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無能な弟でも冒険できるらしい。  作者: サテライトステロイド
2章 最初の街
3/7

1 ようこそ異世界

「おおおおおおおおおお!?」

 光る模様に完全に体を取り込まれた。


 足元が揺れている。それもかなりの衝撃だ。颯志はよろける。

 ガタンガタンと足元が鳴っていた。顔に当たる風と推進力から察するに乗り物の中だ。

「...幸博、無事か?」

「うん、異常なしだよ」

 二人は顔を見合わせる。特に変わった様子はない。あるとするなら服装ぐらいか。

 二人ともいかにも異世界という風貌になっていた。しかし、鎧や武器などは身につけていなかったので『魔王を倒す勇者』というよりは村人ぐらいのイメージしかない。

「すげぇ...異世界だ...。ファンタジーだ...」

 それでも二人には充分すぎる実感だった。

 前、風が来る方向から声がした。

「こちらの世界へようこそ」

 ゆっくりとしたどこか落ち着く女性の声だった。

 二人は息のあったタイミングで前を見た。

「神様から聞いていますよ。藤村 幸博様と藤村 颯志様ですね」

 どうやら、前にいるこの女性は神様の使いの一人らしい。幸博が最初に出会い神様と会うと同時にどこかへ消えたあの金髪の男も使いのようだったが、随分と性格が違う。こちらは幾分か話が通じそうだ。

「はい、僕が幸博でこっちが颯志です」

「なにがこっちだ。立派なお兄様だ」

 颯志が幸博に牙を向くと幸博は笑って「ごめんごめん」と制した。

 二人が軽く動いただけで幌のようなこの場所がギシギシと唸った。それなりに使い込まれているらしい。

 すると運転手である女性が口を開く。

「おやおや、どうか穏便にお願いします。狼が驚いてしまいます」

 その言葉に反応したのは颯志だ。

「狼ぃ?」

「はい、狼ですよ。この乗り物は狼に引いてもらっています。とは言ってもあなた方がいた世界の狼よりずっと大きな狼なんですけどね」

 颯志は幌の外の明るい世界に目を凝らす。乾いた土煙のような空気は感じていたが、ここがどんな世界なのか未だその目で見てはいなかった。単純な好奇心で外に目を向けた。

「うわ...すげぇ...!」

 外の光に目が慣れたとき、颯志の視界に広がったのは草原と道路代わりの土の道。そして乗り物を引く一匹の狼。

 その巨大な狼が走る度に銀色の美しい毛が筋肉の動きに合わせて波打ち、土を踏みしめる音が腹まで響く。

 颯志は興奮ですっかり語彙力が消滅してしまった。

「街の外には当然モンスターがいますからね、馬なんかで走ってたら食われてしまって立ち往生です。だから魔獣で対抗してるってわけです」

 女性が言うにはこの狼は魔獣らしい。この大きさもそう言われると納得できる。しかし、魔獣と聞くと常に敵として君臨しているイメージがあるがどうやらこの世界ではそんなことはないようだ。

「魔獣...!すげぇ...」

 颯志は相変わらず「すげぇ...すげぇ...」と小学三年生ぐらいの感想を言っている。男性の精神年齢は一八歳から成長しないと言うが、颯志の場合は九歳ぐらいから成長していないのかもしれない。

「兄さんそれ以外の感想ないのー?確かにすごいけどそれじゃあすごくバカっぽく見えるっていうか」

「誰がバカだてめぇ。考えてないように見えるだけだっての」

「はいはい、そういうことにしとくよー」

「幸博お前バカにしてんだろ...!」

「僕は最初から兄さんのことバカにしてるよ、あははは」

 颯志は「クソ幸博ぶっ殺す!」と叫び飛びかかろうとするが前で走っている狼がガフッとすごく面倒くさそうな声を出したので、踏みとどまった。

 そんな二人を見てまた女性は話し出した。

「あなた方にこの世界について少しお話ししましょう」

 藤村兄弟は再び女性の方に顔を向けた。

「この世界の名前は『メルド』。あなた方の世界が『アース』だったのと同じようにこの世界は『メルド』という名前をしています。言語はいくつかありますが、種族によって違うだけで同種族で別の言語を話すことはありません。人語は人語、妖精語は妖精語です」

