真琴の作戦
謎の男と遭遇した次の日、真琴は朝から未来を呼び出していた。彼がチョイスした場所は校舎裏だった。そう、告白した時と同じ場所を指定したのだ。
未来は重いまぶたを手でこすることで辛うじて目覚めている。大きなあくびもして、面倒くさそうな声を出した。
「こんな朝っぱらから何をするの?」
「頼む。能力者を探す手伝いをして欲しいんだ」
「えぇー、だってそれ、私にメリットないじゃん」
「俺と同じ能力者がいるんだぞ? それでもか」
「うぅ~ん……」
朝のテンションだからか、それほど乗り気でない未来に、何も考えてない真琴ではなかった。真琴は変身して女の子の姿になる。そして、寝ぼけている未来に向かって抱きつき、涙目の表情を演出して上目遣いを向けた。
「未来お姉ちゃん……私に協力してくれないの?」
我ながらずる賢くなったものだ。未来を落とす手段をこうも簡単に行える自分に、真琴は自らを恐ろしく感じた。
抱きつかれたことと、猫なで声によって未来の意識は一気に覚醒する。目を見開いた未来は真琴に抱きつき返した。
「協力しないわけないじゃない! 任せて! お姉ちゃんが正体を突き止めてあげるっ!」
「……チョロいな」
「何か言った?」
「いや何も!」
抱きしめて離さない未来を無理やり引き離して、真琴は一枚の紙を差し出した。それは、昨日遭遇した男の画像だった。遠くから写したにも関わらず、画像は鮮明だった。実際に印刷した時、真琴は技術の上昇に驚きを隠せないでいた。
未来はそれを受け取って、首をかしげた。何をすればいいか分からなかったからだ。
「これで、私は何をするのさ」
「頼む。この画像から、元の姿を想像して絵を描いて欲しいんだ」
「どーゆーこと?」
「恐らく、こいつは元は女の子。それが男性化しているなら、この画像を女の子っぽくすれば人相が割り出せるはずなんだ。俺が女の子になっても、他の人が俺だって何となく分かることから、この手は有効だと思うんだが……」
「なるへそ~。つまり、この任務は想像力豊かな私にしかできないということですな!?」
想像力じゃなくて、妄想力の間違いでは? 思わずツッコミを入れそうになった真琴だったが、協力的になっている彼女に失礼だと判断し、黙ってることにした。
未来はすでに妄想を始めているようで、画像を見ながら一喜一憂している。
「放課後までに頼みたい。出来るか?」
「出来ないとは言わせないってことでしょう? 了解了解! お姉ちゃんに任せなさい!」
了承を得た真琴は未来に全てを託し、未来は女の子になっている真琴のために奮闘する。
二人が別れて、男の子に戻った真琴が教室へ向かおうとした時、真琴を見つめる人影が見えた。
校庭のフェンスにもたれかかっている男性を真琴は知っていた。ボロボロのコートを着て、無精髭を生やしているのは、真琴が知っている人物で一人しかいない。真琴は男性にお辞儀をして、彼に良い返事ができることを伝えるため、彼の元へ向かった。
男性はいつも通りにタバコを吸って、真琴に対して優しい表情を向けている。
「見つかりました。能力者と昨日会ったんです」
「ほう。それで、どうしたのかな?」
「昨日は見逃したんですけど、今協力者に能力を使用する前のモンタージュを作成してもらってますから、それが出来ればすぐにでも捜査を」
「それは良かった」
男性はタバコを地面に落として足で火の元を消す。少々行儀の悪い人だと、男性に対して評価が下がった真琴だったが、昔の人はこんなものなのだろうと納得した。
真琴はもっと男性と話をしたかったが、授業を開始するチャイムは彼を待ってはくれない。真琴は男性に手を振って別れを告げた。
「すいません。俺、これから授業なんで。一昨日は休んだし、今日もサボりかって言われたくないんで!」
