11.天国でも初めまして
不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は天国に送られた。現実と似ているけどいろいろおかしいこの世界で新たな目標を見つけた俺は、天国大学転生学部に入学する。Zというおそらく最下層のクラスに配属となった俺は、その寮の前で強盗から助けてもらった『あの人』、百合川一乃と再会した……。
11.天国でも初めまして
「さて、立ち話もアレだし、中入ろっか。もうみんな揃ってると思うし」
一乃先輩は寮の方をチョイと指さした。いよいよクラスメイトとご対面か……同年代ばっかりってわけじゃないだろうし、いろいろヤバい人とかいたらどうしようかな……。何せ『Z』だからなぁ。
俺が一抹の不安を感じていることなど露知らずであろう先輩は、引き戸の持ち手に手をかざした。何をしているのか不思議に思った次の瞬間、先輩の手の平から青白いオーラのような光が現れて鍵がカチッと開く音がした。これってまさか……。
「生魂……」
「おっ、よく知ってるね。この扉は生魂でしか解錠できないようになってるんだ。さ、どうぞ入って」
やっぱりそうだったのか……あれが生魂。生魂という存在自体は特殊だけどそれその物はそんなに変わったものというわけではなかったな。あれを扱えるようにならなきゃいけないんだな……まあ詳しいことはまた教えてもらおう。俺はあれこれ考えながら、先輩に促されるまま寮の中に入った。
内装はその外観から思い浮かべるイメージとほぼ変わらなかった。正面に真っ直ぐ廊下が伸びており、突き当たりを折り返す形で2階に上がる階段があった。どことなく懐かしい雰囲気に包まれており、案外居心地は悪くなさそうだった。
「荷物は2階に運ばれてるはずだよ。コウハイ君含め男子の部屋は上だね。で、この入ってすぐ左のところがリビング。それじゃ、皆に挨拶しよう!」
おっ、いよいよか……人生の先輩方に失礼のないようにしなければ!先輩は「ただいまー!」と元気よく言いながら引き戸を引いた。部屋の中に何人か人がいるのが確認できたが、思わず目を逸らしてテレビの位置とかテーブルの感じとかどうでもいいことに気を配ってしまう。緊張の面持ちの俺の視界に飛び込んできたのは、メガネの真面目そうな男性、ツインテールの女の子……筋骨隆々の金髪の大男に……し、白い一匹の犬……。個性がどうのこうのってレベルじゃねえぞ……どうなってんだこりゃ!!
「おかえり、一乃ちゃん。彼が新入生?」
柔らかそうな絨毯の上でくつろいでいるメガネの男性がそう言った。先輩は「そうだよ」と頷きながら俺に目配せした。よっしゃ、バッチリ自己紹介決めてやるぜ!
「初めまして!高ヶ坂拝人です。これからどうぞよろしくお願いします!」
「イエーイ!」と先輩はめちゃくちゃ盛り上がっているがそれ以外の反応はいまいちだ。ムキムキの金髪の人に至ってはずっと筋トレしてるし……てか、あの人なんか見たことがあるようなないような……。白い犬は不機嫌そうに「男かよ」と呟いた。お、男で悪かったな……ん?……え?
「せ、先輩……今、この犬……喋るわけないですよね、ハハ」
「わしは20代後半くらいのセクシーな女を期待してたんだが、まさかこんな青臭いガキとはなぁ」
喋ったああああああああぁぁぁ!!嘘だろ!!?どう見ても白い犬なのに、なんかオヤジ臭いこと言ってるぞ!!?天国に来てから非現実的なことはいろいろ見てきて、その度に「まあ天国だし」って感じで流してきた。けど、これだけはちょっと問い詰めたいぞ!!
「ちょっと!誰が青臭いガキだよ!!俺が青臭いガキならあんたはオヤジ臭い犬だ!!オヤジ臭い犬ってなんだよ!聞いたことねえよ!!」
「うるせえなぁ」と愚痴る犬。喋るな、まだ驚いてる途中だ。「まあまあ」と仲裁しながら先輩は説明してくれた。
「このワンちゃんはゴロウ。ゴロウは生魂の力で人間の言葉が話せるんだよ。私も最初はビックリしたなぁ。コウハイくんの言った通りスケベで頑固だけど、悪い人……というか犬じゃないから仲良くしてね」
やっぱり生魂か……犬が話せるようになるってどんだけすごい力なんだよ……。ゴロウは「頑固は余計だ」と口を挟みながら俺を一瞥した。この野郎……ナメてやがる……。
「じゃあ自己紹介していこうか。僕は立崎誠斗。死んだのは24歳。よろしくね、拝人くん」
手をついて立ち上がった誠斗さんは手を伸ばして握手を求めた。俺も「よろしくお願いします」とその手を取った。名前の通り、誠実そうで頼りになりそうだ。
「木ノ口遥。死んだのは16歳。遥でいいよ、よろしく」
部屋の後方で椅子に後ろ向きで座っている彼女は短く手をひょいと上げて俺に挨拶した。一つ下か……みんな思ったより若いんだな……。俺は「こちらこそ」と笑顔で返した。
さて、あとはあのマッチョの人……やっぱりどこかで見たことある気がするんだよなぁ。筋トレで流した汗をタオルでひと拭きしながら、彼は笑顔で俺に自己紹介をした。
「ドーモ!ワタシはフェードル・アクスといいますデス。死んだのは……何歳だったかな、忘れたデス。ボクシングダイスキデス。よろしくデス」
「フェッ、フェードル・アクス!?」
俺はつい興奮して大きな声を出してしまった。そうだ!思い出した!!ボクシング界の永遠の伝説、フェードル・アクス!!まさか、こんなところでお会いできるとは!!!
