたのは、きっと最後の二文字だ。


「幽霊だから『レイ』、お前の名前だ。……気に入らなかったら、全然改名してくれていいんだぞ?」


 あまりにも単純なネーミングセンスだ。想いも何もあったもんじゃない。だけど、彼女は首をブンブン横に振った。そして、笑顔で俺の命名を受け入れてくれた。


「あんたのおかげで物に触れるようになったし、名前までもらっちゃった。感謝しても……しきれないよ。ありがとう、拝人。私、生きてて良かったよ」


 心から喜びを感じている彼女の柔和な笑顔に俺も自然と笑みがこぼれる。幸せってこういうことを言うんだろうな……。絶対に忘れることはないであろう思い出を胸に抱きしめたまま、俺たちは灯りが照らす家路をゆっくりと辿っていった。

こんばんは、天日干しです。急激に気温が上がってすっかり夏に突入してしまった感じがしますね。

さて、今回はついに幽霊さんに名前がつきました。幽霊だから『レイ』というアレな命名ですが、レイはそれを受け入れてくれましたね。ようやく仲直りした拝人とレイですが、次回でいよいよお別れです。タイトルで大学って書いてんのにいつ行くんだよって感じですが、もうすぐです。

いつもたくさんの方に読んでいただき、嬉しい限りです。これからも応援していただければと思います。それでは。

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