10.天国でもまた会える
不慮の事故で死んだ俺、高ヶ坂拝人は天国に送られた。コンビニ強盗に遭遇した際に助けてもらった女の子にもう一度会うために、俺は天国大学転生学部へ入学することを決意。紆余曲折ありながらも何とか合格することができ、レイの気持ちにも気づくことができた。そして、別れの時は来る……。
10.天国でもまた会える
いよいよ引越しが迫ったある日、俺は家に届いた郵便物を開封して衝撃を受けていた。天国大学からの届けもので、その内容は転生学部でのクラス分けだった。入試の総合的な成績でクラス分けされる。本屋のおばあちゃんの言葉を思い出しながら、中身のわからないプレゼントを俺はワクワク気分で覗いた。Aは無いにしても、B、せめてCには入りたい!
『あなたの所属クラスは、Zになります』
ぜっ、ぜぜぜぜぜぜぜぜっと!!!?Zですと!?アルファベットの最後の文字じゃねえか!!ええっ!?おかしいだろ!!AからDまでじゃねえのか!!?
遅刻がそこまで響いたのか……?筆記が散々だったわけじゃないから、やっぱり遅刻かなぁ……うわぁ、やらかしたなぁ。
「ふふっ、どんな修羅の道が待ってるんだろうね」
レイは俺の肩から覗き込みながら、耳元でそんなことを口にした。修羅の道ってお前、まさかそんなわけは……ないよな?
ああ、あの人に会える可能性グンと減ったな……。なんだよZってマジで……。変な人とかいないだろうな。……いやいや、合格出来ただけですごいんだ、うん。俺は合格の喜びを思い返して、不安な気持ちをしばし中和させた。
転生学部に入学するにあたって、ひとつ重要な変更をしなければいけなくなった。転生学部に在籍している間は延命契約が一時的に解除され、現世と同じように歳もとるし成長及び老化もするらしい。つまり、年齢の概念がなくなった状態から17歳の俺に戻るということだ。生前の状態に戻ることでより"生きる"ことを意識させる狙いがあるんだとか。
契約の一時解除の手続きを行いに、先日死者支援事務所に向かった。加藤さんと鈴木さん両名に合格を死ぬほど祝福された。お二人とも勉強中ずっと応援してくれてたので、俺は素直に嬉しかった。一人っ子だったので、兄や姉がいたらこんな感じなのかなと思ったりもして。
バイト先にも感謝を伝えに行った。入学後はほぼ毎日授業であまりシフトを入れることができないので、その調整の最終確認もついでにしておいた。店長さんは「うちから転生者が出たら僕も鼻が高い」と俺の心に火をつけるような言葉を送ってくれた。
寮生活となるのでいらない物も捨てて、レイに手伝ってもらいながら引越しの準備をどんどん進めていた。その日が近づくにつれ、Zというよくわからないクラスへ配属されたこと、転生学部という未だに耳慣れないところでうまくやっていけるのか、徐々に不安が俺の心を包んでいった。だがそんな俺に「消えたい」と言わなくなったレイは、静かで優しい微笑みを浮かべながらずっと話しかけてくれた。それが逆に彼女をここに置いていくのを忍びなくさせた。
旅立ちの前の淀んだ静けさを随分と広くなった部屋で感じながら、俺は新しい朝を迎えようとしていた。
とても明るい昼下がり。太陽がないので晴れているわけではないが、それでも暖かさを感じられるこの世界はやはり不思議だ。自宅アパートの前に引越し業者のトラックがやって来て、必要な荷物をいっぱい詰め込んだダンボールを積み込んでもらった。入り切らなかった荷物をリュックサックに入れた俺は、もう戻ることのない部屋の電気を消した。
トラックに轢かれて死んでこの天国に来てから数ヶ月……生前には体験したことの無い数々の出来事が、常に俺の心を不安にさせ、困惑させた。でもその先には数々の楽しみや感動があった。
少し寂しいけど、俺はここから前に進んでもっと成長しなければいけない。まだまだ発展途上なんだ。けど、天国に来てから今日までのことは絶対に忘れない。必ず未来の自分の糧になるはずだから。
