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無能な弟でも冒険できるらしい。  作者: サテライトステロイド
0章 とある兄弟
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1 悲劇のプロローグ

 初夏の心地いい日光がまるでカーテンのようにゆらゆらと降り注ぐビルの街を、とある兄弟が歩いていた。

「しかし、お前も好きだよなぁ。そんなのの何がいいんだ?」

 横を歩く弟を高い身長で見下ろす兄。

 名前は、藤村颯志(そうし)

 颯志の特徴は天然パーマだということ。そこまで強い天パではないのだが、ところどころがピョンピョン跳ねており不潔感のある頭をしている。

 そしてもう一つの特徴は鋭い目付き。

 決して睨んでいるわけではない。自然な目付きが鋭いだけなのだが、颯志はその目付きのせいで怯えられたり絡まれたりなどロクな目に会っていない。

「そんなのなんかじゃないよぉ!こんな都会に来ないと買えないレアゲームなんだから…」

 ゲームの入った紙袋を大事そうに抱えて歩いているのは弟の藤村幸博(ゆきひろ)だ。

 顔つきは颯志と似ているのだが颯志の特徴と言える部分だけ真反対の作りになっている。

 髪はさらさらの天然ストレート。重力に従順すぎる髪の毛が幸博の丸っぽい髪型を作り上げていた。振動にビョコビョコと反応する颯志の髪質に対して、幸博の髪は歩く振動だけでひらひらと揺れた。

