3.天国でも出るものは出る
不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は天国へ送られた。加藤さんに連れられて死者支援事務所へ来た俺はそこで死亡承認を済ませ、いよいよ天国での新生活がスタートした。
3.天国でも出るものは出る
外が明るくなり、車や電車の走る音が微かに聞こえ始めてきた。俺はゆっくりと目を覚まし、布団からムクっと起き上がった。天国には太陽がないので朝日が差し込むことがなく、それだけで生前とはだいぶ大きな変化を感じる。鳥も今のところ見ていないので、鳥のさえずりを聞くことももうないかもしれない。
俺が死んでここに送られてから数日が経過した。死者支援管理省はかなり懐が深いようで、机や椅子から電化製品までおおよその家具は支給してくれた。おかげで初日からそれなりに快適な生活を送ることができた。衣服なども翌日には買いに行ったので、もう生活で困ることはあまりないかもしれない。ちなみに、服を買った時に初めて知ったことだが、天国では生前最後にちゃんと着用していた服が正装らしい。ということで、俺が生前最後に着ていた高校の制服も捨てずにとってある。
加藤さんによれば、初期支援費用の50万テンは意外とすぐに底をつくらしく、一ヵ月以内にはバイトを探した方がいいとのことだ。確かにこのまま何もせずにボーっと過ごすわけにもいかない。初めてのバイトもまさか死後になるとは思わなかったけどな……。
俺は本屋に行き、店頭に無料で置いてある求人雑誌『ヘブンワーク』を手に取って持って帰った。高齢化の影響で天国でも高齢者が増加傾向にあるらしく、どこも若者への訴求力として同じく若者を多く募集していた。どうせやるなら、時給良くてやりがいもあるところがいいな……。おっ、駅前のコンビニとか忙しそうだし、なかなか稼げるんじゃないか?でもコンビニってブラックなところ多いって聞くしなぁ、どうしよう……。いや、初めてなんだからどこだっていいだろう。どうしても合わなかったら辞めればいい、まずは始めることが大事なんだ!
俺は先日契約したばかりの携帯電話を取り出して早速電話をかけた。うおおお、なんか緊張してきたぞ!電話はツーコールしてすぐに繋がった。
「お電話ありがとうございます。ヘブンリーマート店長の川島です」
良かった……柔らかい声でとても優しそうな店長さんが出てくれた。俺は緊張を隠しながら、言いたいことを頭に思い浮かべ口にした。
「もしもし、高ヶ坂という者です。アルバイトの募集を見てそちらの方でバイトをさせていただきたいと思ってお電話させてもらいました」
よし、噛まずに言えたぞ!昔から緊張すると口が渇いて舌がうまく回らなくなる癖があるからな。
「そうですか、ありがとうございます。では、お名前をフルネームで、それと電話番号、住所を教えていただけますか?」
店長さんの言葉通りに、俺は名前と番号と住所を教えた。いや~、ここならブラックの心配はなさそうだな。
「えーそれでは、3日後の午後3時に面接に行いたいのですが、ご都合は大丈夫でしょうか?もし大丈夫なようでしたら、履歴書と死亡証明書をお持ちの上、当店にお越しください」
俺は「大丈夫です!」と元気よくはっきりと返事をすると、店長さんは「お待ちしております」と言って電話を切った。俺はふぅと一息ついた後、いちいち喜ぶようなことでもないのに「よし!」とガッツポーズを決めた。楽しみだなぁ、働くってどんな感じなんだろう。まだこっちでは一人もいないから友達もできるといいな。
一人で考えて、決めて、行動する。それによって得られる自由な結果。一人暮らしって楽しい!!
時間の感覚がまだ曖昧なまま夜を迎え、俺は晩飯を食べながらある事が気になっていた。死亡承認の時に鈴木さんが言っていた、この部屋に"出る"という噂だ。特別にその類のものが苦手だとかそういうことはないのだが、やはり噂を聞いてしまった以上、多少の好奇心と恐怖心が共存しているのが正直なところだ。死んでいる人が来るはずの天国に幽霊がいるってのはどういう状況なんだ……?普通は現世を彷徨うんじゃないのか?もしかしてここで死んだ人の幽霊か何かか?
考えるほどによくわからなくて少し怖くなってきた俺は気分転換にテレビをつけようとしてリモコンの電源ボタンを押した。しかし、テレビの電源ランプは黄色に点灯しているのに画面は暗いままだった。チャンネルを回しても何も変わらない。おいおい嘘だろ……これってもしかして……。
俺の悪い予感は的中し、突如画面に不自然な砂嵐が走った。俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。すると次の瞬間、画面に白黒で頭から血を流している女子高生の姿が映し出された!!
「うわあっ!」
テレビから遠のいて情けない悲鳴を俺は上げてしまう。ほ、本当に出た……。ま、待て、たまたまこういう番組がやってるのかもしれない……。そうだ、もうテレビを消そう。そう思い電源ボタンを押すが、いくら押してもテレビは消えない。これはまずいぞ……この後の展開って言ったらもう……。
またもや俺の予想は見事に当たり、テレビの中の彼女は3Dメガネをかけた時みたいにぐわっと俺の目の前に飛び出してきた。俺は冷や汗をかきながら大きく後退りした。やっぱ怖い、怖い怖い怖い!!な、何とかして追っ払わなきゃ!