玄関先で新しく買った白のスニーカーの靴紐をキツく結んだ。なるべく汚したくない気持ちとボロボロになるまで履き古したい気持ちで半々だ。
「もう行くんだね」
そう言いながら俺の目を真っ直ぐ見つめるレイ。少しでも目を逸らしたら心から何かが抜け落ちてしまいそうだった。
「ああ。俺がここまでやってこられたのはお前のおかげだ、レイ。本当に世話になった」
別に永遠に会えないわけではない。だけど、この不思議な幽霊との奇妙な思い出が胸に雪崩のように甦ってきて、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。
「私は何もしてない。けど、拝人の力になれたのなら……嬉しい」
レイは朗らかな微笑みを見せた。この頃、見違えるほどに表情が柔らかくなった。最初に会った時とはもはや別人の域だ。俺の言葉なんか完全にシャットアウトしていた時もあったが、レイの方から俺に向き合ってくれるようになったことが嬉しかった。……ああ、ダメだ、我慢できない。俺は絶対に涙を見せないように、目が渇くまで上を向いていることにした。
その時だ。レイは俺の背中に手を回して、その身を寄せてきた。なっ、ななななななななっ、ちょっ、待って……。
「ごめん……こうしないと、私……。あと少しだけ、このままでいさせて」
そうか、お前も……。レイの震えた細い声が俺の心を掻きむしって、俺は彼女を守るように強く抱きしめた。高鳴っていた心臓も徐々に落ち着いていき、まさに天国のような安心感に包まれた。
「……ありがとう。私、頑張る……何をどう頑張るかはこれから決めるけど、とにかく頑張るよ」
俺から離れたレイは自分の中でひとつの決心をつけたようで、希望や自信に溢れたいい顔をしていた。それに触発されるように俺の涙も渇き、最高の笑顔で手を差し伸べた。そして、初めて出会ったあの日と同じように握手を交わした。
「辛くなったりストレスがたまったり、なんとなく会いたくなった時にここに帰ってくるかもしれないから……それまで、成仏するんじゃねえぞ!」
そう告げてサムズアップした俺は、一方通行の扉を開いた。「うん!」と元気の良い返事をしながら、レイも小さな親指をピンと立たせた。何十倍もでっかくなって、いつかまた必ず会いにいく。俺はそう胸に刻みながら外へ出た。扉を閉めてカギを掛けたら、もうここは俺の家ではなくなった。"出るかもしれない"ただの空き部屋だ。
ここからがスタートだ。突然始まった俺の真っ白な第2の人生に色をつけるのは、ここからだ。
午後5時頃、俺は中央に大きな塔がそびえ立っている巨大な白い建物の前に立っていた。建物と言っても一つではなく、同じ土地にいくつもの建物が立ち並んでいる感じだ。でっけぇ……ここに来てから見てきたどんな建物よりも迫力があるぞ……!俺はついに来たんだな、天国大学に!!
老若男女、どちらかと言えば俺よりずっと年上の人の方が多い気がするが、多種多様な人々が行き交っていた。高校生気分が未だに抜けない俺は、私服で学校に行くことすら少し悪いことをしているように思えてしまった。
これは敷地内を探検するだけでも楽しそうだ……。おっと、いかんいかん。そろそろ寮に向かわねば。引越しトラックも到着していることだろうしな。
転生学部の寮は校舎の裏側に位置している。噂によると、高級ホテルのような外観なんだとか。楽しみだなぁ、高級ホテルに引っ越すんだもんなぁ!いやぁ、テンション上がるぜ!
俺は子どものようにウキウキしながら小走りで本堂の裏手に回った。そこには金で象られた外壁や装飾が映える五階建ての建物が堂々と居座っていた。うおおお……旅館にしか見えねえ……!マジか!俺本当にここに住んでいいのかよ!悪いけど、今日まで住んでたところとは大違いだぞ!
