4.天国でも働ける
不慮の事故で死亡して天国へ送られた俺、高ヶ坂拝人は天国での生活を始める。バイト先も決まり、これからどうしようかという時、俺は自宅で謎の幽霊に遭遇する。重度のネガティブ思考を持つ彼女に最初は戸惑うが、なぜか彼女と俺は友達になってしまった……。
4.天国でも働ける
先日、『ヘブンサイクリング』という店で自転車を購入した。天国で移動するにあたって、公共交通機関と自分の脚だけというのはやはり現世と一緒で少し不便に感じたからだ。それなりの金額はしたが、店員さんに最新モデルのかなり丈夫なものをおススメしてもらったので満足している。短い距離でも使うようになり、早くも俺の愛車となりつつある。
その自転車に乗って、今日は『ヘブンリーマート天国南センター駅前店』まで来た。そう、今日はバイトの面接だ。現世では比較的何でもこなしてきた俺だが、ひとつ大きな弱点がある。かなりのあがり症なのだ。いざ本番に踏み込めば流れに乗ってスッとうまくいくことがほとんどだが、その直前なんかは心臓がドキドキして仕方がない。
調べたところ、『ヘブンリーマート』は『セブンスヘブン』と肩を並べる天国コンビニ業界最大手の一つらしい。従来のコンビニではあまり重要視されていなかった書籍やそもそも取り扱わないところが多いゲームなどにも力を入れつつ、伝統的に受け継がれている商品はさらにブラッシュアップを進めるなどして幅広い層から支持を受けているんだとか。
時刻は午後3時。駅前のコンビニだが、時間が時間なのかお客さんはあまり多くないようだ。もしかしたらそれを見越してこの時間にしたのかもしれない。俺は手に滲む汗をズボンでふき取りながら入店した。
「いらっしゃいませー」
効果音とともに絶妙なボリュームの挨拶が飛んでくる。店内には数名のお客さんと二人の店員がいた。左側のメガネの男性の名札を見ると、川島という文字がプリントされてあった。あの人が電話に出てくれた店長さんか。声で感じた通り、優しそうな人だ。俺は恐る恐る近づいて声をかけた。
「あの……バイトの面接で来ました、高ヶ坂と言います」
緊張した面持ちの俺に気づいた店長さんは「お待ちしておりました」と笑顔で迎えてくれた。ああ~絶対いい人だ。少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「小本さん、ちょっと代わってもらえるかな」
店長さんがカウンターの奥にそう呼び掛けると、「はーい」という声とともに小本さんという若い男の人が出てきた。忘れそうになっちゃうけど、ここにいる人たちって俺含めてみんな死んでるんだよな……やっぱり天使でも出てこないと実感湧かないな……。
「それじゃ、奥の部屋に行きましょうか」
店長さんについていき、俺はカウンターの中に入る。小本さんに軽く会釈をすると向こうも軽く返してくれた。奥の事務所にはシフト表や働く上での重要なポイントが書かれた表などが壁に貼り付けてあり、ポットやお菓子なんかも置いてあった。
「ごめんなさいね、散らかってて」
困ったような顔で謝る店長さんに「いえいえ」と俺は返す。店長さんはテーブルの上を簡単に片づけている間、俺は適当に椅子に座った。よし、ヘマをしないように頑張るぞ。
「お待たせしました、それでは面接を始めたいと思います。まずは履歴書と死亡証明書のコピーをいただけますか?」
俺はリュックの中のファイルから履歴書と死亡証明書のコピーを取り出して手渡した。
「ありがとうございます。なぜ当店でバイトをしたいと思ったのでしょうか?経緯も含めて教えていただければと思います」
店長さんの柔らかな微笑みに俺はだいぶリラックスできていた。これなら、噛むことなくスラスラ言えそうだ。
「はい。求人雑誌でバイト募集の情報を知りました。バイトは初めてなんですけど、集客率が高そうなここなら仕事のやりがいなどを学べるかと思って応募しました」
「そうですか。では、週にどれくらい入れそうですか?」
週何日入ろうかなぁ……気持ち的には毎日でも入りたいけど、さすがに休みは欲しいしなぁ……うん、週6日にしよう!って、あれ?
「週にどれくらいって……」
俺が感じる違和感に気づいた店長さんはアハっと少し噴き出していた。えっ、どういうこと?
「すいません、高ヶ坂さん、あなたは採用です。これからよろしくお願いしますね」
……えええっ!!?もう採用!?早すぎる合格に嬉しさよりも驚きの方が強く、俺は思わず立ち上がってしまった。
「採用って、俺まだ書類出して志望動機言っただけですよ!」
事実を飲み込んだら驚きは一瞬で消えて同時に不安が襲ってきた。本当にこれでいいのか?何が決め手だったんだろうか……。
「僕ね、生前は心理カウンセラーの仕事をしてたんですよ。だから分かるんですよね。この人がだいたいどんな感じの人なのかっていうのが。僕があなたに感じたのは、誠実さと情熱です。その若さを武器にどんどん稼いじゃってほしいです!と言っても、うちの時給そんなに高いわけじゃないんですけどね」
店長さんはこっちまで笑ってしまいそうなほどの笑顔でそう言った。せ、誠実さと情熱……。やばい……なんか凄く嬉しいぞ!!バイトで採用されただけなのに、死ぬほど難しい試験に合格したような気分だ。
「そ、そこまで言ってもらえると逆に緊張しちゃいますね……。精一杯頑張るのでよろしくお願いします!」
こうして仏のように優しい店長さんになぜか高く買ってもらった俺は無事働き口を見つけることができた。相談した結果、シフトはとりあえず週4日でお声がかかればピンチヒッターとして臨時出勤もすることにした。その他いろいろな手続きをした後、俺は夕飯を購入してから店を後にした。
「よっしゃ、稼ぐぞ~」
ウキウキ気分で俺はペダルに足を乗せた。さあ、飛ばすぜ!そのまま強く踏み込んで、風を切りながら自宅を目指した。全てが新鮮で楽しくて、俺は一種の幸せの絶頂にいたのかもしれない。けどこの時の俺は、大切なことにまだ気が付いていなかった。
どうも、天日干しです。
今回はバイトの面接に行くだけの話なので結構早く出来上がりました。今週はもう1話投稿できればいいなと思っています。次回はいよいよメインヒロインの登場です。え?あの幽霊はどうなのかって?さぁ、どうでしょう……?
累計100pv行きました!見てくださった方々、ありがとうございます!拙い文章ですが、これからも何卒よろしくお願いします!それでは!