タイム・リミット
八戸都は真琴たちが不思議でしょうがなかった。自分が神だということを明かしたにもかかわらず、誰ひとりとして絶望の表情を出している者はいない。
それどころか、全員が団結して立ち向かおうとしている。全員が、未来に向けて動いている。
「よし、行くぞ奏」
「うん!」
真琴と奏が八戸都に立ち向かっていく。
未来はその様子を見ながら心の中で応援をし、明日香を抱きしめているはずだった。だが、未来の脳内に再びあの声が鳴り響いたのだった。
――今が頃合いかな? んじゃ、そろそろ。
「あ……まただ……」
「どうしたのみら姉?」
未来の腕が明日香から離れる。突然自分を手放した未来を明日香は何か自分が悪いことをしてしまったのだろうかと不安になった。
しかし、それは違うということが次の未来の行動で理解した。
「いや……止めて」
未来は頭を抱えて、うずくまり始めた。心に響く声が未来の感情を荒立てさせる。恐怖という名の底なし沼に、未来の体が浸かっていく。抵抗すればするほど嵌っていく。
真琴と奏がこちらに注意を逸らさないように、明日香は率先して未来の傍に駆け寄って声をかける。しかし、今の未来に明日香の声は届かなかった。
明日香を認識しようとすれば、未来の頭痛は酷くなり、頭が破裂してしまいそうになる。頭を使うこと自体が、今の彼女には無理だった。
ただ思考を停止させて耐え忍ぼうとする。ただジッと待って痛みに耐えきる。
いつもより頭痛の感じが違う。未来はふとそんなことを思った。今までは自分の体が何者かによって痛みつけられている。今の痛みはどちらかと言えば、自分の体が何者かによってペンキで塗り替えられていくような感覚だった。
――ありがとうね。今まで私を演じててくれて。
心の中でそう語りかける謎の声。未来はその声の正体が段々と理解できるようになってきた。だからこそ、未来はその声を否定しようとしていた。
私は……あなたに操られない!
――操る? 違うよそれは。私がその体に還るんだから。
違う……。私は……今までこの体で生きてきた証がある。記憶だって、ちゃんと残ってるんだから!
――記憶、か。そんな不確かなもので自分のアイデンティティを保とうとする気持ちは凄いと思うよ。でもさ、あなたの記憶も消滅してきているんじゃないの? あ、違うか。私に飲み込まれているんだっけ。記憶も、心も……。
そ……それは否定できない。だけど、私が私でいる限り……あなたの……好きには……。
その言葉と共に未来の意識は完全に沈み、彼女を彼女たらしめる全てが心で響く声に奪われてしまった。
「うわあああ!!」
未来の体から衝撃波が飛び、近くにいた明日香が被害を受ける。明日香は抵抗空しく吹き飛ばされ、真琴たちと八戸都の間に転がり落ちてしまった。
「明日香、大丈夫?」
奏がすぐに明日香を抱き起し、彼女の様子を探るが大した怪我はないようだった。
真琴は吹き飛んできた方向を見た。そこで、彼は未来の変化に気が付いたのだった。
未来はすでに立ち上がっていた。そして、自分を見つめてきた真琴をただジッと見つめている。
「お前……未来だよな?」
自分でも何を言っているのだろう。真琴は今自分が出した声に驚愕した。だが、真琴の心が訴えている。今、自分が見ている未来は未来ではないと。
未来と思われる人物は真琴に対して微笑みもせず無表情を貫いていた。
「ふふっ、成功したのですよ。未来は、私を同じ高次元生命体へと戻ったのです」
「ご苦労だったね華子。私を目覚めさせるお手伝いをしてくれて」
「いいえ。これも同じ高次元生命体のよしみということですよ」
未来と思われる人物は真琴を認識したのか、やっと彼に微笑みを見せてくれた。
「ああ。あなたが私の好きな人なんだ。この男のどこがいいんだか……。まあ、それは記憶を遡って追々観ていくこととしようかな」
「未来、あなたどうしちゃったの?」
明日香を介抱していた奏も未来の様子に気が付いて彼女を見る。奏も真琴と同じように彼女に違和感を持った。
「あなたは……私の大親友でライバルの奏か。この子に出会わなければ、真琴ともくっ付くことができたでしょうに」
「もしかして、新しい能力者が未来を!」
「違う違う。『未来』はもう死んだわ。ここにいるのは『ミライ』。高次元生命体……あなた方の言う神」