やばい、ワクワクしてきたぞ……。さて、トラックはどこだ……?辺りを見回すと、少し遠い場所にある一軒家の近くに止まっていた。……なんであんなところに家が?不思議に思いながらも駆け寄ると、業者のお兄さんがペコリとこちらに礼をした。
「お疲れ様です。こちらにお荷物は全て搬入させていただきましたよ」
こちらって……もしかして、この家?えっ?このどこからどう見ても木造二階建ての一軒家にしか見えないここに?もしかしてだけど、あの豪勢な旅館みたいな寮ってAからDしか……?
「ご利用ありがとうございました!新生活、応援してます!」
清々しい笑顔で俺にそう言ったお兄さんはトラックで颯爽と帰って行った。おいマジかあああぁ!!待ってくれよ……これじゃ寮じゃなくてシェアハウスだよ……。クラスZってこんな扱いなのか……。
俺はすぐそこに見えている豪華絢爛な建物を横目にため息を吐きながらも、とりあえずお邪魔させてもらうことにした。インターホンもないことに気づき、どこか行き場のない気持ちを抱えながらも引き戸をノックしようとしたその時だった。
「あれ?もしかして君が今日から来る新入生?」
後方からどこかで聞いたことがあるようなないような、そんな声が俺の耳に届いた。俺が振り返った先にいたのは……。
「あなたは……あの時の……」
一筋の風が少しの冷たさと優しさを含んで俺とすれ違った。それに合わせて肩までかかったあの人の髪の毛がふわふわ揺れていた。呆気にとられる俺の瞳に映っていたのは、間違いなくあの日俺を助けてくれたあの人だった。
「あっ、確か君は……強盗!」
彼女は大声で俺を指さしてそう言った。その言い方だとなんか俺が強盗みたいでちょっとアレなんですけど……。ていうかそんなことより!もう会えた!!ええっ!?あの人もZだったのか!!?もうZって何なんだよ!!はっ、俺が彼女にもう一度会えたら言いたかったこと……。
「あっ、あの!その節は本当にありがとうございました!」
何はともあれ命の恩人なので深々と頭を下げてお礼を述べた。彼女は「いいってことよ〜」と手首をクイクイ曲げながら謙遜した。前から思ってたけどヤケに軽いな……。
「私は君の先輩になるわけだね!よろしくね、コウハイくん!」
彼女はえっへんと胸を張りながら俺に手を伸ばした。そっ、そうだ、先輩には失礼のないように……って、『コウハイくん』ってなんだ?俺がいろいろなことに戸惑っていると、彼女はそれに勘づいたような表情を見せた。
「高ヶ坂拝人くんでしょ?名前の略称と私の後輩ってのを掛けて『コウハイくん』。どう?気に入った?」
……ダメだ!なんだこの人!よくわからない!!バカとかそういう次元じゃないよ!なんていうか、独特だよ!主に雰囲気が!!俺は力が抜けたようにカクっと肩を落とした。
「呼び方はお任せします……。高ヶ坂拝人です、よろしくお願いします!」
いや、くじけるな。俺はまだこの人のことを何にも知らないじゃないか。一度引っ込ませてしまった手に向けて今度は自分から手を伸ばした。
「うん!私は百合川一乃。どうぞよろしく、コウハイくん!」
先輩は眩しすぎる笑顔とともに俺の手を握ってくれた。その笑顔にさっきまで感じていた不安は自然と薄まっていった。何もかもまだまだわからないことだらけだ。それでも、この変な先輩が一緒なら、何とか頑張れそうな予感が、俺にはほんの少しだけ感じられた。
こんにちは、天日干しです。
「あの人」にずっと会いたがっていた拝人ですが、なんと早速会うことが出来ました。おバカか天然か、よくわからない性格の百合川一乃という女の子です。次回はクラスZの他の仲間たち、そしてクラスZとは一体何なのか、その辺りを書いていこうと思います。
CRYSTAL RISERですが、ちゃんと書いてるのでもうしばらくお待ちください!いつも読んでくださってありがとうございます!それでは。