 そして、目。

 幸博の目はタレ目だ。穏やかなイメージを与えるその目は、よく笑う幸博の性格と相俟ってよく人を引き付けた。

 幸博は優しく、どこか放っておけないような、そんな性格をしていた。

「ったく...一人で電車乗れないって言うから着いてきたけどさぁ、人は多いわ地味に暑いわで大変だわー」

「あはは、ごめんごめん。ホントに助かったよー。お礼にアイス買ってあげるよ!」

「いいっていいって。弟に奢ってもらうとか兄として恥だっての。てか俺は自分で着いていくって言ったんだしなー」

 この兄弟、特徴や性格は真反対だが仲は非常に良かった。もう三、四年は喧嘩をしていない。

 それにはお互いの精神的な成長も関係していた。

 颯志は現在高校二年生の十七歳。幸博は中学一年生の十二歳だ。

 幸博は家の近くの中学に歩いて登校しているため、電車はあまり使わない。颯志は少し遠くにある高校に通っているため、電車は慣れたものだった。

「さすがお兄ちゃんだね。どうしてこんな優男に彼女ができないんだろうか…!」

「お前絶対馬鹿にしてんだろ」

「バレた?へへへ」

「やっぱり奢らせるぞてめぇ...」

「うっわ目ぇこわー。あはははは」

 幸博は抱えた紙袋がベコベコ音が鳴るぐらい笑っていた。颯志も怒っているわけではない。むしろこの状況を幸せに思っていた。

「...ったく、もう置いてくからなー」

 颯志は歩くペースを上げる。

「ちょっと待ってよぉー」

 それに合わせて幸博も着いてきた。

「一人で帰れねぇんなら大人しくしてろっての」

「はーい」

 二人は駅に入り、改札を抜け、ホームに立った。

 休日ということもあり多くの人でごった返していた。

「都会ってのはどこもこんなんだから嫌だな」

「兄さん人酔いするもんね」

 長い列を避け、比較的短めの列に二人は並んだ。今、並んだばかりなのにすぐ後ろが埋まっていく。

 ホームを抜ける風が特別涼しく感じてしまうほど人混みで蒸し暑かった。

「エアコンが恋しいわー」

 颯志がパタパタと手で扇ぐ。

 手が作り出す風なんてものはとても小さなものでしかなく、颯志は余計に不快になった。

「ここら辺の電車はクーラー入ってるからいいよね」

「あー、そんで座れたらもっと最高だな」

「どうだろ、この人の数だからねー」

「乗り換えるまでは厳しいだろうな」

 颯志も幸博も足の疲労を感じていた。

 自分の体重が足の裏に集中しているのを実感していた。

 二人の疲労は足だけではなかった。慣れない環境を歩き、身体中に力が入っていた。

「今座ったら電車の中でも寝るわ」

「さすが兄さんだねー。もっと人の目とか気にしなよ」

「顔見知りがいるならともかく、今日会ってもう二度と会わないような人間ばっかだろ?気にするだけ損さ」

 周囲は相変わらずざわざわしている。耳をすませばいろんな日常会話が聞き取れそうだ。

 どこを見ても誰かと目が合ってしまうので二人は下の方を向いていた。

「電車着くの何時?」

「えっと...四時半」

「今何時?」

「四時一五分。てか時間ぐらい自分で見ろよ。携帯あんだろ?」

「手動かすより聞く方が楽でしょ?」

「こっちは楽じゃないんですけどー...」

 颯志は呆れたように上を向いた。

 頭上を覆っている屋根は鉄骨やワイヤーで支えられていて重々しいイメージを受けた。

 所々が錆びていて上を向いていると錆が降ってきそうなので颯志は再び俯くことにした。

「ねぇ兄さん、ちょっとこれ見てよ」

「んあ?」

 幸博は携帯を取り出し、颯志に突き出した。画面にはニュースの記事が映し出されていた。

「ここら辺で通り魔だってさ。しかも近くで強盗もあってたみたいで同一犯かもって」

「はーさすが都会だなー。安全な我が家に早く帰りたいわ」

「この人混みの中に犯人がいたりしてねー」

 幸博はニヤニヤしながら冗談を言った。

「や、やめろよ…」

 目付きが悪いわりには颯志はビビりなのだった。

「そんなビビってばっかだから彼女ができないんじゃないのー?」

「それとこれとは関係ねぇだろ!てかお前だって彼女いねぇんだし言える立場かよ!」

「まぁ今はいないけどさー」

「え、今は...?」

「ちょっと前までいたんだけど、なんか合わなくて別れた」

「それってお前からフったってことかよ!贅沢かましやがってー!」

 なぜか頭を抱え始めた颯志を余計に煽るように幸博は背中を撫でた。

 仲だけは良いごくごく一般的なとある兄弟なのだった。



―しかし、日常は非情であった。


 ホームの出入口辺りから突き刺すような悲鳴が響いた。

 周囲の人間は一斉に声のする方を向いた。それは藤村兄弟も例外ではなかった。

「どうした!?」

「悲鳴...?」

 二人は声のした方を向いたあと、顔を見合わせた。

 なにかまずいことが起こっている。二人ともそう察した。

「幸博、手ェ握れ。離れんなよ」

 颯志は改めて声がした出入口辺りを睨み、幸博にそう言った。

「...分かった」

 幸博は兄が差し出していた左手を右手で力強く掴んだ。

 そのとき、

「あれ...、なんか人混みが後退してない...?」

 大勢の人間がなぜか後方に向かってきていた。まるでなにかから逃げているように。

「おいおいおい...!ホントになにが起こってんだよ!?」

 颯志がそう言ったとき、再び悲鳴が起こった。

 幸博は不安そうに周囲を見渡していた。

「その刃物を捨てろ!」

 遠くでそんな声が聞こえた。

 颯志に悪寒が走る。

(刃物...そういやさっき幸博が通り魔があったとか言ってたな...!)

