暴かれた未来の本性
未来はまだ学校に居るはずだ。無意識に思った真琴は先ほど通った道を全力疾走していた。息も切れ切れに、校門前に着いた真琴は膝を抱えて少し休息をとる。
「ハァ……ハァ……よし!」
顔を上げて、再び走りだした真琴。まずは学校の周りを探すことにした。グラウンドでは野球部員とサッカー部員が練習の佳境に入っている。こんな場所に女性が居るわけがない。
真琴はすぐさま別の場所へと向かう。彼女に好意を持っていたのにも関わらず、彼女について何も知らなかった自分に、真琴は思わず苦笑してしまう。
未来は一体どこにいるのだろうか。今日の告白も偶然、見かけたからだった。チャンスは逃してはいけないと思った故の突発的な行動だった。そもそも、真琴は未来とは数回話した程度の仲であり、未来はそんな真琴のことをこれっぽっちも気にかけていないことだろう。
それでも真琴は諦めない。真琴は彼女の妄想を実現できる力があるのだから。
そう言えば……。真琴は別れ際に未来が言っていた言葉を思い出した。確か、学校祭の会議があるからと言っていた。ならば……。すかさず、真琴は校舎の中へと入っていった。
本日は運が良かった。遂に真琴は未来の姿を発見したのだ。彼女は校舎の中で歩いていた。すでにカバンを持っていることから、帰る途中だったのだろう。
激しく息を荒立てる真琴に頭をかしげつつ、さっきと同じような態度で彼に接する。
「あの……どうしたのそんなに急いで」
「力を手に入れたんだ」
「……そ、そう」
自分を見る未来の目からして、信じていないのは明白だった。それどころか、明らかに『中二病』と言わんばかりの眼差しで真琴は見られている。
「これで俺も女性になれるんだ」
「ま、まさか……そんなことが」
口では否定をする未来だが、その目は誤魔化すことができない。明らかに真琴に対して希望を持ち始めている。真琴はそんな未来を裏切らないために、真剣に女性に成ることを願った。
「だから見ててくれ。俺の……変身を!」
「……え、えぇーっ!?」
変身は成功し、真琴は女性の姿へと変わった。姿だけでなく、服装もこの高校のセーラー服をまとい、未来と同じ服になっている。
未来は真琴の変化に驚き、顔を前に突き出して目を丸くしている。そして、目の前に起こった現象を確認するように一言一言を丁寧に言葉にした。
「ほ、本当に……女の子になってるの?」
「ああ……」
「じゃ、じゃあ……確かめさせてもらってもいいん?」
「え!? ……そ、それは」
真琴は首を縦には振れなかった。簡単に承諾できるほど、今の真琴は割り切れてない。未来に振られるのは嫌だし、触られるのも嫌なのだ。それは、女性の体になっても捨て切れないプライドが真琴を締め付けていた。
しかし、未来はそんな真琴などお構いなしだった。未来は目をギラギラさせてゆっくりと真琴に近づいてくる。思わず、真琴は後ずさった。
「いいじゃん。減るもんじゃないよ。それくらいで」
「いやぁ……」
「大丈夫。手荒な真似はしないよ。大丈夫大丈夫……」
まるで自分に言い聞かせているかのような未来の呟き。からの瞬間移動。
目で捉えられない真琴は、突然目の前にいる未来に反応できなかった。
未来は自分の欲望を満たすため、すかさず真琴のスカートの中に手を突っ込んだ。
「あ、ないね」
「ぐへぁ!! な、何をしてんだぁー! てか、これって手荒な真似じゃないの!?」
「私は少々荒っぽいぜ! こっちはどうなってんのかなーっと!」
「そっちも!? ひゃ……ん」
胸をわしづかみにされた真琴は、今感じているこのなんとも言えない快感と共に、未来を『目覚めさせてしまった』という事実に気づいてしまった。禁忌の扉を開け、絶望が押し寄せてくる。そんな地獄絵図が真琴の脳内にぼんやりと浮かんだ。
「うわぁ……ホントに女の子になってるじゃん。こんな力どこで手に入れたのよ」
すでに、真琴が今まで見ていた未来の姿はなかった。ここにいる未来は自分の欲望を満たすためだけの存在になっている。内に秘めていた感情が表に出てしまった。そう、未来は今まで猫をかぶっていたのだった。
こんなはずではなかったはずだ。真琴の夢見ていた幻想はもっと華やかだったはずも、今は幻となって消え去っていく運命。
だが、それでも真琴は未来を信じていた。今日の告白で見せていた清楚で可憐な姿に戻ることを……。
当の本人の未来は狂気の眼差しを真琴に向けて、全力疾走していないにも関わらず息も荒くさせていた。
「凄い……理想の人だよ! よし、付き合おう! いや、付き合って下さいっ!!」
「あの……正直言って、今の未来さんはあまりご遠慮したいなーっと。できれば清楚な姿に戻ってくれればいいんだけど……」
「え? ああ。あれはただの猫かぶりだから気にしないで。こっちの方が本当の私なのよ」
失望。その二文字が真琴の脳内で渦巻いていく。真琴は自分に見る目がないことに絶望した。
遅かれ早かれ、彼女の本性は明らかになっていただろう。それは、自分が能力に目覚めても目覚めなくても変わらない。外見だけに騙され、本質を見抜くことができなかった自分が、ある意味で許せなかった。
先ほどからずっと胸を揉み続けられている真琴は、如何にしてこの状況を打破するかを考える。その時、一人の女生徒が彼に光明を見出した。
「未来ちゃん? そこで何をやってるの?」
未来のクラスメートだろうか。廊下を歩いていた女生徒が未来に話しかけてきた。この場を取り繕うために、未来は真琴から離れて女生徒に表の自分を見せる。
未来の手が離れた瞬間、真琴は即座に彼女から距離をとって、一歩ずつ後ろへ下がっていく。次第に真琴との距離が遠くなっていくのを、前を向いている未来は知る由もない。
「ううん、何もしてないよ。ただお喋りしてただけー」
「そうなんだ。でも未来ちゃん、その人ってこの学校にいたっけ? ん? でも、何か見覚えがあるなあ。男子に似ている人がいた気がする……」
「そうそう。妹ちゃんなんだよ」
妹!? 変な属性を付けないでくれ!
