3 アリュナ
二人はしばらく街の中を歩いていた。
迷った、というより探し回っているという方が正しいだろう。
噴水のある広場から教会の方へ向かうという情報はあるのだが、肝心の噴水のある広場の場所がわからないのだ。もはや噴水のある広場をみつける必要すらない。噴水か、教会か、ギルドか。そのどれかを見つけてしまえば二人の勝ち、なのだが二人は未だに見つけられずにいる。
大通りを歩き尽くした二人は細く人通りの少ない道に入ることにした。
「教会とか噴水とかってのは、もっと街の中心にあるもんじゃねぇのか?まぁ広場はいくつかあったけど噴水の代わりにおっさんの像が立ってるとこばっかだったし...。あんなむさ苦しいやつより噴水の方がいいだろ!もっと噴水増やせっての!」
「噴水増えてもギルド見つけにくくなるだけなんだけどね...」
二人が歩いている路地は昼間なのに薄暗く、晴れているのに湿った空気が流れていた。
そんなところにいる人間は大抵ロクなものではない。当然それはこの街アリュナでも例外ではなかった。
「なんか空気悪いよな...」
「まぁ場所が場所だし、仕方ないよ」
もし大金を持ったただの二人組が丸腰で歩いていたとしたら、速攻で湧いて出た輩に盗まれたり、奪われたりされるだろう。しかし、丸腰の藤村兄弟に突っかかる輩は誰一人いない。それはなぜか。
「ねぇ、兄さん...」
「あ?」
「ギルドが見つからないからってそんな目付きしなくてよくない...?なんか人に避けられてる感じがするよ...?」
「避けられて何が悪いんだ!これは俺らの冒険だ!わざわざ他人に頼る必要ないっての!」
「目付きだけなら地元最強」という称号は伊達ではないからだ。
「こういうのは人に話しかけて進めていくものなのに...。まぁ兄さんはゲーム音痴だし仕方ないのかなぁ」
「はぁ?ゲーム音痴じゃねぇし。話しかけるとか余裕なんだよこの野郎!」
「なにに怒ってるの...?」
颯志はズボンのポケットに手を突っ込み、ガニ股で歩き、ガンを飛ばしながら近くに座り込んでいた妙に痩せてまともとは思えない男性に話しかけた。
「なぁちょっと聞きてぇんだけどさぁ...」
その男性は颯志と目を合わせようとせず、ただ地を見つめていた。このような路地裏では目を合わせるだけで変に絡まれることもあるのかもしれない。
...今回の場合は目も合わせていないのに絡まれているのだから男性は気の毒だ。
「おいお前、聞いてんのか?」
男は颯志の問いに答えない。
面倒になった颯志は男の顔を覗き込んだ。しかし、男は顔を背けた。
「あ、なんだ?そんなに話したくねぇーかよ」
そう問うと男性は小声で返答した。
「...お前らみたいなよそ者は誰が狙ってるかわかったもんじゃねぇ。横取りしたと思われたら俺が痛い目見んだよ...。頼むからどっか行ってくれ」
颯志と幸博は驚いた。
どうやらこの路地裏世界にも身分のようなものが暗黙のルールとして存在しているのだろう。藤村兄弟が絡まれなかったのは颯志の目付きが悪かったからではなかったのだ。金を持っていそうだが、弱そう。だからこそ自分達には襲えない。そういう理由だったのだ。
「あぁそーかい。そんなら俺らを狙ってる奴らに聞きますかねー」
「馬鹿かお前は...。俺は逃げろとは言えねぇがあの人に勝てるとは思わねぇ方がいいぜ。ここに入った時点でお前は奪われる人間なんだ。それが金なのか命なのかは知らねぇが逃れる術はないと思えよ...!」
男性の言葉にはやけに凄みがあった。彼の言う''あの人''がした戦いや簒奪を目撃したのか、被害者だからなのか、凄みの理由は定かではない。
ふと男性から目線を外すと周囲に同じように座り込んでいた人々がこちらを見ていた。
「お前と話しすぎた。横取りしてるってチクられたら面倒だからな、さっさとどっか行け。俺はもうなにも話さないぜ」
