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異物少女  作者: 改革開花
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 一昔前までは病院と言えば白色と言うイメージがあり、今でもそのイメージは脈々と受け継がれている感はあるが、しかし、白色である事が必ずしも良いとは限らないのをご存知だろうか。

色彩心理学という言葉、学問がある。これは色が人に与える心理効果を研究する学問で、例えば赤は情熱だとか、青は沈静だとかそう言った具合の効果の話である。では白色はどんな効果かと言うと、主に清潔、純潔などのクリーンなイメージだそうだ。なるほど、病院が不潔、不衛生であってならないだろうから、そう考えると白色の起用は正解に思えるが、無論プラスの意味合いがあるならマイナスの意味合いも存在する。

 例えば赤が情熱の反面危険を表す様に、青が沈静の裏返しとして気分を落ち込ませる様に、白色には空虚感を抱かせる効果がある。故に、患者の回復を促す病院で完全な白色だけ、というのは不味いらしい。とは言え、完全な白色なんて作ろうにも作れる筈も無く、何か物を置きさえすればそれだけで部屋は他の色で染まる訳なのだから、そこまで病院関係者が気張る必要は無い。


 ただ、初ヶ原断が現在置かれている状態については話が別で、ここが病院であっても無くても、是非とも施設管理者にはこの部屋に他の色を与えるべきだと進言すべきだろう。それ程までに、断が目覚めた部屋は白色だけだった。

 あの少女とは比べ物にならない、無機質な白色だった。




 白色一色のこの部屋に時計など勿論無く、時間経過は断の体内時計に委ねられるのだが、断の体内時計が言うには彼此三十分は経過しているだろうとの事だった。――真っ白な部屋で目覚めた時、断は浮遊感を味わった。前後不覚と表すべき痴態で、這う這うの体で床を認識し、ここが白色以外に何も無い空間である事を理解し、横たわっていた身体を起こしてから一時間。

 その一時間が正しいかどうかはこの際関係無いが、しかし断の精神が限界に達しつつあるのは確かだった。何も無い、それこそ空虚感を植え付けられるだけのこの空間。もしかして世界が無くなって、自分だけになったのかも――そんな馬鹿げた妄想を一笑に付す事も出来ない程には、断の精神も追い詰められていた。

 一時間の間にしっかり見分した所、部屋は一辺四、五メートル程の立方体で大した大きさでは無い。そして壁に背を預けて座り込む断の姿以外、他に何一つ無い。椅子も机もベッドも――驚くべきは扉までも無い。影も何故か壁に映り込まず、正しく白一色の空間だ。


「……」


 見分を始めた最初こそ独り言を言う余裕も有った断だったが、今やその余裕も何処へやら、溜息を吐く気概すら失われていた。自分が何を呟いても白色に吸い込まれる。それは断から思考を着々と奪い去って――断の感覚からすると吸い尽くして――いた。

 今、自分がどこを見ているのかも分からなくなる。上下左右、どこへ向けても白なのだ。天地も何もかも、感覚という感覚が麻痺しているのがひしひしと分かる。

 そんな折――部屋の中心の床が上に迫り出て、円筒型の近未来的なエレベーターみたいな代物から人が現れた。断は焦点の合っていない目で目の前の光景を見ながら、頭の隅っこで何となしに思う――床に出入り口があったのか。道理で扉が無い筈だ、と。


「ふむ、随分と待たされましたね」


 そう言って現れたのは真っ黒なスーツに身を包み、真っ黒なネクタイを締め、真っ黒な靴を履きこなし、真っ黒な手袋で指先まで覆った、すらっと伸びた体躯を地面から真っ直ぐ伸ばす、影みたいな男だった。

 

「初ヶ原断さん。あなたに話があって来たのですよ。えぇ、えぇ、話も話、お話です。さて、まずは自己紹介でしょう。私はあなたの事を既に知っていますが、あなたは私の事など知らないでしょうから」


 そう言うと、影みたいな男は音も無い歩みで断に近づき、懐から一枚の紙片を取り出した。断はそれを突然の来訪者を未だ認識しきれていない、この一時間でかなりポンコツになった頭のままで受け取る。


 『人次会人事部長 戸張(とばり)双夜(そうや)


 男が渡した名刺にはそれだけが書いていた。


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