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船御子物語  作者: 瑞穂国
プロローグ:船巫女 1905~1940
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航空主兵と大艦巨砲

まるで独壇場だ。大げさな手振りで話を始めようとする薩摩を見て、貝塚はそんなことを思った。


一応断っておくが、薩摩は「低速重火力戦艦試案」推進派のトップではない。この計画案をまとめたのは、平山稔ひらやまみのる造船中将である。しかし、当の彼は黙ったまま、薩摩の話を聞いている。彼女に全てを任せているらしかった。


「まずは、航空主兵主義が抱える、二つの穴に触れなければなりません。穴とは、第一に航空機の性能向上、第二にレーダーの登場です」


「・・・皆目見当もつかん」


田崎が首を捻るのも頷ける。貝塚自身、特に二番目の「レーダー」という単語は、初めて聞くものだ。


「順を追って説明しましょう。まず、航空機の性能向上ですが。これは改めて、私が言うまでもありません。むしろこの辺り、藤岡少将の方がお詳しいのではと思います」


そう言いながらも、薩摩の目はチラリと貝塚を見遣っている。藤岡少将を航空主兵陣営に引き込んだのは、貝塚であることが、彼女には完全にばれている様子であった。


「航空機の発展は目覚ましい。第一次大戦が始まった頃には、飛ぶのでもやっとという代物だったのに、今では空を縦横無尽に駆け抜け、爆弾や魚雷を積んで船を攻撃することもできるまでになりました。その進化の速度には、目を見張るものがあります」


明治三十六年(一九〇四年)、ライト兄弟の初飛行から、わずかに三十年。その短い間に、航空機は大型化と高速化を急速に進めていった。だからこそ、貝塚たちはその能力に着目し、航空主兵主義への転換を提案したのだ。


「航空機が船に対して優位にあるのは、明白です。なぜなら、たとえ爆弾や魚雷を積んでいても、その速度は船の何倍も速いのですから。水雷戦隊がさらに速くなったもの、というのがわかりやすい例えでしょうか」


船に見立てた薩摩の左手を、航空機に見立てた右手が追い抜く。


「第一の落とし穴はここにあります!航空機はより速く進化する。しかし、その目的によって、どうしても速度や運動性に差が生まれるのです!すなわち、爆撃機や攻撃機よりも、戦闘機の方が速く、小回りも効く。これが意味するところは明白です。攻撃機が船を攻撃する前に、戦闘機が襲いかかって、落としてしまうのです!」


今度は、攻撃機に見立てられた左手が、戦闘機に見立てた右手に襲われ、落下していった。


「それは、攻撃側も戦闘機を護衛につけることで、解決できるのではないか?」


「それは楽観に過ぎません。空母―――いえ、空母に限りませんが、航空機が出撃する際には、一度に発艦できる数に限りがあります。これは、暖機運転や滑走距離の確保など、航空機ならではの制約によるものですね。つまり、敵味方ともに、使用可能な航空機の総数は、同サイズの空母なら変わらないことになります。防御側は、発艦可能数の全てを戦闘機にできるので、必然的に戦闘機の数で攻撃側を上回ります。戦闘機さえ片付けてしまえば、先ほど言いましたように、攻撃機など簡単に落とせます」


―――この人は、本当に大艦巨砲主義者なのか?


スラスラと話を進めていく薩摩に、貝塚は目を見開く。言っていることは、全くもってその通りだ。


「攻撃側がこれを覆すには、より多くの空母を戦列に並べることですが・・・日本において、それが不可能であることは、先ほど貝塚少佐が述べたとおりです。よくて五分、といったところでしょう」


「・・・航空機の性能向上は、図らずもその可能性そのものに、歯止めをかけることになるということか」


戦闘機というのは、特に速度と運動性能を重視して開発される。この二つは、基本的に相容れない要素(双方とも高い機体は望めない)であるが、戦闘機が他の機種に比べて、ずば抜けて優れていることは疑いようがない。


航空機の性能向上が進めば進むほど、戦闘機の攻撃機に対する優位性は増していく。それはすなわち、攻撃機は敵艦に辿り着くことができなくなるということだ。


薩摩の話は続く。


「戦闘機は、艦隊を攻撃機から守る、強力な盾になるわけであります!さらに、この盾をより一層強固にするものが、二つ目の要素であるレーダーなのです!」


「その、レーダーというのは、一体何なのだね?」


田崎の問いに、薩摩は自信ありげにたっぷりと間を取って、答えた。


「レーダーは、電波が反射する現象を応用することで、艦船や航空機を目視よりもさらに遠距離で発見することができる、画期的な装置です。私が主導している新技研内の研究会では、暫定的に『電波探信儀でんぱたんしんぎ』と呼んでいます」


―――やられた・・・!


