真琴の疑念
真琴が選んだ場所は人気のない路地裏だった。普通ならば女の子二人で来ていい場所ではないが、真琴は誰にも聞かれたくない話をするためにここの場所をセッティングしたのだった。
閑散とし、悪意が見え隠れするこの路地裏に、さすがの未来も笑顔が引きつっていた。
「あのー、ここで何をするのかなぁー? あ、もしかしてやってはいけない行為をしちゃうんですか!? しちゃうんですねぇ!? も……妄想したら鼻血が!」
「残念だけど、そんな生易しいものじゃない」
声の雰囲気を感じて、未来は鼻血を止めながら違和感を覚える。真琴は真剣になって、未来を路地裏へと追い込む。出口はすでに真琴が立っていて、未来は逃げることはできない。
「未来……そろそろ終わりにしようじゃねーか」
「何を終わりにするのさ?」
「君の能力を欲しがっている人間がいるんだ。だからさ、猿真似は止めようぜ」
「ほえ? 何を言いたいのか分かりませんなー」
「しらばっくれるのもいい加減にしろよ。学校祭の会議の途中で、お前は生徒会長を呼び出し、戦いを挑んだ。そして、生徒会長を半殺しにして見失ったせいで能力は俺に引き継がれたんだ」
「ふーん、素敵な妄想だね。私を真似たの?」
「狙ってるんだろ? この能力を……」
「……狙っているとしたら?」
「はっきりさせようぜ。どっちが強いか」
「……面白い。この私に勝てるとでも思ってるの?」
未来はカバンを捨てて、真琴に対してファイティングポーズをとる。
未来は本気だ。俺を倒そうとしている。真琴も本気になって、昨日使ったおもちゃの銃を取り出した。真琴が念じると、おもちゃの銃は本物の自動小銃へと変わる。
「クククッ。いいじゃない。そんな力もあるんだ。じゃあ、私から仕掛けてあげる! ハアアア!」
「――!?」
勝負は一瞬にして決まった。真琴は銃の引き金を引くことなくグリップで未来の頭をコツンと軽く殴った。
頭上にクリーンヒットした未来は頭に星を浮かべて軽い脳震盪を起こしている。それから涙目になって真琴に怒り始めた。
「いったーい! 何するのよ! 本気で殴らなくてもいいじゃん!」
「いや、何か自分が許せなかった。それだけ」
「せっかくだからって乗ってあげたのにその仕打ちは酷くない?」
この一連の会話から、未来は何もしらないただの存在自体が十八禁の女の子だということが確定した。真琴は見当違いの人物を監視していたことに落胆し、ため息をついて地面に崩れ落ちた。
「俺の苦労は一体何だったんだよ……ハァ……」
「真琴ちゃんも苦労してるんだねー。凄い凄い。可哀想だからナデナデしてあげる」
慰めのつもりなのか、未来は真琴の頭を撫で始める。しかし、真琴にとっては挑発の何者でもない。
めげていてもしょうがないと思った真琴は未来のナデナデを振り払い、立ち上がった。
「くそー、未来じゃなかったら一体誰が能力を持ってるんだよ……」
「能力って何? 君ももう高校二年生なんだからさ、中学二年生じゃないんだよ」
「俺は至って本気だ!」
若気の至りだと勘違いしている未来に真琴がツッコミを入れる。く、未来と会話していたらいつの間にか彼女のペースに飲み込まれてしまう。今日の所はこれでおしまいにしないと……。
「……ったく、未来、路地裏を出るぞ」
「あ、今のキャラクターショーで満足したんだ。こういうのも新鮮だし、また付き合ってもいいよ」
真琴が路地裏から出ようと歩き出した瞬間、突然目の前に棍棒が現れた。反射神経で即座に回避した真琴は、敵の正体をいち早く理解して、未来を守るように彼女を抱き寄せた。
敵の正体は、昨日真琴の前に現れた白き人型だった。遠目で見てても高いと感じていた身長は、目の前で目撃した今日で確信に変わる。真琴が首を真上まで動かさないと白き人型の全長を拝むことができない。
未来はそんな非日常の存在に笑っていた。気が触れておかしくなったわけではない。先ほどのキャラクターショーの続きだと勘違いしているのだ。
「アハハ。変な形してるねー。これって中に人が入ってるの?」
「中の人などいないに決まってるだろうが!」
「あ、そういうお約束だもんね。メンゴメンゴ!」
「逃げるぞ!」
白き人型は棍棒を真琴に向かって振り下ろす。真琴は未来を抱えながら地面へと寝転び、攻撃をかわした。棍棒は地面にめり込み、凹みを作り上げていた。
その技術に、未来は感心をしている。
「ほえー、最近のSFXは凄いんだねぇー。これって何かの収録なの?」
「んな訳ないだろ。本物だよ!」
「CGには頼らないってことか。うんうん、古き良き時代……ロングロングアゴーだね」
「まだ勘違いしてんのか……」
「いやいや、だってあれが本物とか冗談もほどほどにしてよ。いくらなんでも『どこにでもいる普通の』女子高生の私でも騙せるものと騙せないものがあるって」
「だったら、俺が女体化してるのはどーゆー理由なんだよ!」
「まあ、それはそれ。これはこれってことで」
白き人型はゆっくりと棍棒を持ち上げて再び狙いを真琴に定める。真琴も反撃をしようとしたが、肝心の拳銃が白き人型の後ろに転がっているため、反撃できない。ここは逃げるしかない。
真琴は未来を立たせて、路地裏の出口へと走りだした。
だが、真琴は出口のあと少しというところで何かにぶつかった。見えない壁に遮られ、出口には透明な何かが張り巡らされている。
未来は少し呆れながら、見えない壁へ向かった。
「パントマイムの真似? 今のはちょっとオーバー過ぎて面白くないよ……ってあれ?」
未来もぶつかり、これがパントマイムの真似事でないことを理解する。拳を作って叩けば衝撃も音も吸収され、残るのは拳の痛みだけだった。
「これで本当だって分かったか?」
「む……むう。後で説明してもらうからね。その能力含めて」
「……分かった」
だが、この状況をどう打破するかが真琴の課題だった。頼みの綱である拳銃は白き人型の後ろにある。こんな時に昨日みたいにコートの男性が来てくれればと願った真琴だったが、今日は彼は来なかった。
真琴は武器になるような物を探し出す。自分の能力は転換だと言っていた。ならば、何かを転換すれば戦えるのではないか。必死に自分を弄った結果、発見できたのは一つのスマホだった。
これを転換した場合、どうなるのだろうか。一つ一つの部品に変わるのだろうか。それとも、まったく別の姿に……。
とりあえず、拳銃を取る時間さえ作れればいい。そう考えた真琴は後先考えずにスマホを手に持って力を込めた。すると、スマホは形を変えてまったく別の物体になった。真琴の手に重力が加わる。真琴が持っていたのは何重にもページがある辞書のようなものだった。
「スマホが辞書になった……? ええい、結果オーライだ。行けぇー!」
真琴は重たい辞書を両手で持ち、白き人型へとぶん投げた。辞書は加速していき、白き人型の胴体へとぶつかる。衝撃によって、白き人型は後ろへと倒れこんだ。
真琴はこのチャンスを生かし、即座に白き人型の後ろへと回り込み拳銃を手に取った。
のそのそと立ち上がる白き人型に向けて、照準を合わせる真琴。迷いなく、真琴は拳銃の引き金を引いた。弾丸は白き人型に被弾し、昨日と同じく白きモヤを出しながら消えていった。