未来ちゃん大ピンチ!
昼食は一人で食べる。これが、未来の常識だった。決してクラスで浮いているわけでも、裏の顔が知れ渡って誰にも触れられなくなったわけでもない。未来は親に作ってもらったお弁当に舌鼓を打つのが楽しみだった。それを邪魔する者は誰であろうと容赦しない。
四時間目も終わって昼休みになると、早速未来は昼食を取るために机に弁当を広げた。誰一人として未来を誘わないのは彼女の食べ方を知っているためだ。
今日は何かなー?
目を輝かせて弁当箱のフタを開けた未来。その中に入っていたのは、おにぎりや卵焼き、春巻き等の惣菜だった。そのほとんどが冷凍食品だろうが未来には関係ない。親が作ってくれただけで満足なのだ。
未来は手を合わせて、食べる前の掛け声を言おうとした。
「いただきま――」
「未来」
「――って誰かな? 私の昼食の邪魔をするのは……」
自分を呼んだ覇気のない声に、未来は思わず不機嫌になる。確かにクラスメートには全員、昼食は邪魔しないようにって言ったはずなんだけどなぁ……。声のした方向には、奏が立っていた。
奏は未来と目が合うとニヤリと笑った。口元だけ笑い、目は笑っていない怪しげな笑みに奏は似合わない。未来は普段と様子の違う奏に思わず首をかしげた。
未来は弁当をそのままにして奏の元に向かう。そんなに長くなる用事ではないだろう。いつも通りの作り笑顔をして、未来は奏に話しかけた。
「奏ちゃん。珍しいねー、私を訪ねてくるなんて」
「ねぇ、私と来てくれないかな? 後悔はさせないよ」
「え……!?」
も、もしかして、それって危ないことをするのかな!? 性的な意味で! あーんなことやこーんなことを遂に奏ちゃんと……!?
ツッコミ役不在の状況で、未来を止められるのは今自分が置かれている状況だけだった。今まで積み上げてきたものを無駄にするわけにもいかない未来は、必死に己を自制させる。それでも少し本性が出てしまう。
「私と奏ちゃんがいいコトをするってことなのかな……? 期待してもいいってことなのかな……!?」
「……うん。そうだよ」
「え? あ、あれー?」
今度は興奮の前に疑念が出てきた。このタイミングだと、奏はツッコミを入れるはずなのに今日の彼女はおかしい。未来の脳内に一つの結論に達した。
ま、まさか、とうとうスルースキルを身につけたってことなの!? それじゃあ、私のボケは全て無駄になるってこと……?
奏に対して、未来はショックを受けた。奏だけは自分のギャグに真剣に対応してくれるものだと、未来は勝手に思っていた。
意気消沈した未来は奏の用事を聞くことにした。
「かなかな……行くのは別にいいけど、どこに行くのかな?」
「大丈夫、私と一緒に来ればいいから」
「……じゃあ、行く」
弁当をまだ食べていないがしょうがない。奏の願いなら少しばかり聞いてもいいだろう。そんな軽い感じで未来は先に歩いている奏に付いて行くことにした。
奏に付いて行くと、次第に人気のない場所へと向かっていく。少し不安になっていく未来。何事もツッコまれないためか、今の未来は逆に冷静な気持ちになっていた。
外にある、第二体育倉庫の近くに辿り着いた奏は扉の前で立ち止まった。体育館にある倉庫とは違い、ここに来ることはめったにない。あるとすれば、運動会などの行事でしか立ち寄らない。未来の知る限り、そんな運動系のイベントは近々行われる予定はない。ならば何故ここに……。
未来の心臓の音が、少しだけ大きくなる。未来は始めて奏と二人きりになって緊張していた。
念の為に、未来はスマホを取り出して明日香を呼んだ。真琴を呼ぼうとしたが、彼のスマホは目の前の人物に壊されてしまっている。学生には高級品のスマホはそうそう買えるものじゃない。真琴は未だに代替できる通信手段を持っていない。
「……でさ、かなかな。ここに来て何をするつもり?」
「準備できたよ、私」
奏がそう言うと、物陰から一人の少女が出てきた。未来はその少女を昨日見ていた。
確か、名前は諌見とか言ったような気がする。その女の子がどうしてここに?
