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異物少女  作者: 改革開花
2/5

 下校の時刻を迎え、生徒各々が家への帰路に着く中、初ヶ原(ういがはら)(だん)の姿もそこにあった。ただ、その表情は明るく無く、時折どこか遠くへ視線を向けては物憂い気な溜息を吐いている。


「はぁ……どうしてこんな事になったんだか」


 断の憂慮の発端はつい先程、担任の在り難いお言葉、基ホームルームが終わり、さぁ放課後となった瞬間に発生した。断が帰りの用意をいそいそと行い、全ての教材を詰め込んで少々重たくなった鞄を手に持って視線を上げると、そこにはクラスメイトの女子の姿――確か山咲(やまさき)花憐(かれん)という名前だったか――があった。


「初ヶ原君、今から帰り? 何か予定とかある?」


 気持ち上擦った声で花憐は断に訊ねる。断は然して交流の無いクラスメイトからの突然の質問に多少面喰らいつつ、しかし淡々と、取る人に依れば事務的とすら言える返事で答えた。


「いや別に。今から帰ってテレビ見て、晩御飯食べて風呂入って寝るだけだよ」


 幾らか省いている行程こそあれど、しかし断の語ったこれからの予定は、断の日常を日々支えるステレオタイプな予定だ。そこに嘘偽りは無く、有り体に言って断は暇人だった。

 そんな一言で済む答えを冗長と述べる、彼の迂遠な返答に、花憐は安堵の息を吐いた。そしてきっと目に力を入れると、彼女は意を決して言葉を放つ。


「う、初ヶ原君に特に予定が無いなら、少し一緒に屋上まで来て貰っても良いかな!?」


 彼女の言葉に込めんとした勇気は、必要以上の声量となって教室に響いた。帰りの喧騒に塗れていた教室にしばしの静寂が降り立ち、その後にわっと湧き起こる。大半は野次馬精神満々の囃したてであり、その渦中に居る断としては随分と居心地が悪い。


「あー、ヨテイヲオモイダシチャッタナー。と言う訳で、山咲。その話明日で良いかな?」


 故に、断は見え透いた嘘で山咲の勇気を蔑にし、問題を先送りにして現状の解決――解消を優先した。それは余りに男らしく無く、周囲の観客からも呆れと失望を交えた視線が向けられる。

 だが、そんな視線などよりも、

 

「う、うん。ごめんね、引き止めて」


 目の前の少女が瞳に浮かべる涙の方が堪えた。

 堪えたから、断は逃げる様に――事実逃げる為に、教室から早足で出たのだった。




 

「何が正解だったのか、なんて分からないけど。俺の選んだ選択が不正解だったってのは分かるぜ」


 そんな風に言って自嘲しながら、断は家への道程を歩く。間違っていると分かっている物の、しかし今更とんぼ返りして教室に戻る勇気がある訳も無い。そもそも、それが出来ているなら、出来る勇気があるなら、端からこんな事にはなっていないのだ。

 周囲の視線も花憐の涙も。確かに堪えたし辛い物だったけれど、それに真っ向から立ち向かえる程の勇気が初ヶ原断には無かった。

 一体、こんな自分の何処が良いのか。半ば確信の域にある花憐の要件を想いつつ、断は心底真面目に思い悩む。


「あれ?」


 そうして思い悩んでいたからだろうか。気付くと曲がるべき場所で曲がり損ねた様で、廃れに廃れた、若いカップルやアウトローな連中が屯うと専ら評判な工場跡地に着いていた。工場跡地とは言え別に更地と言う訳では無く、取り壊しも行われていないここにはかつての日々をそのままに、役目を終えた工場が眠りに就いている。日は随分と傾き、夕焼けに燃える廃工場は陰影が強く見え、どうにも哀愁を思わせた。今日の失敗が帳消しになる訳ではないが、ここまで歩いてしまった分くらいは帳消しになりそうな光景だ。

 

「……帰るか」


 しばし廃工場を眺め、十分に堪能した後に、断は来た方向へと足を向けた。家に帰る為には曲がり角までしばらく戻らなくてはならない。門限に厳しい家では無いが、不必要に遅くなる必要も無いだろう――そんな事を考えて一歩目を踏み出そうとして、断の足はコンクリートの地面に縫い付けられたかの様に止まった。

 その理由は断の視線の先にある。視線の先――手入れを怠り、雑草生い茂る工場敷地の一角に、何やら白い物体があった。白い物体は丸まっており、ビニール袋でも発泡スチロールでも無い事は一目で分かる。と言うより、その正体については元より一目で分かっていた。ただ、信じられなかっただけだ。この平和な日本で、果たしてこんな事が起こり得るのか、と。

 恐ろしさに、足が竦む。自分の目を信じるなら今すぐに白い物体まで近付き、確認しなくてはならない。それが善良なる一般市民としての義務であろうし、倫理的に正しい行いだ。

ただ、それとこれとは話が別だ。話が別と言うか、別問題だ。

 未知との遭遇、恐怖との邂逅は人を躊躇わせる。それは理性とは別の領域、本能が訴えかける感覚だ。如何に知識を手にし、科学を手にしたとて人もまた生物。生き残る為に怪しい物を恐れる感覚は、健全な本能として存在する。


「なんて、言ってられるかよ」


 その本能を抑えつけられるのもまた、人である。断は意を決して――それこそ花憐が振り絞った勇気と負けずとも劣らないと思える程に勇気を振り絞って、白い物体に近付いていく。一歩、また一歩と近付くに連れ全体が明らかになる。

 そして眼下に白い物体を捉え、断は確信した。


「女の子、だな」


 工場跡地の草むらにゴミでも放るみたいに乱雑に捨て置かれたその正体は、一糸纏わぬ純白の少女だった。


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