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7.天国でもその時は迫る

 不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は天国に送られた。新生活を悩みながら送る中、バイト先のコンビニに現れた強盗から助けてくれた女の子にもう一度会うために天国大学転生学部の入学試験を受けることを決意した。だが、受験勉強に取り掛かる中、幽霊と口論になり仲違いしてしまう……。





 7.天国でもその時は迫る





 時間が流れる速さは変わらないことくらい分かっているが、何もしないのと何かするのではその感じ方はかなり違う。あっという間に3週間が経過して、試験はいよいよ今週に迫った。


 死者支援事務所に受験票と受験料の送付をお願いしに行った時、久しぶりに鈴木さんに遭遇した。転生学部を受験することを伝えると、あのニヤケ顔のような笑顔で激励された。鈴木さんも昔受験しようか悩んでいたらしく、色々あって今の仕事に落ち着いたらしい。


 加藤さんにも電話で連絡した。だが、どうやらつい最近彼氏さんにフラれてしまったようで、やけ酒によるほろ酔い状態だった。お綺麗なのになんでフラれたんだろう……と思っていたが、どうやら原因は加藤さんの酒癖の悪さにあったらしく、つい納得してしまった。口がうまく回らない状態ながら、「頑張ってくらさい」と応援してもらった。


 全力で取り組むためにバイトも制限した。もし合格したら今よりシフトを減らしてもらえないかということも含めて店長さんにお願いしに行ったところ、快く受け入れてくれた。代わりに入ってもらうことになった小本さんにも差し入れをもらった。改めて本当にいいバイト先を見つけたなと、心からそう思った。


 こんな知らない世界でもこんなにも俺は恵まれていたんだと思うと、あんなにも悩んでいたことが少し恥ずかしく思えてしまう。睡眠不足気味だがおかげさまで勉強は順調に進んだ。


 それでも気がかりなことが俺にはあった。あの日、口論になってから幽霊は一度も俺の前に姿を見せていない。急にひとりで怒りだしやがって……と最初は思っていた。だが、俺もあいつに冷たい言葉を無意識に投げかけていた。


 俺にとっては当たり前でも、あいつにとっては大切なことだったのかもしれない、誰かと一緒にいるということは。俺はあいつの密かな寂しさに寄り添うことができなかったんだ。





 試験前最後のバイトを終えて、俺はラストスパートをかけるために自転車を物凄い速度で飛ばして帰宅した。そのせいで差し入れでもらったプリンが原型をとどめていないほど崩れていたことに玄関先で気づき、少しだけ後悔の念を抱いた。


 天国に来てから、帰宅後の第一声が「ただいま」から「ふぃ〜」とか「はぁ」みたいなため息になることが多くなった。それでも完全に「ただいま」と言わなくなったわけではなく、まだ「ただいま」と言っているのは幽霊がいたからだった。


 相変わらず薄暗いこの部屋には今は物悲しい静寂しか流れていない。いや、まあ集中できていいかもしれないけどさ……俺だって寂しいんだよな。……声掛けてみようかな。


「……なあ、ちょっといいか?いるんだろ?」


 そう呼びかけたが俺の耳には何の返事も聞こえなかった。誰も見てないけど、なんか恥ずかしいな……。いかんいかん、試験はそこまで来ているんだ、集中せねば。


 ……ダメだやっぱり。こういうのはきっちりケリをつけておかないと、試験中ふいに思い出したりしてしまいそうだ。俺は誰もいない空間に向かって言葉を投げかける行為に対する羞恥心を押し殺し、しつこく呼び続けた。


「おい、出てきてくれよ。……話したいことがあるんだよ」


 俺は崩壊したプリンを冷蔵庫にしまいながらテレビに向けて何度も話しかけた。それでも、出てくる気配は一切ない。


「はぁ……幽霊さーん、ちょっとでいいからー」


 椅子にドサッと座り込んで投げやりになりながらそれでも声を届けた。返ってきたのは怖いくらいに静かな空気だけ。諦めて風呂にでも入ろうかと思い始めたその時だった。


「しつこい、うるさい、うっとうしい」


 幽霊は三拍子の文句を唱えながらテレビの画面から顔だけをヌルッと出してくれた。眉を逆八の字にして、目は俺に腹を立てているのかまたは軽蔑しているのか、そんな感じだった。


「何なの?謝ってももう私はあんたに全く関心ないから」


 これまで以上に冷めた声色で発せられた言葉が俺の胸に突き刺さる。よし、落ち着け……。


 「あー、その、俺さ、今度の試験すごく自信あるんだよ。もう落ちる気がしないっていうかさ」


 ああもう、なんでうまく言えないんだ。こいつと話す時はなんかいつも心の根っこの部分を引っ張り出すことができない。案の定、幽霊は「あっそ」と素っ気ない態度だ。


 「だから……合格したら、どこか遊びに行かないか?お前と何かしたことないし、そもそも俺まだこっち来てから誰かと遊んだことないし」


 幽霊は気づいたらこの部屋にいて、そして現在までこの部屋から出たことがない。だから俺は彼女に外の景色を見せたかった。開けた世界を体験すれば内向きの思考も改善されるかもしれない。余計なお世話なのかもしれないけど……。


 「なんであんたなんかと……どうせ私は……」


 幽霊は俺から目を逸らして悲しそうにブツブツと呟いた。やっぱりこいつを外に出すのは難しいよな……。けど俺は、彼女の笑顔をまだ見ていない。いつも下を向いて暗い顔で、心の底から楽しかったり嬉しかったり、そんな顔を見たことがない。一瞬でもいいから、俺はその顔が見たかった。


 「……考えとく」


 だが、幽霊はなぜか少し恥ずかしげにしながらそう答えてくれた。あれ、検討してくれるのか?真意を問おうとしたが、彼女はテレビの中にスっと消えてしまった。


 何にせよ、外に出てくれる可能性もないわけじゃないってことだ……。それは俺の合格が前提だ。よし、最後の追い込みだ!俺は机に向き合い、全ての情報をシャットアウトしてからただただ黙々と勉強を続けた。


 待ってろよ、絶対にお前を連れ出してやるからな。

こんにちは、天日干しです。

遊びに行くという約束を幽霊と取り付けた拝人。いよいよ次回は本番です。果たして無事に合格することはできるのでしょうか……。

先週くらいから週二回投稿が続けられているので、これからも継続していきたいと思っています。今回も読んでいただきありがとうございます。それでは。

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