調査開始
放課後になり、真琴は未来に会うために未来のいる教室へと向かった。女の子の時と違い、緊張もせずに教室の中を覗く真琴。その様子を見た未来のクラスメートが話しかけてきた。
「どうしたんですか?」
男の子が覗いているからか、口調も敬語になっている。
「ここの未来先輩に用事があるんですけど……」
一応上級生なので、真琴も敬語を使って話を進める。クラスメートは真琴に対して懐疑心を持ちつつも、未来を呼びに教室の中へ入っていった。
中では未来がこの前と同じようにクラスメートに指示を出している。未来は外で待っている人がいることを伝えられると、一枚の紙を持って教室を出た。
「えへへ、真琴君。お待たせ」
「やっぱりクラスメートの前では猫かぶりするのか」
「えー? 真琴君が何を言ってるか分からないなー。それよりも、はいこれ」
「……ありがとうな」
猫をかぶって大人しく清楚になっている未来から手渡された紙には、一人の女の子が描かれていた。それは、朝に真琴が渡した画像の男性を女体化させた姿を思わせた。その出来に真琴は満足し、思わず笑みがこぼれた。
「これでいいかなー?」
「ああ。完璧だ。後は俺がこいつで調査するだけだ」
「学校祭の準備は手伝わないの?」
わざとらしく、頬を膨らませてサボるという行為に対して怒りの感情を見せる。
真琴は未来のその表情が気持ち悪いと思った。常に見ている未来は、絶対にそんな表情を見せないからだ。
ああ、これも能力者をとっ捕まえておっさんに能力を手渡せば、可愛いと思えるようになるはずだ……。それまでは我慢だ。
真琴は逸る気持ちを抑えながら、紙を折りたたんだ。
「分かってるよ。なるべく手短に済ませるつもりだ」
「真琴君のクラスも大変なんだよ。少しはそういうことも考えてね」
「……お前の猫かぶりで胸焼けがしてきた」
「えへへっ、じゃあね真琴君!」
用事を終えた未来は、クラスメートに指示をするために真琴と別れ、再び教室の中へと入っていった。
ここからは真琴一人で調査をすることになる。廊下を歩きながら、まず真琴は未来が描いてくれた予想図をジッと眺めた。キツ目の目や、整った顔立ちはそのままに、若干の女の子らしさを加えて、ショートカットだった髪の毛はロングヘアーへと変更されている未来の予想図。残念ながら、真琴が知っている人間には該当者はいなかった。といっても、真琴が知っている女の子がそれほど多くなかったというのが事実だったが。
「しゃーない。手当たり次第探してみるか……」
真琴は地道な方法を取ることにした。学校祭の準備で動き回っている人たちを一人一人呼び止め、未来が描いた絵を見せる。
理由としては、学校祭の余興のため、イメージに似た女の子を探している。該当している人がいないだろうか、というものだった。
しかし、真琴が呼び止める人物たちは誰も首を横に振った。イメージに似た人物さえいないというのだ。
すでに捜索して二時間が経っているこの状況、ずっと立ちっぱなしだった真琴はさすがに体力の限界が近づいていた。
とりあえず、今日は最後に一人だけ聞いて終わりにしよう。そう思って適当な人物を探す。
ちょうど、真琴の向かいから歩いてきている二人の男の子がいたため、真琴は彼に声をかけた。二人の男の子は未来が描いた絵を見ながらも、やはり首を横に振った。
「悪いけど、イメージに似た子もいないなぁ……」
「ご存知ないでしょうか? どんな手がかりでもいいんです」
「そういや、アイツに似てないか?」
「アイツ? 性別が違うだろ」
二人が興味深い話を始めた。真琴は一瞬にして疲れが吹っ飛び、彼らに食って掛かった。
「どなたですか? その人は」
「いや、俺たち剣道部員なんだけどさ、最近ウワサがあんのよ。『マナーの悪い剣道部員を襲う謎の幽霊部員』ってウワサがな」
「そうそう。本当は傷害事件になるんだが、何せ被害者の方が悪いってことで誰も警察沙汰にしないんだよな。まあ俺たちもその被害者には色々迷惑を被ってたからいいんだけどよ。で、そのウワサの幽霊部員に実際に会った人が言ってた容姿がその絵と似てるんだよ」
「確か、幽霊部員の方は男だったけどな。その絵は女だろ?」
「そう……ですね」
