8.天国でもやればできる
不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は、天国に送られた。コンビニ強盗に襲われた時に出会った少女にもう一度会うために俺は天国大学転生学部を受験することを決意するが、その矢先に幽霊と口論になってしまう。合格したら一緒に遊びに行くことを打診したが確実な答えは返ってこないまま、試験当日がいよいよ訪れようとしていた……。
8.天国でもやればできる
それはとても気持ちのいい朝だった。ここ数日、不眠不休で勉強を続けていた俺は、心身ともに疲れ果てていて『睡眠』の2文字が恋しかった。試験前日の昨日も、緊張であまり眠れないかもしれないと不安だった。
けど、どうだろう。試験当日だというのにどうやら緊張もなく快眠できたみたいだ。前日までの疲労もある程度は回復し、気分もスッキリしている。なんだか今日はいい一日になりそうだ!
試験は10時からだ。さて、遅れないように準備するか。えっと、今何時だ……?俺は時計を見た瞬間、全身に冷や汗を走らせた。
「9時……30分?」
寝坊すればそりゃ快眠だろうよ!!おい、何やってんだ俺は!!あんだけ確認したのに、アラームかけ忘れたのか!!?バカ野郎!!!どアホ!!!クソッタレ!!!
俺は自分で自分を罵倒しながらベッドから跳躍した。会場まではここから自転車で30分、試験開始後20分までなら途中入室可能だ。幽霊のやつ、起こしてくれても良かったのに……。
3分で着替え、荷物整理、トイレを済ませた俺は差し入れでもらったパンを片手に家を飛び出した。自転車に乗った俺は、競輪選手並みの前傾姿勢で爆走しながらパンを頬張った。昨日タイヤに空気を入れておいてよかった!本気を出せば車と並走できそうな勢いだ!
会場までの道のりは前半はほぼ直進だが後半は数回曲がらないといけないという、まあそれほど複雑ではない構造だ。一週間前に下見もしてきたし、道ははっきり覚えている。このペースで行けば遅くても5分前にはたどり着けるだろう。
運良く信号に一度も引っかからず直進部分は猛スピードで切り抜けられた。しかし、最初の曲がり角で事件は起きた。
「こ、工事中……!?なぜこのタイミングで……!」
そこには『工事中です』と書かれた看板が置いてあり、作業員の人達が道路工事に勤しんでいた。汗だくの俺に気づいたそのうちの一人がこちらに駆け寄ったきた。
「ごめんねー、今通れないんだよね。悪いけど迂回してもらえるかな?」
ええい!まだ余裕はある!俺は「了解です!」と元気よく返事をして来た道を引き返した。えーと、この道を……どう行けばいいんだ?ま、待て待て、焦るなよ、どうにかなる、どうにかなるさ……。
試験開始から10分が経過した。それぞれの者がいろんな想いを持ってペンを走らせていることだろう。俺はというと……あれから迷子になってしまい、ようやく本来通るはずだった道に出てきたところだ。あと10分!秒に直すと600秒!頼むから間に合ってくれ!!
もはや悠長に信号を守っている余裕すらなく、信号無視ギリギリセーフを何度も繰り返しながらブレーキ知らずの暴走運転をしていた。曲がり角でもスピードを落とさず、コーナリングをミスすれば正面衝突の可能性もあった。
寝坊により回復したはずの体力を多大に消費しながらも、途中入室できなくなる5分前に何とか会場に到着した。乗り捨てるように自転車を停めて、受付で受験票を見せた後、静かに教室に入った。残り3分、危なかったぁ〜。はっ、何休んでるんだ!本当の勝負はここからだ!!俺はペンを取り出してひとつ深呼吸すると、机の上に置いてある問題用紙を1枚開いた。
午後1時。筆記試験が終了した。このあと30分の休憩を挟んで面接試験が始まる予定だ。俺は昼飯もそこそこに、賑やかな控え室の隅っこでため息をついていた。
遅刻した割には落ち着いてできたし、わからない問題にも冷静に対処できた。ただ、やはり遅刻した分は大きく、全ての問題を埋めることはできなかった。合格点には達したかもしれないけど、本来出せたはずの実力を全て出せなかったのは悔しいな……。
ふいに携帯がブルブルと震え出す。画面を見るとどうやら加藤さんから電話のようだ。俺は急いで控え室の外に出て応答した。
「お疲れ様です、高ヶ坂さん。筆記試験どうでした?」
加藤さんは早口で俺にそう問うた。この前試験の日程を聞いてきたのは、もしかして休憩時間に電話してくるためだったのかな。
「それがですね、遅刻しちゃったんですよ。20分以内に来れたんで良かったんですけど、やっぱりその分のタイムロスは埋められなくて……」
こんなことで実力が出せなかったことを人に話すと、情けなさをどんどん自覚してしまい何だか泣きそうになってしまった。だが、加藤さんはそんな俺に励ましの言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよ!高ヶ坂さんならきっといい点取れてますって!本当にダメだと思うなら挽回する気持ちで面接頑張りましょう!笑顔が大事ですよ、笑顔!」
電話越しでも加藤さんのにこやかな表情が頭に思い浮かんで、思わず安心してしまう。俺は声を震わせながら「ありがとうございます」と感謝を述べた。