声に出せば不審がられるため、心で叫んだ真琴だった。
「へー、そっかー。通りで似てるわけだね」
そっちも納得するな!
心の中で真琴はツッコミを入れつつも、チャンスだと思った。会話に夢中になっている今なら、逃げ出せるはずだ。
ある程度、未来と距離が離れていることを確認した真琴は、一目散に走り出した。
真琴が後ろにいなくなっても、話を続けている未来。猫を被ることに必死になって、真琴の存在を読み取れないことが敗因だった。
取り留めもない会話の中で、女生徒がふと気づく。この場からいなくなった真琴について、指摘した。
「そういえば、あの妹さんいなくなったんだけど」
「え? あ、本当だね。私、あの子に用があるから、これで」
「うん。また明日ね」
歩きながら手を振りって女生徒に別れを告げる未来。未来は女生徒から見えない位置に移動し、うめき声を出した。
「どぉぉぉこにいったぁぁぁ……。簡単には逃がさんぞぉ……やっと現実になったんだからねぇぇぇ……!」
未来から逃げ出した真琴は、能力を授かったと思われる公園へと来てしまっていた。すでに救急隊員の姿はなく、人通りも普段と変わらない閑散とした場所に戻っている。
真琴は、女性になった自分が着ているセーラー服を眺めながら大きなため息をついた。思うように上手くいかないものだ。本来であれば、真琴の計画からいけば、この能力で『清楚な』未来と付き合えるはずだった。
しかし、現実は違う。全然『清楚』じゃない未来が自分に好意を持ってしまった。これは真琴にとって誤算であり、踏み抜いてしまった地雷でもあった。
この能力さえなければ、自分は今でも未来に好意を持っていたのかもしれない。そう思うと、先ほどまで歓喜していた自分の姿に嫌悪感を現すようになった。
「くっそぉ……こんな能力いらねーよ……」
だが、どうすることもできない。男性に戻ることはできるが、能力を手放すことはできないのだ。
またため息をついて、真琴は男性に戻ろうと心で念じた。その時、真琴の耳元で風を切る音が過った。同時に、真琴の横にあった大木が凄まじい音を立てて崩れ落ちていく。
後ろに倒れたため真琴に実害はなかったが、それよりもこの不可思議な状況に混乱せざるを得なかった。
何が起きているのか。それを把握するために真琴は辺りを見回す。そして、一つの不審な影を発見した。人型だが、人ではない。全身が白く、猫背でも真琴の二倍はあろうことかという身長から、背は相当高いものだと思われる。
白き人型は、片手に棍棒を持っていた。まさか、あの武器で大木を……? 真琴の疑問が晴れていく前に、別の人物が真琴の後ろから声をかけた。
「危なかった。大木に当たって良かったと言っておこう」
「え!?」
急に後ろから声をかけられて驚かない人間はいない。例に及ばず、真琴もそうだった。真琴が後ろを振り返ると、古ぼけたボロボロのコートに身を包んだ男が立っていた。
やつれきった顔と衛生的でない無精ひげが、真琴の推測を中年男性にした。男性は煙草を手に持って、真琴に近づく。
「あの白い化け物がやったんだ。本来ならば無関係を貫きたいところだが、君はここで死ぬには惜しい人財だ。死なせたくはない」
「バケモノ? 死ぬ? 人材? 何を言ってるんですかあなたは」
「その能力を持ってしまった人間は、命の危険に晒される。そう、あの白い化け物から逃げられない」
先ほどまでも、未来によって命の危険に晒されたんだが。真琴は心の中でそうつぶやいた。
それにしても、男性の言っている意味が、真琴には分からなかった。白い化け物もそうだし、何故か達観している男性も、全てが不可思議だった。
だが真琴でも分かることが一つだけある。男性は真琴の持つ能力を知っているような口ぶりをしている。これは自分が女体化できることを示しているはずだ。
だとしたら、先ほどの生徒会長のことも知っているのかもしれない。この能力の手放し方も……。詳しく聞きたいが、状況がそれを許さない。
男の話によれば、白い化け物は自分を狙ってきている。今は白い化け物を何とかしなければならない。普段であれば突拍子もない展開に頭がパンクしてしまうだろうが、今の真琴はすでに女体化という非現実的な出来事を体験しているがため、冷静な判断が出来ていた。
