緊急事態発生!?
朝、真琴は鏡の前で唖然としていた。先日、未来にいいように扱われてクタクタとなった真琴は未来が帰った後、シャワーに入れられてそのままベッドで寝てしまった。変身も解かず、女の子のままで寝てしまった真琴が目覚めると、すでに朝になっていたのだった。
ボーっとしていた真琴はいつもどおりに鏡の前へ行き、歯磨きをしようとする。その時、鏡に映った自分の姿を見てしまった。一瞬、何故知らない人間が映っているのだろうと疑問を持ったが、すぐに自分が変身した姿だという確信に変わる。
「昨日はそのまま寝ちまったのかよ……ハァ」
ため息をついたが、変身を解除すればすぐに男性の姿に戻れるのは今までで証明済みだ。真琴はすぐに男性の姿に戻るよう願った。……だが、反応はなかった。
寝ぼけているからだろうか? そう思った真琴は頬を叩いて気合を入れ直し、もう一度男性に戻れるように願った。……が、結果は同じだった。うんともすんとも言わないのだ。
「おかしいな……戻れっ! 戻れぇ! 戻って下さいお願いします!!」
声に出してみても、手を合わせて拝んでみても結果は変わらず。ここで始めて真琴は焦り始める。元の姿に戻れないとなると、学校には行けない。さらに、未来のおもちゃにされる。そして、真琴の男の子としてのアイデンティティが完全に崩壊してしまう。
始めて能力を授かった時、真琴は何度も元の姿に戻れることを確認していた。それで今まではなんとなく、リスクとしては未来がいるくらいの認識しかなかった。だが、元に戻れないということはこの姿のままでこれから生活を強いられることを意味する。女子の間に入ってキャッキャウフフしている姿を想像した真琴は恥ずかしさのあまり赤面してしまった。
「ダメだ! それだけは避けな……い……と?」
鏡に映る少女。自分でありながら自分でない。スタイルはよく、胸の大きさも丁度いいサイズを持っている。艶と張りがある長い髪がさらさらとなびいている。顔つきも整っている。無意識に、真琴は自分の顔をそっと手で触り始めた。そして、とびきりかわいい笑顔を作り上げて声を出した。
「え……えへへ~、今日はお寝坊しちゃった。私のおバカさん……ってバカァー!! 何をやってるんだ俺は!」
触っていた手に拳を作って自分の顔を殴る真琴。女の子になっているからだろう。それほど力もなく、ペシッという擬音が似合うほど威力はなかった。
自我を保つため、真琴は心で考えていることを声に出して確認することにした。
「ダメだダメだ! 俺は男の子だぞ! 目の前で可愛い顔してるのは俺じゃなくて、いや、俺なんだけど違くてさ! つまり俺は女の子じゃないんだ! あああっ! どうすればいいんだ。このまま学校には行けねぇー!」
鏡に映る自分に対して変な感情を持ってしまうことから、真琴は歯磨きをすぐに終わらせて自分の部屋にこもることにした。
自分の部屋に入って鍵をかけ、誰も入れないことを確認する真琴。それから、ベッドに座り込んで頭を抱えた。
今の姿は女の子。パジャマは花柄のプリントがついた可愛いらしいものとなっている。脱いだせいで能力の影響下から外れたためか、制服はセーラー服ではなく、男性のものになっている。
「どうする? 学校には行けないが、このままジッとしてても何もならないし。あのおっさんがいればなぁ……」
常に助言をしてくれるボロボロのコートを着た男性が、いつも以上に頼りたくなってくる真琴だったが、家の中にいるだけでは彼に会えないということは、真琴自身も承知の上だった。
数十分悩んだ後、意を決して真琴は外にでることを決める。着ていく服は学生服だった。真琴は、これならば男性に戻ったとしても、女の子のままでもどちらにも対応できるからと考えた。学生服に着替えるのだが、ここでも試練が待ち受けていた。パジャマのボタンを外して、上半身裸になろうとする真琴だったが、思わず手を止めてしまった。
……女の子の裸を見ることになるんだが、俺はどうやってセーラー服を着ればいいんだろう。下着すら身に着けていないことが発覚し、真琴はそのまま硬直してしまう。だが、この試練を突破しなければ真琴は着替えることはおろか、外にでることさえできない。
真琴は着替える服をベッドに乗せて、右から左へと並べた。そして、何度もベッドにある服を見て、頭に叩き込む。
「よし。覚えたぞ」
深呼吸して、真琴は目を閉じた。それからすばやく、真琴はパジャマを脱いでシャツを身につける。シャツは真琴の体に触れた瞬間、ブラジャーとなり、真琴の胸部に密着する。
次にブラウスを手にとって上半身に羽織る。それから、スカートに変化したズボンを下半身に装着させた。そこまでできた真琴はゆっくりと目を開け、自分の着ている服を確認した。狙い通りに服を着用できていることに安心し、残りはゆっくりと時間をかけて着ていった。
ようやく完成した、自分のセーラー服姿。
いつもの二倍以上の時間と労力を使い、真琴は疲れてベッドに腰掛けてしまった。
ため息をついてうなだれ、疲労を癒す。十分後、ようやく行く気になった真琴はベッドから立ち上がって家を出た。