生徒会長を探せ
女体化という不可思議な能力を手にした真琴の最初の登校日、彼は朝から生徒会長を探していた。もしかすると、彼から詳しい話を聞けるかもしれないと思ったからの行動だった。それに『勝ち残ってくれ』と言い残したことも、真琴は気がかりになっていた。それはボロボロのコートを着た男性が欲する能力を持つ人物が言っていた白き怪物のことを言っているのだろうか。その辺りの疑問を確実なものとするため、真琴は生徒会長の居場所を聞くことにした。
生徒会長に用がある人間は数多くいるので、居場所を聞くこと自体はそれほど不審がられることもなかった。数回の聞き込みのうち、居場所を特定した真琴は生徒会長のいる教室へと向かった。
生徒会長は教室で何かをメモしている。バインダーに挟まれた用紙に数字を書いている生徒会長に、真琴は恐る恐る話しかけた。邪魔をされたと思って怒る生徒会長を警戒したのだ。
「あの……生徒会長、さん?」
後ろから呼びかけられた生徒会長は後ろを振り向いて真琴を認識する。そして、事務的に抑揚のない声で応えた。
「どうしました? 私に何か用事でも」
おかしい。真琴は思った。昨日会ったのに、それについての反応が何もない。それどころか、生徒会長の自分に対する態度が初対面のような感じを受けたのだ。頭で考えても仕方ない。真琴は昨日の出来事について触れることにした。
「昨日のこと、もっと詳しく知りたいんです。良ければ、俺に教えてくれませんか?」
「昨日……?」
生徒会長は目を泳がせて昨日の出来事を回想する。それも、真琴の心に不安を与えた。俺と生徒会長の間なら、一つしかないじゃないか。それなのに、どうして……。
何かの合点がいったのか、生徒会長は一言つぶやいて、ポケットから一枚の紙を出した。四つに折れ曲がり、ポケットの中にあった影響からか、ところどころクシャクシャになってしまっている。生徒会長はその紙を広げて、真琴に手渡した。
「ああ。あなた、学校祭の実行委員だったんですね。忘れてて申し訳ありません。これが学校祭の開催日時やタイムスケジュール等、詳しく書かれた紙です。ちょっとボロボロになってますが……」
何が何だか分からずに、生徒会長に言われるまま紙を受け取った真琴に対して、苦笑いする生徒会長。生徒会長は小汚い紙を手渡された真琴が混乱していると思ったのだろう。だが、真琴の混乱はそこではない。むしろ、半端な期待のせいで真琴の心はグラグラ揺れていた。用が終わったと勘違いしている生徒会長に、真琴は食い下がる。紙を退けて生徒会長に詰め寄った。
「違います。これじゃないですよ。昨日のことと言ったら、公園で倒れたことでしょう?」
「昨日……公園……? 私が? それは有り得ないよ。だって、私は昨日、学校祭の会議があったからね」
「でも、あれは確かに生徒会長の姿で……」
本来であれば、昨日で抜けている記憶がないか探るのが得策なのかもしれない。しかし、まだ『どこにでもいる普通の』学生である真琴はそこまで頭が回らなかった。一番の悪手を実行してしまった。
真琴は生徒会長の目の前で変身をした。真琴の体が光を帯び、それから女性の体へと変化していく。服装までも女性の物となった真琴を目の前で目撃した生徒会長は、目をパチクリさせて驚きを隠せない。
「……え? それは何だい?」
「この能力を俺に与えたじゃないですか。思い出して下さいよ。ていうか、冗談じゃないですよ」
「は……はは。疲れているのかな。今日は保健室で休んだほうがいいかもしれない」
真琴の必死の訴えを無視し、生徒会長は頭を抱えながら教室を後にする。一人ぽつんと取り残されたのは、女性化した真琴のみ。生徒会長に詳しい話を聞きに来た結果この始末という形に、真琴自身も混乱している。
「じゃあ……昨日会った生徒会長は別人だったってことなのか……?」
「いや、違うな。あれは本物だ」
いつの間に侵入していたのだろうか。真琴が振り返ると、ボロボロのコートを着た男性が立っていたのだ。タバコを手に持ち、無精髭を生やしている。昨日と同じ光景がここにはある。
何故学校という場所に男性のような人物が出入りしているのか。真琴の脳内に疑問が浮上したが、それよりも昨日の出来事を忘却している生徒会長の衝撃の方が強い。逆に真琴の動揺は収まり、男性に話しかける余裕が生まれた。
「本物なんですか? でも、生徒会長は覚えてないって」
「能力を手放した人間は、その能力にまつわる記憶を消去させられる。君も同じだよ。その能力がなくなれば、昨日の記憶は『無くなる』」
男性は真琴を指さす。死の宣告を受けるように、真琴の心に緊張が走った。だが、男性は笑っていた。真琴の反応に対してなのかは定かで無いが。
「だが、君には不要なものだろう? 能力も不要と考えているならな」
「……確かに」
男性の言う通りだ。真琴は思った。別にこの変身している間の記憶が無くなっても困ることはない。むしろプラスに働くじゃないか。記憶が無くなれば、未来を『清楚』だと思っていられるのだから。
男性の言葉によって、真琴は元気を取り戻した。
「ありがとうございます。確かにいりませんね。難しく考えてました」
「それでは頑張ってくれ。では、俺の代わりに能力の奪取を頼んだぞ」
それだけを言うと、男性は普通に教室のドアを開けて出て行った。
やはり、未来が鍵を握っている。未来は学校祭の実行委員であり、生徒会長とも繋がっている。であれば、昨日二人の間に何かあったことは確実だろう。
そう思った真琴は今日から作戦を決行することを決断した。今日の放課後にここへ未来を呼び出し、もう一度告白をするのだ。
真琴は変身を解き、段取りを考えながら教室を後にした。