一歩進んで二歩下がる?
その後も色々な場所を巡り、楽しく過ごした真琴と奏。歩き疲れた二人は学校の外にあるベンチに座り込んでいた。ベンチに座る二人を、通り過ぎる人々は気にも留めない。なぜなら、真琴は女の子に転換しており、傍から見れば仲のいい女の子同士としか映らないからだ。誰も恋人などと思う人はいないだろう。
変な視線を感じることなく、真琴は気兼なく奏に話しかけた。
「楽しかったですか? 俺といて」
「うん。凄く楽しかった。ありがとうね、真琴くん」
素直に感謝の気持ちを述べられてしまった真琴は少し顔を赤くして恥ずかしがった。
しかし、奏はその言葉の後で寂しそうな表情をしていた。
「でも、どうして今日になるまで来てくれなかったの?」
「え?」
「……正直に言うとね、寂しかった。守ってくれるって言ってくれてたのにあれ以来返事がないんだもん」
真琴にとっては意外な反応だった。奏は男性とは関わりたくない人間だと思っていたからだ。
彼女の反応にあくせくしながら、真琴は必死に次の言葉を考えた。
「で、でも! 奏さんは男の子とは関わりたくない人なのかなって思ったからそれで……」
「真琴くんは別。だって、ちゃんと私の記憶を取り返してくれたんだよ。私ね、真琴くんなら信じられる」
「奏……さん」
「あとね」
奏は真琴に向き合って話を続ける。面と向かってしゃべり始めた奏に少し緊張しながら、真琴は話を聞いた。
「その敬語、止めてほしいなって。私たち同じ学年だよ? 私の方が年上みたいで嫌だよ」
「え!? あの、これは奏さんに対して敬意を払っているのであって決してバカにしているわけじゃ――」
「それくらい分かってる。だけど、これからはため口聞いてよ。私たち……その…………仲間、なんだからさ」
な、仲間……。奏の真琴に対しての想いがその程度だったことに、真琴は安心のような悲しいような気持ちが沸き起こった。
まあでも、これで俺も緊張しないで話せるかもしれない。これから会えば、チャンスはまだまだあるんだ。気持ちを切り替えていこう。
決心した真琴は奏に対して敬語を使うことを止めて、普通に話し始めた。
「分かったよ奏。これからはこうやって会話することにする」
「うん。ありがとうね、真琴くん」
それにしても仲間、か。少し期待をしていた真琴にとって、その言葉はかなり心にくるものがあった。改めて考えると、真琴は心の中で落ち込んでしまった。
そんな彼の心境などいざ知らず、奏は笑顔で真琴との会話を楽しんでいる。だが、その時奏は空間の歪みを察知した。
ハッとした表情から一気に真剣な顔へと変わった奏に真琴は心配そうな声をかけた。
「どうした? 奏」
「真琴くん。今、何か感じなかった?」
「え? 俺は特に何にも……」
真琴が能力を受け継いでから日が浅いのも関係していたのだろう。今の真琴には異変はまったく感じ取れていなかった。
奏はベンチから立ち上がり、周りを注意深く観察する。
「何かあったのか?」
「うん。一瞬だけ違和感があった」
「違和感……」
真琴も集中して辺りの気配を探るが特に変化は見られない。今は真琴と奏の二人しかこの場にいないため、他人が来たら、二人にとっては目立つことこの上ないだろう。だが、奏の言う違和感とはそういう次元の問題ではないのだろう。真琴はそう思って彼女の反応を待つことにした。
左右を見ていた奏は、次に見上げて空の様子を伺う。それと同時に、目を見開いた奏は真琴の手を取ってベンチから離れた。
唐突な出来事だったので、二人は手を繋ぎながらは地面に転がってしまった。昨日と今日が晴れてて良かった。真琴は本当にそう思った。
奏がベンチから離れた原因、それはベンチに向かって落ちてきた存在があったからだった。その存在は空から落ちてきてベンチを破壊し、砂埃を巻き上げて塵を空気中に流し込んだ。
砂埃が晴れ、落ちてきた者の正体が露わになる。それは体中が白色をしている物体だった。怪物と定義するには少々語弊があるかもしれない。その物体は手足、胴体共に人の形を模していているからだ。
だが、真琴はこの存在を怪物と定義した。
「こいつ……二回見たことがある」
男性を倒した今、真琴の中で一番不明なのがこの白き怪物だった。男性の配下と思っていた時期もあったが、男性との闘いの中では結局現れなかった。では、この怪物は一体何が目的で現れるのか。
「私も見たことがあるわ。真琴くんはあれについて何か知ってるの?」
「いや……」
「そっか。私もよくは知らないけど、言えることは能力者が複数固まっていればいるほど現れる確率が上がるみたい」
立ち上がった怪物は、自身に張り付いているベンチの残骸を薙ぎ払い、何もない空間から棍棒を生み出し、手に取った。
棍棒を手にして襲い掛かってきた怪物に嘲笑った奏は、能力を使って男の子の姿へと変身した。
「こっちだってね、武器は作れるのよ」
奏は地面に生えている雑草を右手で掻っ攫い、その手に力を念じた。すると、雑草だった物は一瞬にして木刀へと変化した。
「真琴くん。これを!」
「……そうか。分かった!」
奏は自分が変化させた木刀を投げつけて、真琴はそれを受け取る。今はただの木刀だが、真琴が力を込めることによってさらに形は変化する。木刀は真琴の力によって、本物の刀へと進化を遂げた。一気に重みが増す刀に真琴は両手で握って対処する。
奏の方も剣を持ち、戦闘態勢は整っていた。
「私たちのチームワーク、見せてやろうよ真琴くん!」
「ああ。……って言っても、これが初めてだけどな」
「よ、余計なことはいわない! いくよ!」
怪物は最初に真琴を狙った。棍棒が振り下ろされ、真琴は受け止めることなく瞬時に横にかわした。
刹那、奏は怪物の片腕を切り落とす。武器を持った方の腕が切られ、怪物は武器を持たない存在になってしまった。
腕を斬られてショックを受けている怪物。その隙に、真琴は怪物の胴体を切断した。すると、怪物は白い靄になって飛散していった。
怪物がいなくなって、辺りに活気が戻っていく。まるで何事もなかったかのように、歩いてくる人や先ほどまでその場にいなかった人間も現れたのだった。
しかし、ベンチだけは壊れたままで、ただの藻屑と化してしまっている。
奏は元の姿に戻ったと同時に、奏が持っていた剣や真琴が変化させた木刀はただの雑草へと戻っていた。奏は一安心して一息つく。
「ふう。案外簡単に勝てたね。でも、あの怪物って結局何者だったんだろう」
「分からない。でもまあ、これから何が来ても奏と俺なら負ける気はしないな。俺はそう思う」
「……かもね」




