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ジャンル決めに迷いましたが、これはラノベの一種だと思っています。ちょっとどきっとする日常を描いてみようと思いました。

 数学の時間、人指し指のマニキュアが少し欠けていることに気がついた。明るいオレンジに、指先だけ銀ラメの入ったものを重ね塗りした、まさにその部分が、三分の一くらい剥がれてしまっている。さっきの休み時間に髪のセットをし直したとき、ヘアピンで引っ掻いたのかもしれない。

 そうなるともう、いてもたってもいられなくなって、私はポーチの中から銀ラメマニキュアを取り出した。

 ふと顔を上げると、斜め前の席で親友のリサが、枝毛のカットをしているのが見えた。カラーリングのしすぎでパサついた髪じゃ、さぞかし手入れのしがいがあることだろう。そのまた隣の席ではイヤホンをつけた子が気分よさそうに左足でリズムをとっている。右隣の男子は夢の世界へとお散歩中だ。

 教壇からはコンピューターがしゃべっているみたいな、起伏のない声が絶えず流れてきていた。私は視力が悪いので、数学教師の顔はもちろん、黒板に何が書いてあるのかさえ見えやしない。それで困ったことなんか一度もないし、これから先だってきっとない。

 マニキュアの蓋を開けて、私はブラシの先を凝視した。てろてろとした光沢の雫を容器の口に擦りつけて量を調整しながら、もし視力がもっと悪くなって指先まで見えなくなったら、もうマニキュアを塗ることができなくなっちゃうなぁと思った。

 やっぱり目は大切にしよう。そう決意して、私は白紙のノートの上で丁寧に爪を塗り直した。



 私たちのクラスは国際コースと呼ばれている。普通クラスよりも英語の授業、それもリスニングの時間がはるかに多い。リスニングなんて受験にはほとんど関係しないし、覚えることもあんまりないんで楽だから、二年に上がる前の進路希望の行き着く先として、自然と落ち零れが集まってくる。先生たちもとうに匙を投げていて、成績が悪かろうと素行が悪かろうと、こと細かな注意なんてしやしない。

 だから学校生活はすこぶる快適だ。何しろ周りは鏡を見てるみたいに、私と似たような奴ばっかりなのだから。そこからはずれないことだけ考えていたら、後はなんにも必要じゃない。この一か月余りで、ここでの過ごし方はちゃんと心得ている。

 マニキュアを塗り終わって、私は爪にふうっと息を吹きかけた。うん、イレギュラーにしては上出来。手をひらひらさせてから、器用にマニキュアの蓋を締める。

 そしてそれをポーチにしまおうとした、まさにそのときだった。修復したばかりの銀ラメの指先がするりと滑った。

 容器がかたん、と音をたてて床に転がる。

(ありゃりゃ)

 拾おうと思って椅子を引いたら、別の方向からさっと手が伸びてきた。私よりも早くそ

の手がマニキュアの容器を拾いあげる。

 そして何も言わず私の机にそれを置いた。

 つられて私は顔を上げた。左隣の席にいる男子生徒の野暮ったい眼鏡のレンズが、窓から降り注ぐ日の光を浴びて鈍く光った。

 私はムカついてマニキュアを掴み、これ見よがしにハンドタオルで拭ってから、それを乱暴にポーチにしまった。



 休み時間になってすぐ、斜め前のリサが身体を捻って私の方を向いた。

「見ーたーよー。あのキモオタにマニキュアの瓶拾われてたじゃん。超キモ」

「大丈夫だよ。ちゃんとタオルで拭いたし。それにしても余計なお世話ってんだよね。落ちたモンくらい自分で拾えるっちゅうの」

 私は左隣の存在なんて眼中にないといったふうに、平然と言ってのけた。「だよねー」とリサがけたたましく笑いながらちらっと視線を送る。

 けれどすぐにこっちに向き直った。

「それよりさ、今日ウチにユミが遊びにくんの。ヨーコも一緒にどお? なんかこの間までストリートやってる人んとこに転がりこんでたんだけど、別れちゃったみたいでさ、今転々としてんだって」

「ふーん、けっこう続いてんだね。もうそれ、プチ家出じゃなくてただの家出じゃん」

 ユミは私の親友パート2で、先月半ばくらいまではちゃんと学校にも来ていた。廊下側の一番後ろが彼女の席だ。背が低くて髪は白っぽい金色で、笑うと片方にだけえくぼができる。私とはマニキュアつながりの友人だ。ここのところずっと顔を見ていないから、会ってみたい気がする。

「わかった。行く」

 リサの誘いに頷いたところで、とぼけたチャイムの音が教室に響き渡った。



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