 幸博が一言「なるほど」と言った。颯志も軽く頷いた。

「本来、メルドの人語はあなた方のいた世界のものとは全く違うものですが、それでは一から言語を学ぶ必要があり普段の生活すらままならない可能性があるとして神様はあなた方に翻訳魔法をかけておられます。聞く、読むはもちろん、会話や文字を書くこともできますので街の中で生きていくことは可能かと思われます」

 『神様』は意外と二人のことを祝福してくれていたようだ。石像のように表情が変わらない人(?)だったのでこのような気遣いに二人は素直に驚いた。

「しかし、翻訳魔法とは言ってもメルドにしかない言葉、つまりあなた方がいた世界にはなかった用語については翻訳しかねますのでご注意ください。それと、翻訳できるのは人語のみです。妖精語やゴブリン語などは全く翻訳できません。まぁ要するにこの世界の一般人レベルの言語力ということです」

「それだけあれば充分だっての、良いとこあんじゃねぇーか神様よー」

「あんなに怖かったのに意外と歓迎してくれてたんだね」

 幸博は言語を勉強する必要がないことに安堵した。言語について幸博はここに来てからずっと悩んでいたのだ。

 ゲームのような世界でゲームのようにはいかない生活を送ることに決めた二人は実はかなりノープランだった。颯志はあまりゲーム方面には明るくないので単純にノープランなだけだったのだが、問題は幸博だった。

 幸博は自分が身を置くこの世界をゲーム感覚で過ごそうとしていた。チュートリアルがあり、村人に話しかければ発生するイベントがあり、そうやって自分がどうにかしなくても用意されたシナリオをなぞっていけると思い込んでいた。しかし、この世界は首を切れば死ぬし、明確なHPゲージなんてものは存在しないし、宿に泊まるだけで怪我が治るようなことはない世界だ。ゲームの知識で動く幸博は現段階で最も危険な人物だった。

「で、幸博。実際どうよ、この世界」

 颯志はそこにあった木箱に腰掛け、幸博に問いかける。

 それに対して幸博は、

「そうだねぇ、典型的な異世界って感じ。この調子だと魔法とかありそうだし胸が踊るね!」

 と軽いガッツポーズで返した。

「おー魔法とかあんのか」

 その言葉に女性が反応する。

「魔法は幸博様がおっしゃる通り存在しますよ。しかし、魔法は簡単に身につけられるものではありませんし魔力量は生まれ持った才能に大きく左右されます。極めるなら困難な道になりますよ」

 女性がそんなことを言ったとき、幸博はあることに気づく。

 女性は相変わらず手網を握っているがその手の内側が淡い緑色に光っていた。電球から発せられるような明確な光ではなく、霧のようなもやもやしたものが手の外に漏れている。

「あの、あなたの手から漏れ出ているその緑色のはなんですか...?」

 幸博が問いかけるとまず反応したのは颯志だった。

「うわっ!ホントだなんだそれ、毒ガス...いやこっちの世界だと毒魔法とかそんな感じか?」

 ジリジリと後退りするも幌はそこまで広くはない。颯志は不格好なファイティングポーズをとる。冷静に考えると魔法が使える相手に拳で戦えるとは思えないが今は逃げられもしなければ防御手段もない。残念ながらファイティングポーズは最善の防御手段なのだった。