貝塚は自らの失敗を悟った。貝塚と同じように、薩摩もまた、新技研内に協力者を募っていたのだ。


これで新技研は、例えどちらの計画案が通ろうとも、ある程度の発言権を得ることができる。


「もちろん、まだ研究が始まったばかりの装置であることは、間違いありません。しかし、すでに英米では、軍用を目的とした研究が開始されているとの情報もあります。これが実用化されれば、船にしろ、航空機にしろ、今までよりも遠距離で発見することが可能になるのです!つまり、今まで日本海軍が得意としてきた奇襲戦法は、今後一切通用しなくなります。特に航空機は、早期に発見され、万全の迎撃態勢を整えた戦闘機が待ち受けるところに、突っ込んで行かなくてはなりません!攻撃側よりも、防御側が有利になるのは、明白です!」


薩摩が浮かべていた余裕の笑みの意味を、貝塚は理解したのだった。残念ながら、今の貝塚に、彼女の意見を覆せるだけの手はない。


「これらの理由から、航空機は戦闘の結果に大きな影響を及ぼすようにはなるものの、戦艦を駆逐するまでには至らないというのが、私の結論です」


「それはつまり、航空主兵主義に傾倒し過ぎるのはよくない、ということかね?」


「その認識で間違いありません」


淀みない薩摩の返事には、確かな自信を見て取ることができた。


「さて、ここからが本題です。日本の次世代を担うのが、巨大戦艦であるべき理由。その根拠は、八八艦隊計画にまでさかのぼります。空前絶後の建艦計画は、同時にその維持費用との戦いでもありました。大量に軍艦を造れば、それだけ維持費用がかさむ。八八艦隊計画時に比べれば、日本の経済力は発展しました。それでも、米英と肩を並べるほどの大海軍を保持することは難しい」


昭和九年(一九三四年)でいえば、米国に対する日本の国内総生産の割合は、およそ二十パーセント。英国に対しては、およそ五十パーセント。日本が米英と並ぶような海軍を持つことができないことなど、火を見るよりも明らかだ。


「私たちは、八八艦隊計画のような夢物語ではなく、もっと現実に即した建艦計画を立案しなくてはなりません!大切なのは、費用対効果が最大になることです。軍艦においていえば、費用対効果を大きくしたければ、艦体を大きくすることです」


巨大な軍艦ほど、費用対効果が大きいことは、それこそ明治のころから知られている。金田かねだ中佐の考案した「五十万トン戦艦構想」などがそのいい例だ。同じ量の鋼鉄を使うにしても、三万トンの軍艦二隻より、六万トンの軍艦一隻を造る方が、建造費も維持費も少ない。搭載できる火砲も、より強力なものにできる。


「私たちの意見は単純にして明快です。ここまで述べてきた通り、日本が数の勝負で米英と戦うことはできない。しかしながら、質では戦うことができます!これは、過去に行われてきた海戦が、如実に示している事実であります!」


日清、日露、そして先の世界大戦。日本が経験してきた海戦は、常に数で劣る状況での戦いだった。それを覆したのは、質の高い軍艦と、戦術である。


「それに、巨大な戦艦を建造することは、それだけで大きな抑止力を発揮することになります。戦略的、いえ、むしろ政治的意味が強い戦艦だからこそ、これからの日本のために必要となるのです!」


言い切った薩摩は、自信と余裕に満ち溢れた笑みで、こちらを見ていた。


「以上から、私は空前絶後の四六サンチ砲を搭載し、パナマックスに縛られた米英の戦艦を圧倒しうる抑止力としての巨大戦艦建造を支持します!」




新造戦艦の概要が決定されたのは、会議から二か月後のことであった。


最終的に採用されたのは、平山を中心とした「低速重火力戦艦試案」であった。理由は明確で、「軍令部からの要求をより満たしていた」からだ。六万五千トンの大型戦艦建造という、軍令部の既定路線に沿っていたのは、どう見ても平山の案だ。


また、薩摩が指摘したレーダー―――電波探信儀の研究開発も正式に認められ、新技研に専門の部門と予算が用意されることとなった。統括するのは、艦本第三部である。電気部門として、電探の開発を主導していくのだ。


―――航空主兵は、いまだ大艦巨砲を駆逐するには至っていない、ということか。


軍令部内の廊下を、いくらかの資料を抱えながら歩いていた貝塚は、そんなことを思っていた。


その点については、貝塚も自覚しているつもりだ。確かに航空機の発展には目覚ましいものがあるが、残念ながら現状では、戦艦にとって代わるほどの力はない。まして日本は、国産機を作るだけでも一苦労という状況だ。日本の航空機技術は、欧米から二歩も三歩も遅れている。


「・・・まずは、今ある枠で、結果を残すしかないか」


軍縮条約下最後の海軍軍備補充計画となったマル二計画内では、新型航空母艦の建造が承認され、すでに建造が始まっている。「友鶴事件」の反省から改設計が行われたこの空母は、日本で初めての、「最初から空母として設計された」中型空母となる予定だ。


それに、田崎も言っていた通り、新型戦艦と同じマル三計画内でも空母が建造される。こちらは、条約の縛りを受けることなく、日本空母の完成形とでも言うべき大型空母となるはずだ。


