彼女に勝つたった一つの作戦
「勝てる算段はついてるの?」
未来は真琴にそう告げた。
クラスメートの暴走が終わり、沈静化した後に未来と真琴は今後の作戦を話し合うために真琴の家へ行くことになった。ここでならば、二人きりで話し合うことができる。真琴の両親は海外へ行っているのだから。
二人は今、真琴の部屋にいる。未来は回転椅子に座っていた。背もたれに胸を押し当ててギイギイと椅子を軋ませている。
真琴は自分のベッドに座って腰掛けていた。親がいないことから自分の容姿に気を使う必要がないからだろうか。真琴はまだ女の子の姿になっている。未来に対してすでに性の対象としてみなしてないか、真琴は油断していた。その証拠が、今の真琴の服装だった。白いセーラー服に紺のプリーツスカートという格好にも関わらず、真琴は足を開いてベッドに座っていたのだ。
未来は真琴にバレないように、鼻の下を伸ばして慎重に真琴のスカートの中身を拝見していく。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているという名言に則って……。
ピュアホワイト! オーケーオーケー! 素晴らしいじゃないか!
椅子に座っている未来と、ベッドに座っている真琴では、真琴を見下すようになるのが自然になってしまう。なので、そんな未来の視線に気づくことなく、真琴は未来の言葉に深いため息をついた。
「正直に言う。……正攻法では奏に勝てない」
自分の興奮を象徴している鼻息を抑えて、未来は真琴の落胆に疑問を呈した。
「え? じゃあどうやって勝つのさ」
「まあ、作戦は考えてある。一応な」
だが、それを未来に話す気はない。どこかで漏洩しては作戦の意味がなくなってしまうからだと真琴は考えた。作戦が分からない未来はふくれっ面になって真琴に対して怒った。
「ちょっとちょっと。話してくれてもいいんじゃなーい?」
「悪いが、これは門外不出の情報だ。お前には話せねーよ」
「ハァ? じゃあ胸揉むぞこの野郎」
未来は椅子から離れて真琴に向かって飛び出した。真琴に抱きついた未来は即座に真琴の胸囲に自分の手を伸ばした。
当然、真琴は必死に抵抗する。
「や、止めろバカ! どうしてその結論になるんだ!」
「いやぁ~、真琴ちゃん成分を私の体が欲してるんだよ。そんなに抵抗されると、こちらも触りがいがあるってもんだしね!」
「ふ、ふざけんな……っ!」
「それはこっちのセリフだよ。そんな深淵を大っぴらにしているようじゃ、単なる痴女でしかないって!」
「は……? あ――!」
未来の言葉でようやく自分がしていたことに気づいてしまう真琴。大方の時間を女の子のままで過ごしていた弊害がここで発生してしまった。すっかり油断していた真琴は自分の浅はかさに落ち込み、そして未来を離すように力を込めた。だが、瞬間接着剤のように一度くっついた未来は中々離れてくれない。それどころか、鼻息を更に荒くさせ始めたのだった。
「いいよ、いい。そんなに抵抗されたら、も、妄想が止まらなくなる……!!」
「お! おい! 目の前で鼻血は止めろよ!」
「だ、大丈夫! 鼻血は出すけど、人にはかけないのが私の主義――あ!」
「おいいいいい!」
一瞬の判断により、真琴は未来の顔を両手で掴んで近くにあったゴミ箱へ突っ込む。未来の顔はゴミ箱にすっぽりと嵌り、張り付いた。未来はゴミ箱が顔に付いている状態で話し始める。その声はゴミ箱によって小さく反響していた。
「サンキュウ真琴ちゃん。でも、鼻血止められないんだけど……。ティッシュ希望」
「ちょっと待ってろ。今抜くから……ん?」
「え? それはさすがの私もちょっと嫌かな」
「いかがわしいこと考えないでくれる!? 手でお前の顔を引っこ抜くんだよ!! てかお前の顔がゴミ箱から抜けない」
「何か説明くさいセリフだね……ってえぇー!? そ、それじゃあ私は一生、ゴミ箱と共に生きていかないとダメなの!?」
「まあ……なんだ。きっと神様がお前の顔に十八禁規制をかけたんだよ。うん」
「それって私の顔が十八禁みたいじゃん!」
何が間違っているのだろうか。心の中でツッコミながら、真琴は声に出すことはしなかった。
手の力でも未来をゴミ箱から出すことができない。となれば、真琴が次にする行動は自分の能力を使用することだけだった。
真琴は一応、未来に能力の使用を聞いてみることにした。
「最後の手段だが、能力に賭けてみようと思う。いいか?」
「いいけど、ゴミ箱って何に変化するんだろう……」
恐る恐る、真琴はゴミ箱に手をかざして力を込めた。するとゴミ箱はただの紙袋へと変化し、未来は自分の手でゴミ箱だったものを退けることができた。真琴はすかさずティッシュを未来に渡し、それを受け取った未来は丸めたティッシュを鼻に詰めた。
「いやいや、一時はどうなることかと思ったよ。ゴミ箱と運命共同体にならなくて良かったー」
「にしても不思議な能力だよな、これって」
「まあ、面白いからいいんじゃない? これからもそれを使って私を楽しませてくれ!」
「……ああ」
未来に言われて、素直には頷けなかった。未来に話してないが、真琴はこの能力を忌まわしいと思っていた。それも、奏と会って彼女に触れていくうちに、能力を手放したくない気持ちが勝りつつあった。それは、奏が能力者だったことでさらに増していく。能力を手放した瞬間、女の子の状態で奏と出会った記憶はなくなるだろう。真琴の記憶には、手助けをしようとしたが睨みつけられた嫌みな少女という記憶しか、残らなくなる。
だが、真琴には約束があった。ボロボロのコートを着た男性との取引という名の約束が。
俺と奏の能力は、待ってくれないだろうか……。
真琴は男性が能力の譲渡に対して待ってくれることを期待して、未来との会話を続けた。