「鈴木さんも言ってましたよ。『面接っていうのは嘘と本心を極限までシンクロさせることが大事だ』って。……まぁ、よくわからないんですけど。あ、そろそろ戻らなきゃ。では、頑張ってください!健闘を祈ります!」
鈴木さんからの謎のアドバイスを俺に伝えた後、加藤さんは電話を切った。お仕事忙しい中で電話してくれたんだろうな……期待に応えないと!俺は今一度気合を入れ直して、自然な笑顔を作る練習に時間いっぱい励んだ。
「受験番号1059番の方、こちらにどうぞー」
いよいよ面接試験が始まった。俺は呼びかけに応じて返事をし、小さな教室に入った。中には丸いメガネにビシッとスーツを決めた、いかにも真面目そうな男性が背筋を伸ばして座っていた。
「受験番号1059番、高ヶ坂拝人です」
俺は家で幾度となく練習したフレーズを噛まずにしっかり言って、席についた。意外と緊張はしておらず、ここまで来たらもうやるしかないという想いで心は決まっていた。
「本日面接を担当させていただきます、荒牧です。よろしくお願いします」
荒牧さんはメガネの中央を指でクイッと押し上げた。俺も「よろしくお願いします」と背中を45度曲げてお辞儀をした。
「本日の筆記試験には少し遅れたらしいですが、大丈夫でしたか?」
遅刻したことチェックされてんのかよおおおォ!!おい大丈夫かこれ、マイナスポイントになってるんじゃねえのか!?俺は脳内でしどろもどろになりながらも落ち着いて応対した。
「はい、遅れた分を取り戻すために全力で取り組みました。自信はあります」
本当はなかったがそう言わないと平常心を保てなくなるかもしれなかった。鈴木さんが言っていたのってこういうことなのか……?
「そうですか。ではいくつか質問をさせていただきます。なぜ転生学部を受験しようと思われたのですか?」
志望動機来たー!これも1日50回は唱えたからバッチリだ!俺は自信を持って背筋をピンと張りながら答えた。
「僕は天国に来てから生前持っていた目標を失ってしまい、ずっと悩んでいました。ですが、ある人に出会ってこの大学で転生を目指すという新たな目標を見つけました。その目標に邁進するとともに、僕をここに導いてくれた人にもう一度会うために志願しました」
一言一句間違えずにしっかりと面接官に伝えられた!よぉし!!俺は心の中で拳を握り大きくガッツポーズをとっていた。面接官の反応も確認してみたが、「なるほど」と頷くだけだった。意外とリアクション薄いな……まあこんなもんか。
「では次に、あなたの長所と短所を教えてください」
またメガネをクイッと押し上げた荒牧さんはそう質問した。これも予想はしてた!
「長所はやり遂げることです。どれだけ時間がかかっても自分がやると決めたことは絶対に最後までやり遂げます。短所は少し考えなしなところと、緊張しやすいところです」
この面接では今のところ短所は全く出ていない。最後までやり遂げるぞ!俺は次の質問に備えて、頭の引き出しを整理していた。しかし、次の質問は微塵も予想していなかったものだった。
「では最後に、好きな女性のタイプを教えてください」
……え?まいったな、最近耳掃除してないからなぁ〜。
「すいません、もう一度お願いします」
「好きな女性のタイプを教えてください」
いやなんでだよ!誰が何のためにその情報必要としてんだよ!!てかこれ最後の質問かよ!!待て待て、急に言われても……好きなタイプ好きなタイプ……。俺は生まれてから今まで出会った全ての女性を片っ端から思い出し、どんな人が好印象だったか必死で検索した。そして最終的に出た答えは……。
「頭から血を流しているネガティブな人がタイプです」
アアアアアアアアアアアアアアッ!!!!何言ってんだ俺はああああああああああッ!!!なんであいつなんだよ!!傍から見たら特殊性癖すぎるだろ!!ダメだ、終わった……何もかも……。
「なるほど、わかりました。お疲れ様でした、以上で面接は終了になります。後ろのドアからお静かに退出してください」
あれ……まさかのノーリアクション?嘘だろ、これで終わりですか?できれば時間巻き戻して今すぐ訂正したいんですけど。合否を決める会議でこの話されたらたまったもんじゃないんですけど!
言いたいことはあったがこの場で言うわけにもいかないので、ひとまず立ち上がって深く礼をしてから教室を出た。ああ、終わった……いろんな意味で。まあ今さらどうこう言っても仕方ないし、結果を待つだけだな。
俺は会場を出て自転車に跨がり何ともいたしがたい気持ちを抱えたまま、今朝大慌てで走った道をゆっくりと噛み締めるように戻って行った。
一週間後に合否がわかる。それまでしばらく休むとするか。
こんばんは、天日干しです。いよいよ受験本番です。なんとか切り抜けた拝人ですが、出来には正直不安が残るところです。きっと帰ったらぐっすり眠るでしょう。
次回は合否と気になるあの子との関係に迫ります。果たしてどうなるのでしょうか。
いつも見てくださっている皆様、本当にありがとうございます。おかげさまで累計200PV突破しそうです。これからも読んでいただけると嬉しいです。感想などあればぜひ!それでは。