どういうことだ? そのウワサは関係があるのか? 謎は解けず、新たな謎が舞い込んできたことで、真琴は先ほどよりさらに疲弊感が増した気がした。とりあえず、二人にはお礼を言って、それ以上は追求しなかった。
先ほどの剣道部員よりも込み入った話ができるのは、後は一人しかいない。真琴は奏に会うことにした。
もちろん、女の子に変身してから武道場へと向かった真琴。また彼女がいるとは限らないが、真琴は居る方に賭けた。恐る恐る武道場の扉をノックする。すると、扉が開かれたではないか。
中から出迎えてくれたのは、真琴が会いたかった人間、奏だった。
奏は真琴の姿を見ると、とたんに笑顔になって真琴を簡単に招き入れた。先日と変わらない畳の部屋。そして、奏の衣装。
「いらっしゃい。真琴ちゃん。まさか、また来てくれるなんて思わなかったよ」
「うん。ちょっと、調べ物で……」
「調べ物?」
真琴は未来が描いた絵を見せて、奏に尋ねてみる。奏はその絵を受け取ると、怪訝な顔をして眺めていた。
「これ何?」
「あのう、こんな感じの女の子を探してるんです。俺たちのクラス、余興でどうしてもそんな感じの女の子が必要で……」
「……ごめんなさい。私も知らないわ」
「それで困ってたんですが、他の剣道部員に聞いてみたらウワサの幽霊部員ってのがその絵に似てるって言ってたので……」
奏は一瞬、絵から目を離した。しかし、真琴はそれに気づかずに話を続けてしまった。バレなかったことに対して、奏は普段よりも低い声で真琴を拒絶するような口調を出した。
「単なるウワサだよ。気にする方がおかしいわ。まーたあいつらか。変なウワサを流したりして」
「でも、聞かせてくれませんか。個人的にちょっと興味が湧いてしまって。こう見えても、都市伝説とか好きなんですよ、俺」
「……しょうがないな、真琴ちゃんは」
奏は絵を真琴に返しながら、呆れた感じのため息をついた。最初は乗り気でなかった奏も、真琴を信じているからこそ、話をする気になったのだった。
奏は時系列を思い出しながら、一つ一つを確認しながら言葉を出した。
「いい? 今から話すのはあくまでウワサだからね。あまり広まっちゃうと剣道部の印象が悪くなるからね」
「分かりました。他言無用ってことですね」
奏は頷いて、話を始めた。
「これは最近の事なんだけど、マナーの悪い剣道部員を退治する正義の味方の部員が現れたの。でも、その部員は誰も知らない。何故なら、剣道部員の名簿には乗ってないし、顔も誰も知らなかったから。顧問の先生が確認しても、そのような人間はいないって言うの」
「マナーの悪いって、どんなことしたんですか?」
「まあ、剣道の精神を蔑ろにした人とかかな。男女差別したり、礼儀のなってない人とかだね。そんな人に鉄槌を下すのが幽霊部員なのよ」
「実際に被害にあった人っているんですか?」
奏は迷いながらも、小さく頷いた。
「ウワサってことにしたいけど、本当は被害者がいる。ただ、その被害者は部員みんなが苦労してたから黙認しているの」
奏が認めた以上、先ほどの二人の話は信ぴょう性を増した。真琴は更に話を聞き出そうとしたが、話す時の奏の辛そうな顔が彼にストップをかけた。バツが悪そうに、真琴は話してくれた奏に対して礼を言った。
「すいません。辛かったんですね」
「ううん、気にしないで。今日はそれだけかな?」
もしかしたら、奏ならば男性の正体が分かるかもしれない。非科学的な信頼感が奏に芽生えていた真琴はスマホを取り出して昨日撮影した画像を見せた。ピンぼけもせず、しっかりと男性の姿が写っている。
「あの、この男の人って見たことありませんか? もしかしたら、その幽霊部員がこの男の人に似てるってウワサも……」
奏は男性の姿をまじまじと見つめ、そして真琴に目を向けた。その表情は少し固くなっていた。
「ごめんね、見たことないよ」
「……はい。今日は本当にすいませんでした。辛かったのに話してもらって」
「だからそれは気にしてないってば。ほら、早く帰らないとまた衣装着れーって追いかけられるよ」
奏の笑顔に見送られながら、真琴は武道場を後にした。
とりあえず、今日の調査は終わろう。そう思った真琴は男の子の姿に戻って自分のクラスに向かい、学校祭の手伝いをすることにした。