時間が経てば経つほど疑問が増していくこの状況に終止符を打つかのように、諌見は未来を指差した。
「ごめんなさいね、未来先輩。あなたの体も私が使ってあげるわ」
「つ、使う?」
「うん。凄く気持ちが良いんだよ。諌見ちゃんになるのは……」
「……あ、そういうこと。通りでかなかなの様子がおかしいと思ったよ」
この状況を客観的に見て、未来は全てのことが理解できた。何故奏の様子がおかしいのか、何故諌見がここにいるのか。自信たっぷりに、未来は彼女たちを見下すような目つきを向けた。
「奏ちゃんを操って……いいえ、奏ちゃんに憑依してるのはそこのちんちくりんさんね」
「どうしてそう思うの?」
「どうやら憑依だと記憶と感情は読めないらしいわね。奏ちゃんは可愛い愛称は大嫌いなのに、『かなかな』って言っても反応しなかったからね。後は、奏ちゃんのセリフかな。憑依を題材にしたいくつかの官能小説に同じようなセリフがあったわ」
「……この娘、頭がおかしいのか?」
「いやあ、褒められちゃったよ私」
「褒めてないのに勘違いしている……!?」
自分の知らない世界が未来の口から繰り広げられていることに、諌見は思わず目が点になって唖然とした。
誇る知識でもないのに、未来は勝利を確信して諌見に向かってドヤ顔を決めている。
「どうせ私にも憑依して真琴ちゃんを陥れようとしてたんでしょ!? この私に憑依しようだなんて十年早いよ。入れ替わりの時は抵抗しなかったけど、今回のは真琴ちゃんに危害を加えそうだからね……させないよ、そんな真似」
「たかが一般人に何が出来るっていうの!! 私の能力をナメないでくれる!?」
完全にバカにされていると錯覚した諌見は未来を睨みつけて能力を発動させた。その瞬間、未来の体に宿る悪寒と違和感。吐き気がするような不快感が未来を襲う。未来は地面に膝をついて自分の体を抱きしめた。
必死に抵抗している未来の呼吸は荒い。それを見た諌見は勝利を確信した。
何を言われても、どうせ自分と同化するんだから。無茶なことは止めれば良かったのにね。
諌見はある意味で未来に同情した。
「まだ抵抗するの? 諦めちゃいなよ」
「く……すっごく気持ち悪いけど、耐えられないほどじゃあ……ないんだよねぇ……!」
あくまで抵抗を崩さない未来に対して、諌見は次の作戦を実行する。奏を使用したもので、昨日の奏にも行った作戦だった。
奏は独りでに歩き、未来に近づいた。そして奏はしゃがんで未来と同じ目線になって、耳元で怪しく囁き始めた。
「ねえ未来、抵抗しないで受け入れようよー……楽しいよー。他人に身を任せるってのは」
「シチュエーションとしては合格点ね。だけど、所詮憑依したちんちくりんの戯言でしょう? 聞き入れるわけがないんだわな、これが……」
「しぶといやつ……!」
未来はこの状態を綱引きのようなものだと思った。自分の意識を保つために綱を引き、逆に諌見は自分の意識に引き込むために綱を引く。その引き合いが未来の心の中で行われている。
そうとなれば、綱引きをするために必要な物がある。掛け声だ。未来は諌見に負けないため、自分の意識を保つために掛け声を始めた。
「ティーエス! ティーエス! ティーエース!」
「何だその掛け声は!!」
「ティー……ええええええっす!」
「きゃああああ!」
掛け声とともにゆっくりと立ち上がった未来は、遂に諌見の支配から逃れることができた。未来に入り込んでいた意識が突っぱねられた反動を受けて、諌見はしりもちをついて地面に倒れてしまった。
奏が急いで諌見に駆け寄って彼女を立ち上がらせる。
「あり得ない……私の能力がそんなふざけた掛け声と気合で跳ね返されるなんて」
「いやーすっごく清々しい気持ちだよ。ていうか、未来ちゃんの力を甘く見ないでほしいわね!」
作戦? そんなの変更に決まってる。こんな常識破りな人間がいたらたまったもんじゃないわ。
諌見は女性から言われた計画を勝手に変更することを決意した。未来は自分の手にはおえない。もしもの時を想定して、諌見はこの場に未来を呼んでいた。その準備が功を成す。
諌見は合図を送り、奏は第二体育倉庫の鍵を生成した。即座に奏は鍵を解除して、扉を開ける。
音に反応した未来は開け放たれた第二体育倉庫を見て、二人が何をやろうとしているのかを察した。
「まさか、私を閉じ込める気?」
「そのまさかよ。やっちゃって、私」
「分かったよ、私」
諌見が奏に話しかけ、それに奏が反応しているだけの光景。未来にはその光景が凄く気味の悪いやり取りに見えた。一人称を『私』として、会話をしている二人に未来は自分はこの仲間にならなくて良かったという安堵を得た。
奏はふらふらとおぼつかない足取りで未来に近づいてくる。そして、雑草を毟り取って木刀に変化させた。
未来は奏に驚きを隠せなかった。変身前なのにも関わらず、普通に変身の能力を使用しているからだ。
「ど、どうして能力が使えてるのよ」
「私はすでに憑依の能力を使用してるからね。その影響かもしれないわ。まあ、私は能力が使えてとても有りがたいんだけど」
お願い明日香ちゃん。早く来てほしいなあー。
未来は明日香が来てくれることを願いながら、今の状況をどうやって打破すればいいかを模索し始めた。