24歳にして世界チャンピオンの座に輝いた後、10年以上その席を譲ることはなかった伝説の男だ。彼は引退試合で世界最強の新人と呼ばれた挑戦者と戦い、劇的な勝利を遂げた直後にこの世を去った。ボクシングを始める数年前、俺もその様子をテレビ中継で見て心を揺さぶられた記憶がある。
親日家で日本に住んでいて、その天然なキャラクターからバラエティ番組にもよく出ていた。こんなところで出会えるとは夢にも思ってなかった……いやぁ、転生学部入ってよかった!!
「ワタシのこと知ってる人多いデス。なんでワタシそんなに有名デスカ?」
「むしろ知らない人の方が珍しいと思うけど」
アクスさんの超天然発言に遥が鮮やかにツッコミを入れた。めちゃくちゃ忙しいのにレギュラー番組とか持ってたからな……小さい頃はボクサーじゃなくてタレントだと勘違いしてたよ。
「会えて嬉しいです!俺もボクシングやってたんですよ!」
俺は岩石のようにゴツゴツしたアクスさんの手を掴んでそう言った。間近で見るとやっぱり迫力が桁違いだ……筋肉が鉄壁にしか見えないぞ。
「拝人さんもボクシングやってたデスカ!!嬉しいデス!ワタシ、感激デス!!」
青い瞳をキラキラ輝かせながら、尋常じゃない握力でアクスさんは俺の手を握りしめる!!痛い痛い痛い!!!気を抜くと砕け散りそうだよ!!
「ゴロウ、遥ちゃん、誠斗さん、アクスさん、私、それからコウハイくん。今のZのメンバーはこの6人だね。実はもう一人いるんだけど、今ちょっと謹慎中なんだよ。もう少ししたら解除されるみたいなんだけど」
先輩は個性豊かな面々を見回しながらそう言った。謹慎……?何をやらかしたんだ?まあ、少なくともまともな奴である可能性は低いと考えられるな。
「さて、そろそろ先生が帰ってくる頃かな?キャバクラは昨日行ってたから今日は真っ直ぐ帰ってくると思うんだけどなぁ」
「先生?」と俺は疑問を口にした。大学なので先生がいること自体に疑問はないが、「帰ってくる」という部分に少し引っかかった。まさか、先生もここに住んでいるのか?……ていうか、キャバクラ行ってるってそれ大丈夫なのか!?
「AからDの担当教師は寮内にそれぞれ自分専用の部屋が別に作られてるんだけど、うちにはそんなスペースがないんだよ。けど、先生は『お前たちにいつでも教えられるように』って自分の家を売ってここに引っ越してきたんだ」
誠斗さんの言葉を聞いて俺は少し安堵した。なんだ、生徒想いの優しい先生じゃないか。
「ここなら通勤時間がないから多少寝坊しても何とかなるし、行きつけのキャバクラも近いから朝帰りもしやすいしね」
遥は真実を淡々と口にした。本心はそれかよ……感心して損したぜ……。本当に大丈夫なのか……。素行を不安に思っていると、玄関先から「ただいまー」という声が聞こえてきた。
「今日は寄り道せずに帰ってきたみたいだな」
ゴロウはそう言いながらフンっと鼻をひと鳴らしした。話を聞いただけだとただの遊び人にしか思えないけど、実際どんな先生なんだろうか……。頼むから"いい人"であってくれ!
仄かな期待を寄せる中、引き戸のドアがガラッと開いた。先輩が「おかえりー」と声をかける中現れたのは、ネクタイを緩めてスーツを着崩している男性だった。髪の毛を赤紫色に染めている……うーん、確かに見た目はチャラいな。
「おおー、もう来てたか。よっ、久しぶりだな」
先生は俺にフランクな挨拶をかました。久しぶりって……どこかで会ったかな……。あっ、もしかして……。
「面接の時の……」
なんとなく受験の時の面接官に似ている。まあ服装は全然違うけど。
「思い出したか?そう、俺はあの時の面接官、そしてこのクラスZの担当教員にして、ナイトクラブ『アルティメットヘブン』名誉会員の荒牧だ!」
先生はめちゃくちゃカッコつけたキメ顔でスーツの裏ポケットから金色に輝くカードを取り出した。誰もそこまで聞いてねえよ!
「お、そうだ。拝人、お前に渡すものがあったんだ」
そう言って、先生はまたポケットをゴソゴソ探り始めた。面接の時の真面目キャラは何だったんだ……。そういえば急に好きなタイプとか質問してきたな……その片鱗はもう見えてたわけだ。先生は「あったあった」と言いながらまたカードを取り出した。俺の写真がプリントされてる……それって……。
「お前の学生証だ。入学おめでとう!そして、転生学部クラスZにようこそ!」
『高ヶ坂拝人 転生学部クラスZ所属』と書かれた小さなカード。俺は震えるような気持ちでそれを受け取った。顔を上げると、皆がこちらに向けて微笑んでいた。そうだ、ここからだ。ここは新たな人生を送るための通過点だ。取り戻すんだ、俺の人生を。
「高ヶ坂拝人17歳、まだまだ未熟者ですけど精一杯このクラスで頑張ります!改めて、よろしくお願いします!!」
俺はその通過点をともに過ごす仲間たちに深く頭を下げた。「よろしく!!」という皆の声とともに拍手が送られる。絶対に忘れないぞ、この初めましては。
更新遅くなりました。申し訳ありません。
新キャラが続々出てきました。クラスZは拝人を入れて現在6名です。しかし、一乃が言った通り、実はもう1人います。
次回も少し遅れるかもしれませんが、楽しみにしていただけると嬉しいです。それでは。