完全敗北
空中で浮いていた奏が地面に落ちていく。真琴はすかさず、奏を受け止めた。
彼女の体は、光の弾に襲われた影響でセーラー服はあちこち破けて素肌が露出しており、その肌も赤く擦れて痛々しく見える。奏はすでに虫の息となっており、呼吸をするだけでも精一杯だった。
「奏……返事をしろよ、おい!」
真琴……くん……。
抱きかかえている真琴は必死に奏の名前を呼んでいる。奏は薄れていく意識の中で応えようと必死に唇を動かそうとするが、思うように動かない。睡眠欲の方が強まり、奏はそのまま意識を奥底へ沈ませていった。
「ほらね、私と戦うなんておこがましいったらありゃしない。これで分かったでしょう? あなた方が戦わないと、生き残れないのよ」
意識の無くなった奏をそっと地面に寝かせる真琴。そして、ゆっくりと立ち上がって未来を見た。
人懐っこそうな表情を浮かべている未来はかつての未来ではない。真琴を愛し、奏を親友兼ライバルとして接していた未来ではない。
そのことを認識し、真琴は未来を睨みつけた。
「お? その瞳はなんだその態度はなんだ? そんな怒りをぶつけるだけで世界が救えるとでも思っているのかな?」
「……黙れ」
今にも未来に殴りかかりそうになるのを諫見が小さな体で必死に食い止める。今の自分たちでは戦っても無駄なことを分かっているからだ。
「ダメだよ真琴先輩! 奏先輩のようにやられるだけだ!」
「んなこと分かってる!!」
「え!?」
「それでも……俺はアイツを一発殴りたい。あんな余裕をかましている神なんざクソ食らえだ!」
諫見の静止を振りきって、真琴は未来に走りかかっていく。未来はわざとらしく肩をすくめて真琴を待つ。
「人間って案外バカばかりなんだねぇ」
「うおおおおおっ!!」
真琴は諫見に宣言した通り、拳を作って未来の顔めがけて腕を振るった。
「簡単。蚊が止まって見えるよ」
未来は真琴の想いをひょいとかわして彼の背中を取る。明日香と諫見が声を掛けようとしても遅い。それよりも早く未来は真琴の背中に触れていた。
「はい、終わり」
「ぁ……!?」
未来は真琴の背中から胴体へ光の道を示した。すると、真琴の体が背中から胴体へ貫通し、大量の血液が空中へ飛び出した。
貫通させた光という棒が真琴を倒れることを許さないのか、真琴はその場でがっくりと頭をうなだれてしまう。
「真琴先輩!」
「そんな……まこ兄とかな姉がやられたなんて……」
真琴は全てが嫌になるほどの痛みに耐えながら、自分の胸を貫いている光に触れ、握りしめた。喉から血が溢れて、思わず咳を出して血を吐き出す真琴。意識も朦朧とし始めるが、倒れるわけにはいかない。
光が真琴に掴まれた感覚がした未来は頭を傾けて疑問を示した。
「あれ? まだ息があるんだ。じゃ抜くか」
未来は光を真琴から抜いて、そのまま後ろへと歩き出した。抜かれた瞬間にも、血が噴き出る。真琴はそこでようやく自由を取り戻し、地面に倒れることができた。
未来が向かった先は諫見と明日香のところだった。衝撃の連続で、明日香はすでに恐れという感情を忘れてしまっている。だから、明日香は未来に対して構えることができた。
「さてさて。残ったのは二人か。その二人は戦ってくれるんだろうね?」
「……本当に未来先輩の記憶は残ってないの?」
「違うよ。残ってるさ。ただ、記憶が『ある』ってだけ。簡単に言えば、未来としての記憶は外付けハードディスクということ。好きな時に引き出せるだけのことなのよ」
「……そういうこと、か」
諫見は一か八か、未来の記憶に呼びかけることにした。もしかしたら、奇跡が起きて未来が神という人格に打ち勝つことができるかもしれないと思ったからだ。
諫見は出来るだけ優しい声で未来に話しかけた。
「未来先輩……覚えてないの? 催眠術師を倒した記念でみんなで海に行った時のこと。あの時はあの時で怪物が来て大変だったけど、楽しかったよね?」
「ふっ、その程度のことで……」
そこまで言った未来の表情が一瞬だけ歪んだ。内に秘めた未来本来の意識が少しだけ覚醒したような気がしたのだ。
――い、諫見……ちゃ……ん。
っち。面倒なことに。未来、君の意識は私が封印しているのに出てくるんじゃないよ。
未来が強く願うだけで、本来の意識は簡単に沈んでいってしまった。
「やっぱりダメか……!!」
表情の変化に希望を見出した諫見だったが、すぐに元の表情に戻った未来を見て苦渋をなめるような気分にさせられた。
「ねえ、戦うの? 戦わないの? どっち?」
「私たちに選択肢があるの?」
「まあ、ないんだけどねっ!」
しかし、いくら時間が経とうとも明日香と諫見の二人は戦い合うことはしない。最初は待っているつもりだった未来でも、さすがに苛立ちが募り始めている。
「どうして戦わないのかな? 死にたいの?」
「みんな大切な仲間だから。未来の皮を被っているあなたに命令されても、私たちは戦わない」
「そっか。それじゃあ仕方ないね」
そう言うと、未来は学校に向かって手をかざした。今までの行動で何をするのか、諫見は即座に理解した。
「や、止めて!」
「戦わないのを止めないなら、私だって今の行動を止めないもーん」
未来はかざした手から光の弾を放ち、それは学校にまっすぐ向かっていく。学校の壁に触れた光の弾は瞬間に爆発し、破壊していく。
「アハハハハハハ。何ヶ月かけて作った校舎なんだろうねぇ? それがこんな簡単に壊れるなんて、さぞ悔しいだろうねえー」
「……明日香先輩。真琴先輩と奏先輩を連れて逃げよう」
破壊を楽しんでいる未来を横目に見ながら、諫見は明日香にそう提案した。明日香は頷いて、そそくさと真琴と奏を背負う。二人とも女の子の状態だったため、二人でようやく一人分の重さに相当したので持ち運びは不可能ではなかった。
未来が気づかないうちに逃げようとした二人だったが、未来はすぐに気づいてしまう。
「あれ? 逃げるのかな?」
「しまっ――!」
「別に逃げてもいいよ? ただ、早く一番を決めないとこの世界を破壊し尽くしちゃうよー?」
明日香と諫見は涙目になりながら地面を蹴って走る。
逃亡も気づかれ、戦いにも勝てない。彼らの完全なる敗北だった。