「勝手に喋ったのはお前だろうが。こんなのに絡むんじゃなかったぜ」
二人は男性の元から離れた。しかし周囲の目線は二人に集まっていた。ズカズカと話しかけてくるので警戒されているのかもしれない。
「こんなんじゃ誰からも聞けねぇーな」
「自力で見つけるしかないのかなぁ」
裏路地は決して一本道ではない。左右の分かれ道はもちろん、上下の交差すら存在していた。表通りからでは想像できない奥の深さ。この街、アリュナはどのような街なのだろう。
二人は足踏みしていた。地図もなしに裏路地へ飛び込んだためどこを曲がれば目的地へ着くのか、それどころか自分達がどこにいるのかさえわかっていなかった。薄暗く湿っぽく、壁の色が変わるわけでも道が開けるわけでもないこの裏路地に完全に迷い込んでしまった。
このままでは目的地どころか元の表通りに戻ることすらままならない。やはり道がわかる者に尋ねるしかないのだ。
そんなとき。
黒い風が通り過ぎた。
「...くろ_」
颯志が履いていた焦げ茶のズボンに一筋、切り込まれていた。そのことに今更気づく。
「俺のズボンが...切れた...!?」
幸博はまだ気づいてもいない。
「おい、幸博。なんかマズいもんに出会っちまったかもだ...」
「マズいもの...?」
「もしかしたらこの裏路地のボスかもしれねえ...。いつの間にか俺のズボンが切られてる」
颯志は辺りを見回すのだが、前方にも後方にも敵は見当たらない。敵どころか人が全くいない。地面に座り込んでいた輩なんて必ず視界のどこかに一人はいた。しかし、ここには一人としていない。それはまるで入り込んではいけない動物の縄張りのようだ。
「辺りに気をつけろ。近くにまだいる気がする」
目を凝らしても見当たらない。耳を澄ませても音はしない。
それでも敵は迫っていた。
サァァアッ!と空気を斬る音が頭上から聴こえた。
「ッ!?」
颯志は咄嗟に荷物を盾として頭上に突き出した。しかし、颯志の荷物は容易に切り裂かれた。
颯志は幸博と共に横に飛び退いていたため、裂かれずに済んだが颯志の反応が少しでも遅れていたら颯志か幸博は今頃、赤を散らしていたかもしれない。
タンッと石畳の上に立つ音が聴こえた。
「だ、誰だ...何の用だ...」
武器もなければ盾もない。丸腰の藤村兄弟は見上げるだけで精一杯だった。
「まず初撃だが...避けられなかったとはいえ捉えたな、この俺を」
襲撃者は細身の男だった。髪は薄い黄色のようなくすんだ金髪。服装は、決して綺麗だとは言えない服に明らかにサイズのあっていないズボンを履いている。それは元の色がなんとなくしかわからない程度に汚れていた。頭にはマフラーを立ててフードにしたようなものを被っていて、顔に影を作っていた。
男は石畳の上に散らばった荷物の中から金貨の入った袋を選び、持ち上げた。
「そして上からの追撃。これも半端とはいえ反応した...。俺がまだまだ甘いのか...それとも?」
「おいてめぇ金返せ!」
颯志が叫ぶと男がこちらを向いた。フードの奥から覗く鋭い目線。狩人の目付き。
「この目付きが悪いトゲトゲ頭にはなにかある。これ以上は危険...か」
男はそう言うと突風と共に消えるように去った。
藤村兄弟は呆然としていた。いきなり現れ、切られ、盗まれ、逃げられた。為す術もなく持ち去られた。裏路地の世界を完全に舐めていた。道中のイベントで殺される可能性すらあった。当然、ゲームではありえない。
この世界は現実であると、突きつけられた。
「兄さん...今のなに...?」
「ひったくりにしては命狙いすぎだろ...」
二人は冒険序盤にして所持金の半分を失った。
「兄さん...どうする?」
幸博は兄にそう問うたことを瞬時に後悔した。顔を覗けばすぐにわかった。幸博は着火剤になってしまったのだ。
「あの野郎ぶちのめして金取り返すッ!!」