野球の時間だああああ!
奏は真琴や未来と別れて野球の試合に向かった。天候は素晴らしく晴れていて雲一つない青空の下で試合が行われる。雨になる確率など0に等しい。
男の子の姿でグラウンドに辿り着いた奏はマネージャーの姿を探す。マネージャーは部員たちに対してタオルや飲み物を渡していた。笑顔で渡すマネージャーは本当にこの役目が好きでやっているんだろうという気持ちを起こさせてくれる。奏は、彼女が本当にこの部活が好きなんだろうと思った。
マネージャーは奏の姿に気づいて、一生懸命手を振って自分の位置をアピールする。奏は少し恥ずかしそうな表情をしてマネージャーの所へ向かった。
「来てくれたんですね!? ありがとうございます。これで私たちのチームは勝てます!!」
「そこまで凄くないよ俺は。でも、頼りにしてくれるなら裏切らないようにしたい」
「そうだ。みんなに教えなきゃ。皆さん、ちょっと来てくれませんかー?」
マネージャーの掛け声一つで、部員が全員集まってくる。マネージャーはドヤ顔で奏を部員全員に紹介し始めた。
「今日の助っ人です。凄い運動神経なんですよ。えーっと名前は……」
「カナデって言います。よろしくお願いします」
まあ、普通の名前を使ってもいいだろう。ここで下手に『翔太』とかって違う名前にしたら呼ばれた時に反応できないかもしれないし。
奏はバレないだろうという考えの下、自分の名前を名乗った。
野球部の部員たちはすでに自分たちが廃部寸前ということもあるのか、藁にもすがる気持ちでいるのだろう。奏の参加を快く思ってくれているようで否定するものは誰一人としていなかった。
奏は早速ユニフォームに着替えて、部員たちの作戦を聴き始める。奏はチャンスを広げるのに重要な三番、そして外野を任された。正直、奏は野球のルールをあまり理解していない。ストライクやアウトは知っているが、インフィールドフライ等の専門用語の知識はまったくないのだ。
奏は申し訳なさそうにマネージャーにそのことを伝えることにした。
「ごめん。俺、野球のこと少ししか知らないんだ……」
「大丈夫ですよ。高校野球の、しかも練習試合ですよ? ちょっとくらい知らなくたって何とでもなります! そこは急遽来てくれた助っ人ですから考慮していますよ」
「そうか。ありがとう」
試合が始まった。
……結果だけを言えば、奏のおかげで勝利したと言っても過言ではない。変身した奏の運動神経が、全ての局面を救った。それは奏自身も驚いている。攻撃で言えば、ピッチャーの弾が遅く感じられ、ヒットも簡単に打てて、守備だとホームラン級の打球をたやすくキャッチして周囲を沸かせていた。
試合も終わって各部員が勝利の喜びに浸っている間に、奏は目的の一つを遂行することにした。怪しいと思っていた野球部のマネージャー。彼女が能力者ならば、攻撃を仕掛けてくるに違いない。
奏は先手を取るためにマネージャーを部室に呼んだ。部室には誰もいない。というより、部室にいるよりは勝利を噛みしめるために外で騒いだ方がいいということだろう。
マネージャーは可愛らしい童顔で頭を傾けている。
「ありがとうございます。本当に、本当に助かりました! それで、どうしたんですか? こんなところに呼び出したりして」
「君、何か隠してない?」
「え? か、隠して……って。私は何も隠してないですよ」
何故か顔を赤らめるマネージャー。奏は何故彼女が照れているのか理解できない。
奏は真剣な表情でマネージャーを問い詰めた。
「何故君はあの白い怪物に襲われてたんだ?」
「あれは突然なんです。いきなり周りが静かになったなーと思ったらあの怪物が……。でも、カナデさんは正義の味方なんですよね!? あんな怪物、悪いやつに決まってます。だから秘密にしてますよ、カナデさんのことは」
「……正義の味方、か」
今までは自分勝手な正義を振り回していたのに、マネージャーは自分のことをまるで世界を守るヒーローのように思ってくれている。これも自分を騙す作戦なのだろうか。
奏は決して油断せずに、話を続けた。
「違う。俺は正義の味方なんかじゃない。人に迷惑をかけてた……」
「でも、今日の野球の試合のおかげで廃部にならないで済むんです。私にとってはヒーローです」
「……むむ」
ダメだ。まるで未来みたいにマネージャーは自分のペースに巻き込むのが上手い。こうなるならもっと未来と会話しておくべきだった。そうすれば未来のあしらい方を彼女にも応用できたのに。
今更後悔しても仕方ない。奏は彼女の化けの皮を剥がすために、自分が能力者だという証拠を見せつける。奏は変身を解いて自分のありのままの姿を見せた。
「これでどう? あなたも能力者なら、さっさと正体を……」
「あ、あれ? カナデさんが女の子になった。ね、熱でも出てるんでしょうか……。それとも熱中症? ああ、そう思ったら急に体調が――」
「だ、大丈夫!?」
奏は倒れこんだマネージャーを抱えて、必死に言葉を叫ぶ。彼女の反応からして、奏の予測はハズレだったようだ。野球部のマネージャーは能力者ではない。そう確信した奏は思わずため息が出てしまった。そして、奏の変装をして代わりにテストを受けてもらっている真琴に対して悲痛な気持ちになった。
ご、ごめん真琴くん。私の勘違いでとんでもないことをさせてしまって……。
とりあえず、マネージャーが意識を取り戻すまで彼女の側で見守ることにした奏だった。




