頭に角(ツノ)が生えてきましたが、今日は出勤します。
「ウホッ、ツノが生えてるぴぃやぁぁぁあああっ、嫌ぁぁぁああああああああっ」
すまん、取り乱した。
それは、早朝、顔を洗うためにふと洗面台の鏡を見た時の事だった。
ーー頭のテッペンから三十センチ程の『角』が生えていたのである。
綺麗な円錐の形をしたその角は皮膚と同じ色をしていて、指で押すと少しめり込むが、硬い。まだ、出来立て、と言う感じのホカホカなツノらしい。
試しに指でつまんで少し引っ張ってみるが、取れる様子はなく、頭の皮も一緒に引っ張られている感覚だ。
「ナニコレ珍百景......」
今日もこれから仕事だと言うのに、なんて事だ。
起きたばかりで、まだ夢でも見ているのではないかと、ほっぺたをつねってみたが角は消えなかった。
しかし、よくよく考えてみると、ほっぺたをつねったぐらいで夢かどうかを確かめるのは、漫画やドラマの世界だけだ。それに、夢だった試しが一度もない。
ここは冷静に考えて、もう一度ベッドに入り、寝てみるのはどうだろうか。
そうだよ。それそれ。やるじゃん俺。この方法ならアグレッシブ過ぎて、漫画やドラマでは見たことがない。それに、また起きた時にはこの悪夢からも解放されるはずだ。
我ながらナイスな作戦だ。どうしようもない悪夢の中でもこんな突破策を見つけることができるなんて。俺は夢の世界の半沢直樹なのかもしれない。
まあ、今は角が生えてるから見た目はただの化け物なんだが、そんなことは気にしない。夢の中で部長や課長と戦うのなら、ツノの一本や二本生えてないと舐められてしまうだろう......うん。
そうと決まると、俺は早速ベッドへと潜り込んだ。
ツノがベッドの壁に当たるため、いつもより枕の位置を下にしたのは内緒だ。
「ツノが一本、ツノが二本、ツノが三本......」
また悪夢を見そうな事を呟きながら、俺は深い眠りについた。
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「ツノが生えてるぴぃや......嫌......マジで嫌......」
洗面台の前で絶望していた。悪夢は覚めなかった、と言うよりも、現実だったのだ。
何故だ。何故生えた。原因はなんなんだ。
思い返してみても、昨日は別に変わった事はしていない。いつも通りの日常を過ごし、いつも通りに寝床についたはず......あ、寝る前に『たけのこの里』を食べたっけ。
いやいや、それは関係ないだろう。『たけのこの里』を食べたからと言って、次の日に頭から『たけのこらしき物』が生えてくるような事があったら大問題だ。製造会社が記者会見で泣いて詫びを入れるだけではすまないレベルだ。
それに、俺の頭に生えているのは『たけのこの里』のような可愛い物ではない。もっと鋭利に尖っていて、触るもの全てを傷つけてしまいそうなたけのこだ......違う、ツノだ。
待って待って。今はそれどころではない。
原因を追求するよりも、これからどうするかと言うのが重要だ。
何よりも、これから会社に行かなければならないと言うのが問題なのだ。
入社当初より無遅刻無欠席を守り抜いてきた俺が、ツノが生えたぐらいで会社を休むわけにはいかない。基本的に会社を休むのは、親が死んだ時だけだと相場は決まっているのだ。
しかし、どうする。
スーツにツノと言う、パリコレもビックリのファッションで出社できるのか。いや、家から一歩でも出た時点で通報されそうだ。
待てよ、ツノを隠すためにハットを被ればいいんじゃないか......いや、それはマズい。ハットを被って仕事に行けるのはイギリスの紳士か、昔の名探偵ぐらいだろう。百歩譲ってハットを被って出社したとして、周りから『あいつ、チャラこいてるなぁ』と思われかねない。ダメだ。
仮にハットも我慢して出社したとして、どうなる。社内ではハットなんて被ったままにはできないし、脱いだら脱いだで、また一人パリコレが始まってしまう。
「俺さん、今日なんか雰囲気違いますね」
と言う後輩の気遣いと痛い視線を浴びるに違いない。
それに、取引先に謝る時はどうするよ。その場で礼をしようものなら、大事な取引先の方の頭を傷つけて余計に怒らせてしまいそうだ。一歩下がって礼をしたとしても、結局は「君、その頭はなんだね」と怒りをかうに違いない。
八方塞がりじゃないか......会社は休むしかないのか。
病気じゃあるまいし、休みたくはないが仕方がないのだろうな......でもな......ん、病気か。それは考えてなかった。これは病気なのかもしれない。いや、きっとそうだ。もう病気だとしか考えられない。そうだとすれば、特例として会社に休みをもらって治療すればいいのではないのか。
病院だ。病院しかない。おそらくだが、何十万人に一人の確率で発症するT・H・B(Thunoga Haelu Byoki)と言う名前で存在するだろう。
かくして俺はインターネットで病名や症例を探し始めた。
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「ない。全然ヒットしない。ヒットしてもなんか胡散臭い」
である。
無理だ。こんなのもう無理だ。
世界には35億人の男がいるらしいから、女性も合わせたらその倍として、70億人も人口がいるのに、ツノが生えてしまった人はいないらしい。本当か。いや、見つからなかったから仕方がないだろう。
はあ、時刻は九時。完全に遅刻だ。いや、もう休みの連絡を入れるしかない。
どうする。風邪か、ギックリ腰か、それとも親を殺すか。
ダメだ。今まで無遅刻無欠席の模範社員として生きてきた俺が、急に風邪で休むなんて言い出したら、課長が心配してしまう。腰は強いし、親もピンピンしてるのに、休める訳がない。
俺は、元来ウソがつけない性分らしい。
もうこうなれば、一か八か本当の事を話してわかってもらうしかないだろう。
そう決めると、俺はスマホを取り出して会社の番号を選択し、通話ボタンを押した......
「おはようございます。〇〇科の『俺』というものですが、あ、〇〇課長でいらっしゃいますか、丁度良かった。本日なんですが......」
そう話し始めた時だった。
『あ、俺君。おはよう。大丈夫。わかってるよ。今日もツノが生えてるから休みたいんでしょ』
「え?」
頭が真っ白になった。
『うん。いいよ。ゆっくり休みなさい。今の君には休息が必要なんだよ』
「ちょっと待ってください。課長、たしかに今日はお休みをいただこうとしてましたが、その......ツノと言うのは......」
『そうか、また記憶障害を起こしているんだね。わかった。説明しよう』
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
『君はこの10年間、無遅刻無欠席で出勤してくれた。本当に成績優秀な模範社員だった。でもね、半年前ぐらいから、朝起きると頭にツノが生えていると言い始めたんだ。それで会社を休むようになってしまって......実際に俺君の自宅を訪問してみたけど、ツノは確認できなかった』
「そ、そんな......でも現に今も頭の上にツノが......」
『うん。どうやら、君にしか見えないらしい。そのツノが原因で、君は三ヶ月前から会社を休職しているんだ』
「ウソだ......だって俺は今まで無遅刻無欠席の模範社員で......」
『うん。私が君の病気に気づけなかったのも悪いと思ってるよ。本当に残念だ。申し訳ないと思っている。あ、ごめんね。そろそろ会議の時間だから』
そう言うと、課長は一方的に電話を切った。
ドクン、ドクン。
心臓がすごい速さで動いているのを感じた。
俺は急いで洗面台の前に向かい、鏡に映る自分の姿を眺める。
『ツノ......なくなったぴぃや』




