奏自身の戦い
諌見はすでに目の色を変えて暴走してしまっていた。そんな彼女を救おうと、奏は必死に呼びかける。
しかし、彼女の耳に届いても心を打つまではいかなかった。
諌見は近くにあった花壇に目を付けた。花壇を形造っている茶色のレンガを睨みつけると、レンガは宙に浮いて奏へと向かってくる。
奏は男の子に変身して、自らの身体能力を上げた。そうすることによって、迫ってきたレンガにも対応できるようになる。レンガは奏が回避したことで壁に激突した。壁はビクともせず、レンガは二つに割れて地面に落ちていった。
「諌見ちゃん……正気に戻って! 確かに人質に盗られてる人が心配なのは分かるけど、このままじゃダメだよ!」
「はーい未来ちゃん空気を読まないでとうちゃくー……って何じゃこりゃー!!」
奏の連絡を受けて真っ先にやってきた未来は花壇のレンガがたくさん空に浮かんでいる光景を見て唖然としてしまった。
あんなのに当たったら死ぬ……。さすがに悟った未来は奏の後ろに引っ付いた。
「が、頑張れー奏ちゃん。君の変身能力で諌見ちゃんの息の根を止めようー」
「残念だけど、私の能力じゃ相性が悪いのよ。作っても憑依されてあっちのものになっちゃうから」
「え? じゃあどうやって戦うの?」
「……助ける。あの子、人質を取られてるみたいなの。私も真琴くんに助けられたから、同じように彼女も助けたい」
奏の真剣な口調に、未来も協力することを決意する。そして早速、諌見を観察した。女の子なのにも関わらず男の子のような口調。作戦の立て方が小学生とは思えない狡猾さ。そして、憑依の能力……。
全てが揃い、未来は一瞬にして考えをまとめた。その考えを奏に発表する。
「能力者は少なからず『自分の体』ではどうしようもない悩みがあるよね。真琴ちゃんを除いて……」
「うん」
「だから、諌見ちゃんにも『自分の体』じゃ何もできない悩みがあると思う。私が思うに、あの子には男の子が憑依しているわ。それも、私たちと同じ年齢かそれ以上の……」
「そっか。でも人質にとられてるのって……」
「ごめん。そこまでは分からない。でも、親しい人ってのは間違いないよね? 正義の味方でもなきゃ、赤の他人を人質にとられて苦しむ人なんていないから。あと、憑依の能力は自分の意識を別のものに浸透させること。自分の体を捨ててまで、あの子に入る理由が何かあるってことだね」
さすがは未来だ。変態な性癖も、たまには役に立つのだと、奏は感心してしまった。
何かを話している二人にイライラし、諌見は沸騰しそうな頭の血管を必死に抑えていた。しかし、爆発してしまった。
「何ゴチャゴチャ言ってんだよ! 特に後ろに隠れてるやつ……。お前から殺してやる!」
「ひえぇ、ご、ご勘弁を!」
「ふざけてる場合じゃないでしょ未来! アンタも私が守るから!」
振ってくるレンガの大軍。未来を守るため、奏は彼女を抱きしめながら地面を蹴った。間一髪でレンガに当たらずに済み、奏は再び地面を踏みしめた。
諌見を説得しようにも、まだ情報が足りない。もう一つ、何かが欲しい……。
「おらおら! レンガはまだあるんだぞ!!」
レンガはまだまだ追撃の手を緩めない。波状的に振ってくるレンガを必死に回避する奏だったが、未来を守りながらだと限界があった。とうとうバランスを崩してしまう奏を、レンガが襲う。奏は、ぎりぎりのタイミングで抱きしめていた未来を押し出して手放した。
未来は地面にしりもちをつきながら、奏がやられるところを目撃する。
「奏ちゃん!」
軌道修正ができなかったレンガは奏にぶつかり、奏は衝撃で飛ばされて地面に体を叩きつけてしまった。守ってくれるものがいなくなってしまった未来の前に、複数のレンガが未来を見下すかのように宙に浮いている。
「ハ……ハハ。こりゃ終わったかもね」
「死ねぇー!」
諌見の掛け声と共に、レンガは未来を襲った。……しかしその瞬間、レンガはボロボロに砕け散り、粉々になって地面へと降り注いでしまった。
その原因を作ったのは間一髪で駆け付けた明日香だった。彼女は鞭を振り回してレンガを切断、分解したのだった。
「間に合って良かった。大丈夫だったみら姉?」
「地獄に仏とはこのことだよー。ありがとう明日香ちゃん」
「……ん? そっか……」
明日香は諌見を見てからずっと、心に引っ掛かる何かが気になっていた。どこかで見たことのあるようなないような。そんな気持ちが明日香に芽生えてからやっと、ある記憶を呼び覚ます。
明日香は諌見を知っていた。正確に言えば、明日香の体に入っている『悠太』の精神が、だが。