「そうそう、結果を残してもらわないと、ね」


背後から突然かけられた言葉に、肩が跳ねる。人の気配に気づかないとは、いささか思考の海に沈み過ぎていたか。


振り向いたそこには、ここ数か月で見慣れてしまった顔がある。


幼さが見える顔立ちに、三つ編みにした黒髪が顔の両側から流れている。眼鏡の奥で光る大きな瞳は栗色をしていた。第二種軍装を着ていなければ、どこにでもいる女学生と間違えてしまいそうだ。


貝塚よりも頭一つ小さいながら、薩摩は相変わらずの強い眼光で、こちらを見つめていた。


慌てて一礼しようとする貝塚を押しとどめ、薩摩が口を開く。


「声をかけるのが遅くなってしまったね。本当は、もう少し早く、この話をしたかったんだけど。何分、平山さんはそのあたり、非常に厳格な人でね。一応、君たちは競争相手であったわけだから」


建造計画を巡って競っていたことを指しているのだろう。今はそれも終わり、こうして話しかけてきたというわけか。


それにしても、薩摩の話とは一体なんだろうか。


「単刀直入に言うね。例の新型揚装弾機、あの開発を進めてくれないかな?」


「・・・はあ」


薩摩の言っていることが理解できず、貝塚は気の抜けた返答をするしかなかった。


例の新型揚装弾機というのが、「高速量産戦艦試案」と共に提出したものであることはわかる。しかしながらその開発計画は、貝塚たちの試案が通らなかった時点で予算の目処が立たず、基礎研究の段階でお蔵入りとなってしまった。最早日の目を見ることはないと、貝塚は考えていた。


それを、今更どうしろというのか。


「少佐の提案は、実に興味深いものだった。砲力の不足は、単位時間あたりの弾数で補う。理にかなっていると、私は思うよ」


真剣な眼差しで、薩摩は語る。口調こそ砕けているが、その迫力は会議の時と変わらない。


・・・というか、近い。栗色の瞳が、下から貝塚を覗き込む。その距離、わずかに十センチもないと、貝塚は目測していた。


「もちろん、この開発には予算が落ちないから、有志での研究という形になる。それでも、やってもらいたい。私も、できうる限り、支援はするから」


「・・・それは、なぜですか?」


「条約失効を見越して、“金剛こんごう”型の改装が行われていることは、知ってるね。できれば少佐の新型揚装弾機を、その改装計画に組み込みたい。三六サンチ砲の威力不足を、少佐たちの発想で埋めたいんだ」


・・・まさか、この人は。あの会議で、資料を見た時、すでにこのことを考えていたのだろうか。


“金剛”型は、日本海軍初の超弩級艦として知られる。しかしながら、艦齢が二十年超と古く、大規模な近代化改修を必要とした。


その第一陣となった“榛名はるな”はすでに改装を終えているが、“霧島きりしま”、及び練習艦に改装された“金剛”、“比叡ひえい”はこれからだ。


特に、軍縮条約によって練習艦になっている“金剛”と“比叡”の改装は、条約が完全に失効する昭和十一年(一九三六年)以降を予定している。薩摩の狙いは、この二隻だろう。


「今の日本には、無駄にできるものなんてないからね。人も、艦も、技術も、発想も。全て、無駄にはできないから」


真剣そのものの彼女の目には、正直、負けた。


―――勝てないはずだ。見えているものの大きさが違う。


「・・・わかりました。お引き受けいたします」


「本当に?ありがとう、少佐」


それはそれは嬉しそうに笑った薩摩に、こちらの頬まで緩んでしまいそうになった。


「必要な人材や物品があったら、いつでも言ってね。こう見えて、色んなところに顔は効くから」


それだけ言い残して、薩摩は踵を返し、スタスタと歩いて行ってしまう。その背中を見送った貝塚は、気持ちも新たに、思考を巡らせ始める。


無駄にできないのは、時間も同じだ。薩摩は“金剛”と“比叡”を改装対象として目指しているようだが、やるなら早い方がいい。


必ず、“霧島”の改装に間に合わせて見せる。そのための時間は、十分とは言えないが、それでもやらなければなるまい。


“金剛”型を、航空主兵主義が求める、最高の戦艦にして見せる。すでに貝塚の頭では、必要な人材と検証材料、無数とも思える計算式と線図が踊っていた。




昭和十一年、ついに軍縮条約が失効し、日本は無条約時代に突入した。そんな中、二隻の軍艦が、ほとんど同時期に、ドック入りを果たす。


米英からの抗議がある中、“金剛”と“比叡”、二隻の練習戦艦の改装作業が始まった。ロンドン海軍軍縮条約によって第一次改装を受けていなかった両艦は、“榛名”と“霧島”が二回に分けていた改装を、同時に行うことになる。


それから、さらに一年。日本海軍の期待を一身に受ける、新時代の巨大戦艦が、呉海軍工廠にて起工された。

今回のお話は、何と言いますか・・・ある漫画に影響を受けています


(作者はその漫画嫌いなんですけどね・・・)

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