隠されていた死体
時間は夜。光を照らす物は外灯くらいしかない。空には大きな月が太陽の光を受けて暗闇の中で自己を主張している。
普段ならば誰も近寄ることのない廃ビルに、一人の男が来ていた。男はビルの場所を改めて確認し、送られてきた画像と目の前の景色が同じであることを確かめる。
「よし、ここで合ってるな」
男は独り言を呟いて中へと入っていった。光を遮断してしまう内部では、見えにくく歩きにくい。男はスマホを取り出してライトを点灯させた。
光によって内装が映しだされる。誰も使っていないビルの中は廃れた物で散らかっていた。期限切れの飲み物や古い日付の新聞。
男はそれらを汚らしく軽蔑するような視線を送って奥へ進んでいく。男を呼んだ主は話し合いの場所をビルの地下に決めていた。
「ここか……」
男は地下への入り口を発見し、階段を降りていった。
階段を降りる度に温度が下がっていくのを男は理解する。次第にうすら寒くなっていく体温。階段を降りきってたどり着いた地下室で、光に対して後ろ向きになっている人間が一人いた。
顔を見られたくないのだろうか? 男は素性を知られたくない意思を見せている人間に不信感を募らせる。
男に後ろを向いている人間はその姿勢のまま話しかけた。
「この地下室に入った瞬間、光は消す。それがこの部屋の掟だろう?」
「……ああ。そうだったな……和島」
ちなみに、男はこの地下室へ始めて入る。しかし、男は昔からのしきたりだということを疑問に思わずにライトを消した。再び真っ黒になった地下室で、男に話しかけた人間はようやく男と向き合って話を始めた。
「オレの呼び出しに応えてくれたこと、まずはその礼を言おう。ありがとう」
「で、何が目的だ? 和島の呼び出しということは何か大きな事があるんだろう?」
「ああ。オレの手駒だった相田の両親が両方とも使い物にならなくなった。そこで君にはオレの計画を進めるための力になってほしい」
暗闇に目も慣れてきた頃合いで、男は和島の顔もぼんやりとだが見え始めていた。顔つきは大体高校生くらいだろうか。まだ大人じゃない、フレッシュさがある顔に見えた。
「具体的な作戦は?」
「特に用意していない。時間稼ぎをして欲しいだけさ。さすがにこの都市一帯にオレの能力を適用させるのは時間がかかるからな」
「時間……ね」
「君の能力を活かせる素材はそこに用意してある。相田奏の父の遺体だ」
「相田奏……?」
和島の指差した方向を見ながら見知らぬ人間の名前を口にした男。男の視線の先には額に穴の空いている男性の死体が転がっていた。和島が遺体の管理をしていたのだろうか。男性の死体は時間が経っているにも関わらず、朽ちていなかった。
男は男性の死体へと近づいて、処理を進める。手をかざして、何かを念じる。すると、男性の死体は空気が抜けたように次第に萎んでいくではないか。
最終的に、男性の死体は萎んだ風船のごとくしわくちゃになってしまった。
「とりあえず、これで管理しなくても腐らないだろう。しかし、相田奏というのは誰だ?」
「そこの死体の子どもさ。オレが頼みたいのはこいつらと戦って気を逸らしてほしいということだ」
その瞬間に、男のスマホに画像が送られる。男はスマホを取り出して写真を見た。写っているのは男の子が一人と数人の女の子が楽しく談笑している姿だった。自分がすべきことを理解し、ターゲットも確認した男はスマホをしまいこんで、再び和島と向かい合った。
「分かったよ。その作戦に乗ってやる。だが……」
男は身をひるがえして階段を登ろうとする。和島は男を呼び止める。
「どうした? 相田父は使わないのか?」
「ソイツは保険だよ。自分がピンチになった時に使う必殺の切り札ってところだ」
それで和島との会話を終わらせて、男はビルから出て行った。
男の作戦、まずは『素材』が必要だった。あいにく、男は高校に侵入出来るほど若くなく、その方法も『まだ』持ち合わせていない。
とりあえず、どっちでもいい。『素材』を見つけねーとな。
迷っていた男の前に、幸運が訪れる。
奥でビルへと侵入しようとしている女の子がいたのだ。彼女の着ているセーラー服は、地下室で先ほど見たターゲットたちの制服と同じだ。男は自分の運の良さを嘲笑しながら、ポケットから白い筒を取り出した。
女の子はまだ男に気づいてないようで、そろりとゆっくり目で歩いている。音を出さないように歩いているのだろうか。
男が筒を開けると、そこから一枚の大きなスーツが出てきた。人間大の大きさを持っているそのスーツを男が着こむ。すると、男はたちまちそのスーツに適応した。スーツは警察官の風貌を思わせ、すでに男の面影はない。完全に他人の『警察官』になってしまっていた。
男は力強い足取りで近寄り、女の子に話しかけた。
「おい君、何をやっているんだ」
「ひゃあ!?」
呼び止められたことで女の子は体を震わせて恐る恐る後ろに立っている男を見つめる。警察官を見た女の子の顔はすでに汗を垂らして焦りを表現していた。口をパクパクさせながら必死に言い訳をし始める女の子。
「あ! いえ! 何でもないんです! えっと、その……今変な人が中に入って、それで連絡しようとしたんです!!」
「ほう……なるほどね」
だが、男にとって女の子の言い訳などどうでもいいことであった。
男は許すフリをして女の子の安心を勝ち取る。ビルへの侵入がバレていないと勘違いしている女の子は安堵の笑顔を向けていた。
「良かったぁー。それじゃ、私はこの辺で失礼してもいいでしょうか?」
「ああ。いいとも。だがその前に……」
……君の『意思』は失礼させていただこう。
男は懐から液体が入っている飲み物を取り出して、女の子に手渡した。女の子は首を傾げながら液体を眺めている。
「これはお礼ということで。今飲んでくれないか」
「今、ですか?」
普段ならば明らかに異常だと分かる。しかし、女の子はここで拒否すれば警察官に疑われてしまうのではないかという不安があったため、警察官の言う通りにするしかなかったのだ。
女の子はキャップを開けて中の液体を飲み干した。味はそれほどでもないが、別にマズイというわけではない。
「ありがとうございました。美味しかったです……よ?」
刹那、女の子は自分の意識が消えていくような感覚を覚えた。液体の入っていたボトルを無意識に地面に落として、足をふらつかせる。目眩と共に、女の子は地面に倒れて気絶した。
それからすぐに、女の子は先程の男性と同じく体を萎ませ始める。萎みきった体を片手で掴み、男はニヤリとした。
「『素材』ゲットっと……。これで高校へ侵入出来そうだな」