「やっぱりあの『神様』ってやつ、なんか企んでやがったか...!あんなのが俺らを簡単に生かすわけないよな」

「兄さん...どうする?」

「倒すか、逃げるか、止めさせるか、だな。どれも現実的じゃねぇけど」

 幸博に目を落としていた颯志は再び女性を睨む。生まれつきの鋭い目付きと相俟って見た目だけなら地元最強の不良のようだ。

 ゴゴゴゴゴなんて効果音が聞こえてきそうなオーラを放つ颯志に女性は慌てて返事する。

「話も聞かずに敵対しないでください!これは確かに魔法の影響ですが危険なものではありません!」

 女性はそう言ったが颯志の刺すような目付きは変わらない。今も女性の手からは緑色の(もや)が漏れているせいで颯志の警戒は解けない。

「じゃあそれなんの魔法なんだよ、説明してもらわねぇと納得できねぇな」

 相手が女性でも神の使いでも強気の姿勢を保てる颯志は弟を守るという意志が強いのか、単純に馬鹿なのか。それは颯志でも分からない。神のみぞ知るというやつなのだ。

「すみません、説明が足りませんでした...」

 女性は小さく「また神様に怒られてしまいます...」と呟くと説明を始めた。

「この魔法がそこまで警戒されてしまうとは考えていませんでした...。そうですね、この魔法を説明する前にまず『魔獣』について説明しましょうか」

 女性は手網を握っているため、颯志達に顔を向けることはできなかったがそれでも丁寧に、颯志達にも聞こえる声で説明をした。

「この『魔獣』は書いて字のごとく"魔法を使える獣"の総称です。あなた方も魔王討伐を目指すのならいずれ出会うでしょう。もしかすると対峙することになるかもしれません。『魔獣』はとても頭がいい生物なので戦うとなれば苦戦を強いられることになるでしょうね」

 こうしている今でもこの乗り物は荒い道を真っ直ぐ進んでいた。車輪の後には土煙が続いている。そして前には地平線上にうっすらと人工物が見えてきた。

「おっと、もう時間もないようですし手短に説明しますね。『魔獣』については分かっていただけたと思います。では私がなにをしていたかご説明します」

 もはや警戒していないのか颯志と幸博は積まれていた木箱に腰掛けていた。軽い悪路を木の車輪で走っているのだからずっと立っているというのも大変だ。

「簡単に申し上げますとこの魔狼(まろう)のジルに魔力を注いでいました。先程、説明しました通り『魔獣』は魔法を使うことができます。実はこのジルも現在、魔法を使って走っています。魔狼という種族は身体能力は『魔獣』の中でも上位に属している種族なのですが、一個体辺りの魔力量が他種族に比べ少ないのです。しかしジルは魔法を使って私達をより早く街へ運んでくれています。私は街に着く前にジルが魔力切れを起こさないように私の魔力を分けていました」

 ちなみにジルが使っていた魔法は自身の移動速度を上昇させる『加速(ファスト アップ)』です!と女性は付け加えた。

 緑色の靄は魔力を分けるときに発生してしまう魔力のロスを小さな妖精達が吸収しているから見えるらしい。この世界には靄に見えるほど小さな妖精が大気中に無数に存在しているということだ。

 女性の説明によると、この妖精がいないと魔力のロスである残存魔力が残り続け『魔法生物(クリーチャー)』を生み出す原因になったり弱いモンスターが力を持ってしまったりと悪影響を及ぼしてしまうらしい。

 そんな説明を受けた颯志は妖精やら『魔法生物(クリーチャー)』やらの話を打ち切り、話題を魔法に戻した。

「てか魔法をずっとその魔獣に分けてたならお前の魔力が切れちまうんじゃねぇの?今だって結構な速さで走ってるぜ?」

 颯志は妖精の説明をされている間ずっとこの質問を温めていたようだ。

「いえ、私は神の使いという存在ですので、人間とは比べものにならないほどの魔力量を誇っています。数時間魔力を注ぐぐらいでは切れることはありません」

 女性の膨大な魔力量を知った颯志は遂に反抗しようとも思うのをやめた。今の颯志が戦ったところで負けイベントのようにロクなダメージも与えられないまま戦闘不能になることだろう。

 ここまでどうこういろいろ言っているがこの世界メルドはどうやら幸博達がいた世界と物理法則自体は変わらないようだった。重力はあるし、火は水をかけると消える。しかし、物理法則は変わらなくてもねじ曲げることはできる。そう、魔法という異能の能力でだ。

 この世界では勉強するだけでSHCでもなんでもなく手から炎を出すことができる。魔法の力で宙を舞う魔獣もいるかもしれない。とにかく颯志と幸博はこの漫画やゲーム、アニメでしか知らない世界に興味津々なのだった。

