愛と憎の狭間
気絶していた諌見と死んでしまった女性は病院へと連れて行かれた。残った真琴、明日香、奏、未来は次の日に事情聴取を受けることになってしまった。しかし、加害者にしようにも女性が殺した動機も証拠もないため、彼らは被害者として警察から無関係を宣言されたのだった。
警察署を出て、真琴は三人に提案をする。
「なあ……諌見のお見舞いに行かないか?」
そこまで言って、真琴はハッとして奏の方を見た。奏の表情はまだ沈んでおり、俯いている。彼女に無理はさせられないと思った真琴は、奏に優しく問いかけた。
「奏は無理するな……。まだ心の整理がつかないだろうし、辛いだろう?」
「……バカ。私が諌見ちゃんを救ったんだよ。お見舞いに行かなくてどうするのよ」
健気に笑いかけた奏だったが、その表情は誰から見ても無理をしていると分かる。奏の意思に任せるつもりだった真琴は彼女の胸が痛くなる表情を見て無理矢理にでも止めようとしたかった。しかし、奏の意思を否定することもできないため、真琴はそれ以上何も言えなかった。
彼女を見舞うために、果物と花を買ってから病院へ向かう。受付に面会の意思を伝えて、諌見の病室を確認して歩く。諌見がいる病室を開けて、真琴たちは彼女を探した。
「あ……」
一番奥に諌見はいた。水色の病衣を身にまとった諌見はベッドに横になりながら真琴たちに手を振った。病衣を着ているだけで、元気がなさそうに見えてしまうのは目の錯覚だろうか。とにかく、諌見に声を掛けるのは自分の役目だと思った真琴は奥にいる諌見に挨拶を交わした。
「元気みたいだな、諌見」
真琴は一番先に諌見の元へ向かい、それから二人が彼女の元へと歩む。大勢の人のお見舞いに慣れていないのか、諌見は少しだけ困ったような嬉しいような複雑な表情を見せて苦笑いしていた。
「諌見ちゃん、具合はどう?」
奏は自分が抱えている悲しみを抑えて、諌見に話しかけた。
「うん。もう大丈夫かな。まだ動けないけど……。あの……奏先輩」
「ん? どうしたの?」
モジモジとして、何かを言いあぐねている諌見。奏はジッと彼女の言葉を待ち続ける。決心したのか、諌見はつばを喉の奥へ追いやってから、奏を見つめた。
「私、一度奏先輩に憑依して操ってたよね? あれ、奏のお母さんの命令でやったことなんだ」
「そっか。そうだったんだね」
「きっと奏先輩を救うために、奏先輩だけには生きていてほしいって思ったから何じゃないかって……私は思う」
「……かもね。ねえ、喉乾かない? ちょっとジュース買ってくるよ。みんな何がいい?」
諌見の話題を唐突に終わらせて、奏は自ら買い物へ行く意思を見せた。それぞれの注文を聞きながら、奏はスマホにメモをしていく。真琴はそんな彼女を気になってしまった。
「じゃあ俺も行くよ。一人じゃ持ちきれないだろ?」
「うん……お願い」
奏は真琴の申し出に思わず口元を緩ませてしまった。
真琴と奏は二人で自動販売機がある場所まで歩いて行った。二人きりになった真琴と奏。奏はそこで始めて自分の思いを口にした。
「真琴くんは前に私のお母さんに会ってたんだね」
「ごめん。俺、お前のお母さんだとは思わなくて……」
しかし、真琴はそこでやっと理解した。最初に会った時に奏の母が見せていた、自分に向けた熱っぽい視線の意味に。元気のない彼女に、真琴もフォローを入れる。
「なあ奏。いい人……って言うには罪を重ねすぎているけど、奏のお母さんは確実に奏を愛してたと思う。最初に会った時も、奏を心配してたから」
またか。
奏の心の中でそんな言葉がささやかれる。
「ねえ真琴くん。みんなは私を元気づけるために『お母さんは私を愛してたよ』って言ってくれる。それはそれで嬉しいの。でもね、私の心と記憶がどうしてもお母さんを憎んでしまう……。いくら好きになろうとしても、嫌な記憶が邪魔をして――」
奏は真琴に抱きついた。そして、彼の胸の中ですすり泣いた。
「どうすればいいの? お母さんを好きになりたいよ……」
真琴は黙って彼女を抱きしめ、頭を撫でた。
「だったら、その気持ちのままでいいんじゃないか?」
「……え?」
「お母さんが憎いって思ってる気持ちは本当なんだろ? 今はその気持ちの方が強いなら、強いままでいい。いつか、その気持ちが風化して愛されてたって嬉しさの方が勝る日がくる……なんてな。両親が健在で愛されてる俺が言っても説得力がないか」
「…………本当だよ、真琴くん。『あなたに私の気持ちが分かってたまるもんですか』」
「う……やっぱり?」
文句を言った奏だったが、真琴の胸の中でうずめるのを止めた時の彼女の表情は、憑き物が取れたような朗らかな表情になっていた。
「なーんてね? ありがとう真琴くん。私、今はお母さんを許せない。だけど、いつか……私が大人になる時までに好きになってみせるよ」
対立していた時の言葉を言われて少し焦った真琴だったが、彼女の様子から冗談だと分かる。元気になった奏を、真琴は祝福し、嫌われてなかった自分に安堵した。
「良かったー、また嫌われたかと思ったぜ」
「いつまでも優柔不断だと嫌いになっちゃうかもねー」
「え゛!?」
吹っ切れた奏は笑顔になって真琴の背中を叩く。バシーンと強く叩かれた真琴は変な声を上げてしまった。
「ほら、早くジュース買おうよ。みんな待たせたら怒るよ?」
奏の表情から、割り切ったことを確信した真琴は背中の痛みに耐えながら、彼女と一緒にジュースを買うのだった。奏以外のジュースを買った真琴は奏が自分のジュースを選ぶのを待つが、そんな態度をおくびにも出さない。
「あれ? どうしたんだ奏?」
奏は財布を確認してから、片目を閉じて舌を出した。
「……私のはいいや。今、持ち合わせがなくて……」
「しょうがない。今日は俺が奢ってやる。好きなもの買えよ」
「いいの?」
「たまにはカッコイイところも見せておかなきゃな」
「……ありがと」
真琴から手渡されたお金を受け取って、ジュースを選ぶ奏。自販機から出てきたジュースを、奏は大事そうに持った。まるで、初めて恋人から貰ったプレゼントみたいに。真琴は彼女の様子を大げさだと感じながら、同時に嬉しく思うのであった。