真琴は初めて、横にいる男性に話しかける。
「じゃあ……どうすればいいんですか? あの白い化け物から逃れるためには」
「能力を使えばいいのさ。君の能力は転換―トランス―。つまり、物質を反対の物にさせる。男と女のようにね」
「でも待ってください。その能力でどうやって戦うんですか!」
「それは君自身が考えることだね……と言いたいところだが、今回は俺がヒントを出してやろう」
そう言った男性は銃を真琴に手渡した。手のひらに銃が乗せられて、真琴は違和感を持った。銃にしては軽いのだ。
所詮ネット知識だが、本物の銃はもっと重いものだと真琴は思っていた。
「おもちゃの銃と本物の銃は対を成す存在。つまり、君の能力を使えばおもちゃは本物に変わる」
「それじゃあ!」
真琴は願い、そして手に力を込めた。すると銃は重みを増し、カチャリと金属音がした。
一気に重くなった拳銃を構えて、真琴は白い化け物に照準を合わせる。
「セーラー服に拳銃。中々そそるシチュエーションだが……銃を使ったことは?」
「ない! けど、やらなきゃダメなんでしょう!?」
「フッ、確かに」
真琴は白い化け物を撃つ。ひょろひょろの体の白い化け物に当たるか不安だった真琴だったが、その不安は杞憂に終わった。
真琴の撃った全弾が白い化け物に命中し、被弾したのだ。白い化け物はうめき声を上げながら白い靄となって消えていった。
男性は真琴の勝利に手を合わせて拍手をした。
「素晴らしい腕前だ。さすがと言っておこう」
「い、いや。俺もどうしてこんなあっさりと当たるか分からないんですよ。必死にやっただけなのに……」
「それも君の才能だよ」
「……すいません。聞きたいことが山ほどあるんですけど、いいですか?」
「その回答はノーと言っておく。説明する方も、される方も退屈この上ないからね。後は自分で考えてみるといい。ただ、君の望んでいることは分かっているつもりだ」
「え?」
「取引をしよう。俺は君の能力を手放せる方法を知っている。代わりに、君は能力を提供して欲しい」
「だったら今すぐにでも……」
「しかし現在、君の他に能力を持った人間が一人いるんだよ。まずはその人物の能力が欲しくてね。倒してほしい。倒せば、能力はその人物から離れて君の元へくる」
「倒す。俺の能力を使ってですか?」
「そうだ。ただし注意してほしいのが一つ。能力を使っている時に倒さなければ意味がない。つまり、変身前の攻撃はご法度というわけだ」
納得はいった。男性は力がないがため、自分に頼んでいるんだということを。ただ、真琴は不安だった。この広い世界でどうやって能力者を探せばいいのか。
当てもなく探せば確実に時間の無駄になるし、永遠に見つからないだろう。元に戻れることを嬉しく思った真琴だったが、同時に一生この能力と付き合っていかなければならない不安を抱えた。
「大体分かりました。でもどうやって探せばいいんです? そんなの、確率的に無理じゃないですか」
「巡るさ。能力者同士は惹かれ合う。君もすでに、惹かれ合っているのかもしれない」
男性の言葉から、真琴は一人の人物を思い描いた。未来だ。もしかして、あいつが能力者?
だとすると、男性の言葉も間違っちゃいない。
真琴の様子から粗方察したのか、男性はそれ以上の説明をしなかった。
「それでは頼めるかな?」
「分かりました。目星はつけてあります。ただ、いつ能力を使うかは……」
「ああ。能力に関してシャイな人は多いからね。そこはあまり気にしてないさ。気長に待つことにするよ。もっとも、君自身が気長に待てる状況かは分からないがね」
まずは未来にもう一度接触すること。そして、未来がいつ能力を使うのかを逐次監視しなければならないこと。幸い、未来は自分の能力に関心を示している。となれば、後は未来が能力を使うチャンスを待つだけだ。
大丈夫だと思う。思いたい。
何の確信もない自信が真琴を元気づける。
男性は、目的が出来て目つきが変わった真琴を見ながら、この場を後にした。
「よし、待ってろよ未来。今に化けの皮をはがしてやるからな……」
今、能力を手放すための戦いが始まった。