「思い出した……いさみーだ! でもどうしてここにいるの?」
「どういうこと? 明日香ちゃん」
「僕と同じクラスメートなんだ。でも、病気でお休みしてたんだ。それから、最近の話だけど転校したって先生が……」
「……なるほど、ね」
レンガを体に受けて、尚も立ち上がる奏。額にはレンガに打たれた影響で血が流れ出ている。未来はそんな奏を心配していた。
「ちょっと大丈夫? すごく血が出てるよ」
「このくらい平気。でも、やっと分かったわ。『彼』が諌見ちゃんに憑依している原因が……」
「チッ! 雑魚がゾロゾロと……。うっとおしい!」
「もう、止めにしようよ諌見ちゃん……いえ、諌見ちゃんに憑依している人」
「んだと?」
立っているだけでもよろよろとしている奏を支えようと明日香は手を伸ばそうとするが、奏は腕を伸ばして彼女の手助けを止めさせる。そして、あくまでも優しい口調で奏は彼女、いや彼に話しかけた。
「あなたはそれほどまでに諌見ちゃんが大好きなんだね。憑依しなきゃいけないほどの理由……それは、もう諌見ちゃんが死んでいるってことだよね?」
「……ふ、ふざけるな! 俺は、いや私は諌見よ!」
「ねえ、あなたが憑依してまで守りたい諌見ちゃんをこんな戦いに参加させてもいいの?」
「お母さんが人質に取られてるんだ! もう……戦うしかないんだよ……!!」
「救う方法はいくらでもあるわ。例えば、私があなたに憑依されたフリをして人質を取り戻すとかさ。だから、もう戦うのは止めよう?」
「う……うるさい!」
レンガの一つが奏を襲う。奏はまったく抵抗していなかった。むしろ、レンガを受け入れているような雰囲気さえ感じられる。
「かな姉!」
「未来、お願い」
「……分かったわ」
明日香はすぐに助けようとしたが、奏の名を受けた未来が明日香の体を羽交い絞めにする。明日香は未来の行動に納得がいかず、必死に抵抗し始める。
「ダメだよみら姉! かな姉が死んじゃうよ!!」
「それも覚悟の上、なんだろうね多分。冗談を言える雰囲気じゃないけど、ホントにバカな奏だよね」
レンガは奏の頭に直撃し、奏は後ろへと仰け反る。しかし、すぐに前へと体制を立て直して諌見をジッと見つめた。その目には強い意志が感じられた。彼女を救いたいという強い意志が。
奏の真っ直ぐな眼差しにうろたえる諌見。先ほどまでの怒りの感情はなく、むしろ奏に対する恐れの感情が現れ始めた。
「な……なんで避けない!? どうして手助けを否定した!」
「せ……誠意よ。くっ……私は本気だってこと……ハァ……あなたに……教えたいの……。それに……戦ったら……あなたが大事にしてるその子を……傷つけることになるから……」
「そ……そんな!! お前はそこまで考えて……」
頭がボーっとしてきた。目もかすれてきたし、そろそろ私も限界かもね。
さすがに立っていられなくなった奏は地面に膝をついてしまう。しかし、視線はしっかりと諌見を見ていた。
その瞳に心を打たれた諌見は、ようやく自分の中の弱さを認めてガクッと崩れ落ちてしまった。
「……俺は妹の諌見を救えなかったんだ。あいつは悩んでた。その徴候はいくらでもあったのに、俺はそれに気づけなかった! 気づいたのは……あいつが死んでから。俺は後悔した! その時、奇跡が起きたんだ。憑依能力という奇跡が……」
「そっか……あなた、お兄さんだったのね」
諌見が心の内を話し、それに耳を傾けていた明日香は何とも不思議な仲間意識を持ち始めた。自分の中の感情を整理するべく、彼女は未来に話しかけた。
「みら姉、何か似てるね」
「誰と?」
「僕とあす姉みたいだ……」
「俺はもう誰も失いたくない! 母さんだって同じだ。家族の中で、誰一人死んでほしくないんだよ!」
「だから……協力しようよ。私たちで、黒幕を倒そう?」
奏は最後の力を振り絞って諌見に近づく。すでに奏の真摯な態度によって固まっていた心を溶かされた諌見は涙しながら奏を待つ。そして、奏は諌見を抱きしめた。優しく、しかし力強く。
諌見は嗚咽を混じらせながら奏に助けを求めた。
「……頼む、助けてくれ。諌見を……諌見の命を」
「大丈夫。こっちには私含めて四人もいるんだから。何とかなるよ」
「……うん」
めでたしめでたしってところかな?
二人の感動的な場面で、さすがの未来もボケる気にはなれない。彼女は諌見の泣いている姿を見て心から祝福した。
良かったね諌見ちゃん。なーに、人質の一人や二人、奏ちゃんと真琴ちゃんで救ってくれるよ。絶対にね。




