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異物少女  作者: 改革開花
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 真っ白な部屋に佇む真っ黒な男――戸張双夜と、一介の男子高校生に過ぎない初ヶ原断の間に会話が為されたのは、双夜が断に名刺を渡してから数分も後の事だった。その数分は断からすると脳が正常な活動へと戻るまでに掛かった時間である。白一色の部屋に異物――それも白色の正反対とでも言うべき黒色――が入り込んだ事により、停滞していた断の脳は、思考は、やっとの事で平常へと戻るきっかけを掴んだのだ。

 故に、名刺が渡されてからの数分間は決して無駄では無く、それはこれからの会話の為にも必要な時間であった――では双夜はどうか。

 双夜はただ、じっと待っていた。針の様に姿勢を但し、影の様にそこに佇み、闇の様に断を見ていた。その様子を文面だけで見るなら、断の回復を待っていた親切な絵図らと捉える事は出来るだろうが、しかし、その姿には人間染みた親切心など欠片も無かったと断言出来る。

 何せ彼は断を見ていなかった。視界にこそ、瞳にこそ映り込んでいたのだろうが、その目には初ヶ原断という一人の人間を見ている意識は、一片たりとも存在していなかった。


「戸張双夜さん。あなたはこの状況――俺が置かれているこの状況の説明をしてくれると、そう考えてもいいんでしょうか」


 そう言って断は口火を切った。

 正直頭にはまだもやが掛かった感じだし、相手も怪し過ぎるのだが、これ以上人を人と思わぬ視線に耐えられなかった。


「えぇ、えぇ。良いですとも。私はそう、あなたに説明をしに来たのですから」


 断の言葉に返事をしながらも、やはり双夜は断の事を見ていなかった。断は意図的に双夜の視線を意識から外し、双夜の真っ黒な足先に視線を落としながら会話を続ける。


「では聞かせて下さい。俺は何で、この部屋に居るのか。あなたは何なのか」

「私が誰かは名刺でお渡しした通りですよ。『人次会人事部長』。それ以上でもそれ以下でも、ましてやそれ未満でもありません。そしてこの部屋について言うなら、この部屋はあなたを監禁する為の部屋です」


 双夜の言葉に、断はやっと回り始めた筈の自分の頭を疑った。それも当然で、双夜が天気を答える位の気軽さで言ったその言葉には、断に対する不穏な気配が滲み出ている。

 監禁する為の部屋。双夜は確かにそう言った。その言葉の真意が分からない。断は天地天明――この際無宗教である事は置いておいて――に誓って、自分が監禁される様な理由について思い当たる節が無い。目の前に居る戸張双夜とは初対面だし、自分を監禁した所で何らかの得を見出せるとは思えない。親に身代金を要求しても精々がちょっと良い位の車が買える程度しか出て来ないだろう。悲しいかな、初ヶ原家は一般階級の平々凡々な過程なのである。

 だからこそ、自分の現状が触り程度にでも分かった筈なのに、断は余計に混乱した。自分に価値を見出す目の前の男が分からなかったし、自分がこれからどうなるのかも分からない。分かるのは、目の前の男はまだ質疑応答に応じる気があり、その目は相も変わらず石ころでも見る様な目をしているという事だけだ。


「監禁、監禁って言いましたか」

「えぇ、えぇ。監禁です。あなたの自由を限定し、あなたの存在を外界から隔離し、あなたの行動をこの部屋に留める。そう言った類の行いであると、理解してもらえたら」

「それは……分かります。監禁ってそういう意味ですから。でも、監禁をする意味が――」

「分からない、と。えぇ、えぇ。そうでしょう。あなたは目覚めたらこの部屋に居た。その前後関係から考えれば、あなたには訳も分からないでしょう。大丈夫、あなたの質問には答えますよ」


 それは自発的な、能動的な説明責任を果たさないと明言している様な物だったが、それよりも断が引っ掛かったのは別の言葉だった。

 前後関係。双夜はそう言った。

 前後の「後」。これは今、監禁されている現在を表すに違いない。では「前」は何か。断は今更ながらにこの部屋で覚醒する前の記憶を思い出す。


 いつも通りの放課後――いつも通りじゃ無かった放課後。失敗を後悔する帰り道。後悔していたら曲がり角で曲がり忘れて、工場跡地に着いた。廃工場が赤く染まっている光景に感動して、それから――。


「それから、真っ白な女の子を見つけた」

「えぇ、えぇ。そうです。あなたは見つけました。『白色』を」


 白色――それがあの少女を指しているとすぐに分かった。少女はそう言われても仕方が無い程に真っ白だった。爪の先から血潮に至るまで、全てが白色かと思える程に白かった。

ただ、断はこの時、双夜は飽くまで断に分かりやすい様に代名詞代わりにそう言ったのかと考えた。そのお気楽な考えが間違いであるとすぐさま思い知る事になる。


「あなたは『白色』を穢しました。穢してしまいました。それはこの世の何にも勝る冒涜であり、この世の何にも勝る下劣な行いです。唾棄すべき、吐き気を催す、最低の行為です。えぇ、えぇ。許される筈がありません。ただし――許されなくとも、許せなくとも、『白色』の親となったあなたを殺す事は出来ないのです」


 今までの会話の中で、否、この部屋に入って初めて感じた双夜の人間らしい生の感情だった。

源泉は愛情、行き先は嫉妬、そして執着は憎悪。

目まぐるしい感情の奔流は理性の檻で抑え込まれ、それでも抑えきれなかった物が外へ漏れ出た。断が触れた双夜の感情は、そうした物である。飽くまで一部、双夜が感情の全てを吐き出した訳では無い。

だが、双夜の感情の幾許かを断は理解した――理解、させられた。

戸張双夜はあの、どこまでも白かった少女を愛している。その愛がどう言った類の愛かは分からないが、しかし愛の深さは本物だ。だが、本物にも関わらず、双夜は一貫して少女を『白色』と呼ぶ。それが意味するのは何なのか。


「さっきから『白色』『白色』って言ってますけど……それはあの()の渾名か何かですか?」


 聞くべきでないと、理性の片隅で警鐘が鳴っていた。しかし、情報が断絶されるこの空間での滞在は、断に保身よりも認識を求めさせていた。知識欲や探求欲とは無縁な、情報が途絶える事への焦燥感、恐怖に駆られての行動。

断の行動は正解とは言えない。それを理解して尚、真綿で首を絞められる様な感覚に比べれば、幾らかマシだと考えていた。

そんな自己中心での愚行は、然るべき報いを受ける。余りに甘過ぎる行いに、厳しい現実が突き付けられる。


「えぇ、えぇ。確かに『白色』の名は渾名の様な物です。彼女の『正式名称』は『HM505‐2X』。次世代型救世主の正式モデルですよ」


 真っ黒な男の口から似つかわしく無い赤色が覗いて、純白な部屋に言葉らしき音が響いた。



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