 そのとき幸博が口を開いた。

「もしも、の話なんですけど。僕にすごく魔法の才能があって、人間最大の魔力量を持っていたとしたら神の使いさんの魔力量を超えられますか?」

 この質問は要約すると「人間は神の使いを超えられるか」というものだった。

 前方から吹く土煙混じりの風が彼女の髪をめちゃくちゃに靡かせるが彼女は慣れているのか諦めているのか特に気にすることもなく質問に答えた。

「人間の可能性は侮れませんのでなんとも言えませんが、現段階で私より魔力量の多い人間は存在しませんね。過去にもそのような例はございません」

 彼女は「人間には超えられない」と言っているがその発言には「しかし可能性がないとは言いきれない」といった意味も込められているように感じた。人間が予想を上回ることをした前例があるのかもしれない。

 女性のそんな発言に幸博は興奮を抑えきれなかった。

「可能性はあるってことだよね...!あぁ早く魔法を使いたいよー」

 すっかり主人公気分である。

 そんな幸博に女性が「しかし、」と切り込んだ。

「人間が強大な力を持って事が良く進んだ試しがありません。力を持ちすぎた人間は暴走の果てに破滅します。人間とって力は毒なのです」

 暫しの沈黙。

 顔にぶつかっていた風が弱くなっていき、そしてなくなる。後ろに引かれるような推進力も徐々に弱まっていく。

 前には城壁のような高い灰色の壁がずっと広がっていた。遂に街に到着した。

 女性は完全にこの乗り物を止めると、手綱を離し立ち上がった。そして、くるっと体の向きを半回転させると二人に向かってまた話す。

「さぁ、到着しましたよ。ラディクト領土の端の街アリュナです」

 どしーんと魔狼が足を折って座ったので颯志と幸博はそれぞれ彼女に感謝を伝えると降車した。二人は初めて異世界の土を踏む。大袈裟に表現したが土自体は元の世界と大差なかった。

 すると女性がなにかを差し出してきた。

「どうぞ、これは幸博様、颯志様それぞれのお金と身分証です。『ニッポン生まれニッポン育ち』の一文無しでは宿舎に泊まることもできませんのでこちらで三〇〇ゴールドとメルド用の経歴を作らせていただきました。ご活用ください」

 そのカードのようなものには名前、生年月日、出身地、両親の名前が記載されていた。両親の欄を見てみると颯志も幸博も「母:フレナ・フジムラ 父:ガルム・フジムラ」と書かれていた。

「こんなに居心地悪そうな『フジムラ』は見たことないな...」

「いや確かにインパクトすごいけど準備してくれた神様に素直に感謝しよ...?」

 異世界風アレンジされたフジムラに二人は失笑した。ネタ感は否めないが一応『神様』クオリティだ。

「お二方とも笑われてますけど、この世界では実際に存在して死んだことになっている人間です。冗談みたいに扱うと罰当たりだって言われてしまいますよ」

 女性が人差し指を立てて指摘した。それを聞いた颯志はテキトーにはいはいと手のひらをパタパタさせている。

 そんな颯志を後目に彼女は質問する。

「そう言えば、あなた方は魔王討伐を目指されているんですよね」

「まぁ、そうだな」

「ここは魔王城及びその城下街からすっごく離れた場所にある街なんです」

「.....え」

「ですので住民登録より冒険者登録した方が良いでしょうね。ギルドに行くと手続きしてもらえますよ」

「いやそうじゃねぇ!」

 颯志がぐわっ!と叫ぶと女性の肩が跳ね、驚いた様子を見せた。

「俺らちゃんと最初に神様ってのに魔王討伐するって伝えたよな!ならなんでこんな辺境が初期スポーン地点なんだよ!?」

「だって神様がそうしろって...」

「やっぱあいつ嫌がらせする気満々だったぁぁぁ!!」

 颯志は頭を抱え込む。玉座鉄仮面神(かみさま)はやはり颯志達を祝福などしていなかった。別に颯志と幸博が嫌いだったというわけではないだろう。単純に面白そうだからといういかにも時間を持て余した神の発想と言ったところだ。

「ほら、いくら時間かけたって死なずに魔王倒せればいいんだからさ!とりあえず荷車に乗ろうとするのやめて!」

 グズグズしている颯志を無理矢理引っ張って、幸博は城壁に空いた半月型の門へ向かった。女性は手を振ってくれているが苦笑いだった。

 そんな具合に二人の魔王討伐の旅はとんだ辺境スタートで幕を開けたのだった。

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