1.天国でも生きていた
私は……やっぱり死んだ方がいいよね。このまま皆に嫌われたまま生きていくくらいなら、死んだ方がいい。
そうすれば、皆が私を嫌うことなんてないから。嫌われなくてすむから。
痛いだろうなぁ、ここから飛び降りたら。でも、これは私のためなんだから。よし、頑張ろう。
ひゃーっ、高い高い。あ、あの人は……いいなぁ、皆に好かれて人気者で。私もあんな風に……いや、きっと私が悪いんだよ、うん。皆からダメ出しされてばっかだったし。
さてと、誰かに見つからないうちに飛び降りますか。じゃあね、皆。バイバイ。
1.天国でも生きていた
幼い頃からそれなりに何でもこなしてきた。欲しい物は頑張って手に入れてきた。夢だって小さなものからそこそこ大きなものまで叶えてきた。だけど、「これだ」と思ったたった一つのことにとことん打ち込んできたことはなかった。
そんな俺が高校に入ってから始めたこと、それはボクシングだ。きっかけはテレビで試合を見てなんとなく興味を持ったからだ。トレーナーさんにはセンスがあると言われ、プロの先輩にもスパーリングで勝ったことがある。2年生に上がり、17歳になった俺はジムからプロテスト受験の許可をもらった。
夢への第一歩だった。全てがこれからだった。
よく晴れたある日、学校が終わった俺は足早に近くにあるジムへ向かっていた。1ヶ月後のプロテストに向けて、身体を仕上げなければならない。俺の心はこれ以上ないくらいに高ぶっていた。人生で最も成長を感じていた。もっと端的に言えば幸せだった。
信号が鮮やかな青に変わり、逸る気持ちを抑えられずに横断歩道を走った。居眠り運転で暴走するトラックが間近に迫っていることにも気づかずに。
それはまさに一瞬の出来事で、吹っ飛ばされた俺は痛みなんて感じる前に全身に走った衝撃で心身が驚愕していた。誰かが必死に声をかけるが、何を言っているのか全くわからない。そして、遅れて身体中を駆け巡る激痛とともに俺は悟った。自分が完全に破壊されてしまって、もう助からないことを。
嘘だろ……こんなことで終わるのかよ。これからなんだよ、俺の人生は。これから、だったのに……
……俺は……確か、トラックに轢かれて……。なんで意識があるんだ……まさか、助かった?
目を覚ました俺は真っ白な空間に倒れていた。ここ、どこだ……?本当にどこまでも真っ白だ……。
俺は自らの手をふと見つめた。……傷ひとつついていない。それどころか、身体のどこにも痛みがない。着ていた制服にすらホコリひとつついていない。
どういうことだ……俺はあの時間違いなく死んだはずだ。ここは一体……もしかして、天国とか?ははっ、まさかな……。多分、トラックも含めて夢なんだろう。でなければ、こんなこと……。
意味のわからない状況にどうすればいいのかわからず困惑していると、周囲の空気が突然震えだした。な、なんだ……何が起こるってんだ……?ファイティングポーズをとって身構えていると、目の前から白い小さな車が光を放ちながら現れ、俺に向かって爆走してきた!!
「うわあああああああああああっ!!」
咄嗟のことに身体が動かず、ただ大声を上げただけの俺の眼前で車は急停止した。危ねぇ〜……何なんだよ一体!
車のドアが自動で開き、中からスーツ姿の女の人が出てきた。見た目は若く、だいたい20代前半くらいの印象を受ける。女の人は俺のもとに駆け寄ってきて、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません!お怪我はありませんか!?」
長髪の女性は涙目になりながら俺に謝ってきた。もう少しでまた車に轢かれるところだった……。
「いえ、大丈夫です……。あの、ここは一体どこですか?」
俺が素朴な疑問を口にすると、女性は持っていたカバンから名刺を取り出して手渡してきた。
「ここは亡くなられた方の魂が送られる場所、天国です。申し遅れました。死者管理支援省から参りました、加藤野乃実と申します。高ヶ坂拝人さんでお間違えないですか?」
天国……やっぱり俺は死んだのか……。って普通に納得しちゃったけど俺今天国にいるの!?天国って実在したんだ……マジかよ。
「はい、高ヶ坂拝人です。えっと……何がなんだか分かってないんですけど、これからどうすればいいんですか?」
未だ戸惑いを隠せないまま俺は加藤さんにそう尋ねた。加藤さんは車の方へ歩いていった。
「そうですね、天国で生活していただくためにはまず死者支援事務所で死亡承認をしていただく必要があります。それと延命契約も必要ですね。移動しますので、よろしければ助手席の方にご乗車ください」
加藤さんは耳慣れない言葉をつらつらと話した。何もわからんな……とりあえずこの人について行って状況を確かめよう。俺は言われるがまま、加藤さんの車に乗り込んだ。
「あの……運転大丈夫ですか?一見かなり危険な様子でしたけど」
俺はシートベルトを装着しながら不安な点を加藤さんに聞いた。あんな暴走運転をされたらたまらないし、ましてやまた交通事故で死ぬなんてまっぴらだ。
「今私たちがいる場所は厳密にはまだ天国ではなく、天国から空間を隔てた亡くなられた方が安置される場所なんです。天国と安置所を行き来するには空間をワープする必要があって、この車はそれができる特殊なものになっています。恐れながら、その運転免許を取得したのがつい最近でして……」
免許取り立てなのか……まあ、それならしょうがないかな。うわぁ、俺今から空間をワープするのか……天国ってすごいな。
「では、出発いたします。ワープ時に少し衝撃や揺れが発生するので、しっかり掴まっておいてくださいね」
いよいよ天国へ行くのか……まだ実感ないけど、俺って死んだんだよな……。ええい、今は落ち着いてなんかいられない、とりあえずこの流れに身を任せるんだ!
ブオオオオオオオオオッ!!
「うおわああああああああっ!!!!ちょっ、思いっ切りバックしてるじゃないですか!!」
びっくりした……爆音とともに全力で身体を後ろに引っ張られたぞ。初心者というかドジのレベルなのでは……?大丈夫かな、不安になってきた……。
「も、申し訳ございません!今立て直しますので……」
加藤さんは大慌てでシフトレバーを「W」の位置に変えた。ワープのWか……?加藤さんがアクセルをベタ踏みすると、車の周辺は白く発行し始めた。車体は小刻みに震え始め、今にも何かが起こりそうな期待をさせた。
この先には、どんな世界が広がっているんだろう。俺の目指すべきものはそこにあるんだろうか。今はまだ何もわからない。まずはこの世界のことを知らなきゃいけないな……。
車内もたちまち白い光に包まれる。よし、行くぜ天国!一瞬ふわっとした浮遊感を覚えた直後、俺は安置所から姿を消した。
どうもこんにちは。天日干しと申します。
この作品は現代社会のような感じだけどちょっと違う、そんな天国のお話です。
現在同じくこちらのサイトで連載しているCRYSTAL RISERと異なり、一話分の文量を比較的短めにして週1、2話を目安に投稿していきたいと思っています。余裕があればそれ以上の投稿ももちろん可能です。
拙い部分もあるかと思いますが、温かい目で見ていただけるととても嬉しいです。
今週は少なくともあと1話は投稿する予定です。それではまた。