 周囲は混乱に包まれていた。

 なにが起こっているのか分かっていない人間と現状を知り慄いている人間がいる。当然、トラブルが勃発した。

「おい幸博!逃げるぞ!」

「今なにが起こってるか説明してよ!」

「そんな暇はねぇんだよ!あとでいくらでも…」

 その瞬間、集団が二人の間に突っ込んできた。繋いでいた手が離れてしまう。

「兄さん!」

「幸博ォ!」

 集団は我先にと逃げ場を目指して進んでいる。その幅は徐々に広がっていき、颯志と幸博を完全に分断してしまった。

「クソがッ...邪魔なんだよテメェら!」

 颯志は集団を横切ろうと試みる。しかし、パニックに陥った集団は聞く耳を持っていなかった。

『三番乗り場を、電車が通過します』

 混乱する現場を尻目に普段通りのアナウンスが鳴る。

 颯志は何時に電車が来るとかどこ行きの電車なのかとかそんなことはもうどうでもよかった。この状況で弟と別れてしまった恐怖に震えていた。

「兄さん!兄さん!」

 人混みの向こう側から幸博の声が聞こえた。

「ゆ、幸博!待ってろ今行く!」

「兄さん!に、兄さん!」

 幸博は必死に叫んでいた。颯志にはそれしか伝わっていなかった。

「助けて...兄さん!」

 颯志はその言葉に強い不安を感じた。

 「助けて」が何を意味しているのか。颯志はその疑問が最悪の解答を叩き出してしまいそうで恐怖した。

「邪魔だァァァァァァァ!!」

 人の目や気持ちなんてものは一切無視して、弟をなにかから救うため颯志は厚い人の壁を一枚一枚引き剥がしていった。

 背中から(いか)る声や不満の声がぶつかってきたが、そんなことは重要ではなかった。

 弟を救うためだけにその体を使って、不満を買って、進んでいた。

「兄さん...!早く!早く助けて!」

 幸博の声が近づいてくる。幸博の助けを乞う絶叫でさえも希望に変わる燃料だった。

「今行くぜェ!」

 プアァァンと電車のクラクションが鳴った。それと同時に颯志は最後の壁をかき分ける。

 視界が一気に広がる。目の前はホームの黄色いラインなどとうに越えたギリギリの場所だった。そんな場所に幸博はつま先だけで立っていた。

「兄さん...助けて...」

「...当たり前だっての」

 幸博の伸ばした手を掴もうとしたそのとき。

「なにしやがんだてめぇ!」

 颯志が壁としてかき分け、倒した男が急に立ち上がった。

「ちょっ...」

 その反動で幸博はギリギリのバランスが崩れる。

「幸博ォ!」

 颯志は咄嗟に身を乗り出して手を更に伸ばす。

 幸博も後方に仰け反りながら手を伸ばした。

「掴めぇぇぇぇぇえええええ!」

 颯志は乞うように叫んだ。


―しかし、両者の手はお互いに空を搔いた。

「兄...さん?」

 時間が止まったようだった。

 息が詰まった。一言も言葉を発せなかった。

 幸博の前髪がふわりと舞っている。サラサラしたその髪の一本一本が颯志の手の届かない場所にある。

 まるで血が吸い取られたように体温が下がっていくのを感じた。

 そんな体温なのにスポンジを握ったように顔から汗が滲み出る。

 右側からは電車が来ていた。

 落ちていく幸博はどうなってしまうのだろうか。

 本当に時間が止まっていればいいのに。颯志は心からそう願った。


「幸博おおおおおおおおおおおお!!」

 線路上に叩きつけられた幸博をまるでゴロを拾うように電車が襲った。

 目の前を残酷なまでに平然と電車が通過する。違う点と言ったら生々しい骨や肉を砕き引き裂く音とけたたましいブレーキ音。小さく見えた血飛沫が颯志の吐き気を煽った。

 手は伸ばしたままで引くことができなかった。引いてしまうと幸博が電車の下にいることを肯定してしまうようで。

 颯志は手を伸ばしたまま座り込んだ。力が抜けてしまった。

「幸博...幸博...?どこだよ…おい!幸博おおおおおおおおおおおおお!」

 ホームに轟く絶叫。

 結局、それはすべてを肯定していた。

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