第1話
私、美咲は29歳で死んだ。
交通事故だった。
通勤途中の交差点。
突然の死に、私自身わけがわからない。
だって、うちには愛するダーリンの俊二が、
いつものように仕事をしていたもの。
売れないフリーのライターだったけど、私はそんな彼が大好きだった。
病院に運ばれた私に、追いすがって号泣するあなた。
私は、とてもおいてなんか行けないもの。これは直談判するしかないわね。
神様に・・・。
そして半年後、
私はペットショップにいたわ。チワワに生まれかわった。
以前のマンションの近所のペットショップで、俊二が通るのを待っていた。
あなたは動物が好きな優しい人だから、きっと私にきずくとね。
そりゃ、必死よ。私、可愛いものだから、すぐ買い手がつきそうで。
抱っこされると、う〜と唸って、思い切り吠えまくってさ。
苦労したわよ。
(俊二、早く来て!私、売れちゃうよ・・・)
この梅雨空のように、泣きたい気分だったけど
ある日、ようやくチャンスが来たの。
俊二が、店の前を通った。
(俊二、俊二〜、私はココよ)
必死で吠えまくったわ。シッポもちぎれそうになるくらい振った。
あなた、昔から鈍かったから・・死ぬかと思うくらい吠えたわよ。
そしたら、あなたようやく気付いた。中に入ってきたくれた。
『可愛いね〜、こんにちわ。』
頭をなでてくれた。あなたの匂いが懐かしい。
ベロベロ必死で、手を舐めまくって、アピールしたの。
(俊二、俊二、あなたの美咲よ)って。
『お前、可愛いな。家に来るか?』
はあ〜、その言葉を聞いて、私倒れ込んだわ。安心した・・。
久々に、うちに帰ると 意外なほどに片づいていた。
元々几帳面な人だったから、その点は心配なしね。
棚の上に小さな仏壇と、私の写真があった。大事にしてくれてるのね。
嬉しかった。まだ、新しい彼女はいないみたい。
『さあ、今日から、ここがお前のお家。』
部屋の隅に、ハウスを作ってくれた。私としては、もっとあなたの側に
いられる方がいいんだけど・・・まあ言っても仕方ないか。
ああ、犬でいるのがもどかしい。
久々に見る俊二は、少しやつれている。
ちゃんと、ご飯食べてるのかしら?と、私はフードを食べながらも
油断なく、観察していた。
俊二は、以前より忙しく仕事はしているように見える。
私が亡くなって、保険金は入ってきたはずだが
フリーの身だから、彼は蓄えとして無駄使いはしないだろう。
私は美容師で働いていたから、今のマンションの家賃を払えたけど
これからどうするのだろうと思う。
もしかしたら、引っ越すのか??
二人の思い出のマンションだけど。
そう思っていたら、女が部屋に来た。
(誰??)
私は、尿意ももよおしていたのに我慢して、息をこらした。
女は30代前半、どこかで見た顔?緩やかなカールが揺れた。
(ああ、直子だ)
直子は、俊二の雑誌社時代の同期だ。今は新しい雑誌の編集者に選ばれ
めきめき頭角を現してると、俊二が話していた。赤い縁の眼鏡をかけ、
いかにも利発な女。改めてみると、こんなに女ぽっかったか?
『ねえ、買ってきたの。一緒に食べる?』
直子は、テイクアウトの焼きそばを広げ、コンビニのおにぎりを
テーブルの上にのせた。
『いつも、ありがとう』
私が亡くなった後、どうやら直子は、俊二への仕事の量をふやすべく、
力を貸してくれてると見た。
(・・・どうなんだろう?俊二はどう思ってるのか???)
『あら?チワワを飼ったの?』 私に気がつく直子
『ああ、あんまり可愛いので。』
『まあ、可愛いのね。名前、なんて言うの?』
『・・まだ決めてなかった。今さっき連れてきたから。』
『そう・・メスみたいね。』
『え、そうだっけ?』
私は、直子に腹を触られたので、一気におシッコをふっかけてやった。
『あら、やだ〜、おしっこされたちゃった!!』
直子はそう言いながらも、華やぎ、嬉しそうに、勝手知ったる家のように
洗面所で、手を洗ったのだ。
(ムム・・)
しかし、俊二は素知らぬ顔で、焼きそばを食べていた。
(直子の一方通行か???)
どうにも気がもめるが・・・
直子は、ランチを食べると、ひとしきり仕事の話をして
そのまま帰っていった。
(まだ、二人は単に仕事の関係しかないようだ・・。)
それからの日々は、私は犬として暮らすのだが、俊二のそばを
片時も離れまいと必死だった。元々取材に行く以外は、家で仕事するにも
関わらず、私はつぶさに観察していたかったのだ。
俊二を託す女性は誰がいいか?
私の中では、譲れない条件が3つばかりある。
もちろん、俊二を心から愛する事
次に、フリーで不安定な収入である俊二を理解し、物心ともに支える事
その次は、やはり私の一周忌までは、再婚は待って欲しい
と切に願うのだ。
散歩にも出歩くようになり、犬になって見える風景の面白さ。
ああ、こんな所に公園が・・とか、季節の移り変わり、風の匂い
光のきらめきを感じて、嬉々と走る。
『ミッキー♪ミッキー♪こっちを向いて!』
そう、私の名前は、私の美咲という名前からとってつけられたのだ。
ちょっと、気分よかった。私をまだ思ってくれるというのが嬉しかった。
この所、俊二は私の写真を撮影しては、自らのブログに掲載する。
私との思い出とか、日々の雑事を記して、なかなか好評だと
直子が、この前話していた。このまま行くと書籍化の話もでるか?聞くと
私は尚もがんばり、ポーズをとるようにしてるのだ。
書籍化されれば、俊二の収入が増えるもの。
『ミッキー、こんにちわ』
(ケッ!まだ来た。)
週2回ほど、直子は家に来る。そんなの電話やメールで済むのに?と
思うが・・いつもランチをともに食べる。
私から見ると、明らかに直子は、俊二に好意をもっていると
見られるのに、肝心の本人も気持ちはどうにも見えなかった。