「お、俺をどうしようってんだ!?呪い殺そうたってそうは行かねえぞ!悪霊退散!!」
俺はなりふり構わず手をブンブン振って幽霊を追い払おうとした。しかし、ボロボロの制服を着た彼女は立ったまま何もしてこない。それどころか、急に座り込んで体操座りのままうずくまってしまった。流血はしているが、顔はそんなおぞましいものではなかった。ていうか、正直かわいい……。
「はぁ……やっぱあんたも私なんか嫌いだよね。あーもうやだ、なんで私ここにいるんだろう。もう消えたい」
彼女はうずくまったまま俺の方をチラッと見てそう言った。かっ、かわいい……。っていやいやそうじゃない、やけにネガティブな幽霊だな。見た目のインパクトより全体的な儚さが際立って、どんどん怖くなくなってきた。
「い、一応聞くけど……幽霊さん……ですか?」
俺は彼女のことを探ってみようと思い、戸惑いながらも声をかけてみた。幽霊と対話する日が来るなんてな……。
「ん?まあそんなとこ。ああ、邪魔だよね。私なんかいない方がいいよね。わかった、消える消える」
幽霊はか細い声でそう言いながらすっと立ち上がり、テレビの方へ歩いていった。ちょ、待て待て!俺は完全に恐怖心を捨て去り、彼女の手を掴もうと走り出した。しかし、当然ながら幽霊なのでその身体に触れることはできなかった。
「おいちょっと待て!誰も邪魔なんて言ってないだろ!ほら、あれだよ、ちょうど誰かと話したい気分だったからさ、もうちょっといてくれよ」
俺の言葉を聞いて幽霊は立ち止まってくれた。良かった、分かってくれたか……。
「……どうせ、私なんか暇つぶしの道具にも満たない存在なんだ。ああ、生きてる意味ない、消えたい」
なんでそうなるんだよ!!ネガティブというか曲解だぞそれは……。俺は肩の力が抜けてしまって、床にドスッと座ってしまった。
「何なんだよお前……。俺は高ヶ坂拝人、あんた名前は?」
俺がそう質問すると、彼女もテレビの前に座り込んでまたうずくまってしまった。む、難しい……。
「名前は……知らない。自分がなんでここにいるのかもわからない。そもそも自分が何者なのかも……ああ、こんな得体の知れない存在、誰だって嫌がるよね。ダメだ、もう消えたい」
何聞いてもネガティブな思考に変わっちゃうんだなこいつ……。言葉じゃダメだと思い、俺は彼女の近くに座り直して手を伸ばした。顔を上げた彼女は謎の行動を取る俺に少し驚いていた。
「ほら、握手だよ握手」
ぶっきらぼうな態度の俺の言葉に、彼女は深くため息をついた。でも俺はその手を決して下げない。
「私、物触れないし……。どうせそれをバカにしてるんでしょ」
「うるせえなぁ、物に触れないくらい大したことないだろ。初対面で失礼だけど、俺はお前のことなんか何にも知らないし別にそんなに知りたいわけでもない。けど、俺はお前のこと嫌いじゃない。バカにもしてない。だから、あれだよ、なんて言うか、あんまり自分で自分を傷つけるなよ。自分が思ってる世界と他の誰かが思ってる世界は全然違うわけだからさ」
自分で言った通り、初対面なのに何で俺説教臭いこと語ってるんだろう。なんか急に恥ずかしくなってきた俺は、笑いながら頭をかいたりして「冗談だよ」みたいな雰囲気を必死に出していた。しかし時すでに遅く、彼女は顔を膝にうずめてしまった。あー……これはもしかしてやっちゃったパターンか?
と思いきや、平静を装いながらも内心で死ぬほど焦っていた俺の方へ彼女は手を伸ばした。……えっ?失敗……じゃなかったのか?
「どうせすぐ出ていくんだろうけど……それまで、私と仲良くしてくれる?」
そう言いながらまた彼女は顔だけチラッと俺の方に覗かせた。くっ……かわいい……。俺も彼女に向けてもう一度手を伸ばして、軽く笑って見せた。
「よろしくな、幽霊さん」
その手に触れることはできないが、それでも俺と幽霊は握手を交わした。物なんか触れなくたって存在さえしてればそれで十分なんだ。あとは気持ちでなんとかなる。俺の天国での初めての友達は、どうやら人間ではなく幽霊だったようだ。
どうも、天日干しです。新たな時代になって初めての投稿です。今回はなんか幽霊と友達になっちゃいました。大きく物語が動き出すまでもう少しですね。
前回見てくださった方々、ありがとうございました!励みになります!Twitterもやってます。本作のタイトルで検索かけたら出ると思うのでぜひ。CRYSTAL RISERもよろしくお願いします(宣伝ばっかりごめんなさい)。
次回はまた一週間後くらいです。それでは。