「ああ。君の吉報を待っているよ」
男性は学び舎へ向かう真琴を黙って見送った。その後、新しいタバコを胸ポケットから出すと、そのタバコに火をつけ、口に加え始めた。それが合図かと思うほどタイミングよく、女性が校舎の角から出てきた。スーツを着て大人の雰囲気を醸し出している女性は、男性を一瞥して、失笑をした。
「タバコ、地面に落ちてるのだけど」
「気にするな。これくらい普通のことだろう」
「あなたに言っても、もう遅いのでしょうけどね」
女性は男性の近くに行き、地面に落ちたタバコを拾い上げる。泥がついて衛生的でないタバコを、女性はポケットから取り出した携帯灰皿に入れた。これは男性と行動を共にする際、彼女が持ちだしたものだった。本来であれば、男性が携帯灰皿を持つべきなのだろうが、何故か男性は頑なに拒んでいた。それを仕方なく、女性が携帯灰皿を持ち歩いているのだ。
男性は携帯灰皿に軽蔑の視線を送ると、女性に向かって愚痴をこぼした。
「フッ、これだから嫌煙厨は困る。すぐに俺たちを悪者にするんだからな」
「私は常識の話をしているの。っと、これは別にどうでもいいわ。それよりも今はあの子の動向ね」
どうでもよくないが、今は別の事の方が重要だった。女性は選んだ言葉を間違えてしまったと心で思いながらも、男性に訂正する必要はないと判断し、話を続けることにした。
「それで? あの子は戦うつもりなのかしら?」
「ああ。恐らくはな。そして、奪った能力を俺に授けてくれるそうだ」
「あなたしか利益がないように思えるんだけど」
「それが驚け。あの少年は能力が要らないらしい。Win-Winの関係というわけさ」
「信じられないわ。あなたが騙してるんじゃなくて?」
「俺がそこまで愚弄な人間だと思うか?」
「ええ。とっても」
女性は携帯灰皿を見せて男性を挑発する。
男性はそれを流し目で見て、ため息をついた。自分が持っているタバコを女性に渡し、フェンスに寄りかかるのを止め、歩き出した。
「どこへ?」
「俺にはまだ仕事が残っているからな。それの始末さ」
男性と女性の会話など知らずに、真琴は自分の教室へと急いでいた。曲がり角にきた真琴だったが、速度を落とさず曲がろうとした。いつもなら注意して減速するはずだったが、あと数分で授業が始まってしまうことの焦りからそれを失念してしまっていた。
真琴が曲がり角を突入した瞬間、同じく曲がり角を曲がってきた女の子と目が合った。女の子は目を丸くしている。真琴はぶつからないよう何とかしようとしたがスピードは止まらず、女の子と正面衝突してしまった。
一斉に廊下に散らばる授業道具。真琴はカバンが廊下に叩きつけるという被害で済んだが、女の子の方は移動教室だったのか、教科書や筆箱がバラバラに落ちてしまった。更に運の悪いことに、筆箱の中身が大方飛び出してしまっていた。
同時に尻餅をつく二人。先に謝ったのは真琴の方だった。
「……っ! わ、悪い! 大丈夫……か……?」
女の子をよく見る真琴。女の子は、つい先日会った奏だった。男性の姿で会うのは始めてであり、奏には初対面になるが、真琴は初対面ではない。この前会った時とは違うセーラー服姿の奏に、少しドギマギしながらも真琴は頭を抱えている奏の肩に触れて無事を確認しようとする。しかし、奏はすぐに真琴の手を払った。
「大丈夫です。構わないで下さい。男の人なんて……」
「で、でもなぁ……」
奏の反応に少し心が傷ついた真琴。男の子の時と女の子の時とでは反応が違うことは何となく理解できていた真琴だったが、明らかな拒否反応は真琴に微妙な気持ちを湧き上がらせてしまった。
奏はすぐさま辺りに散らばった自分の物を拾い始める。真琴も手伝おうとしたが、奏は厳しい目つきをして彼の助けを否定した。
全てを拾い終わるまで、一応側で待っていた真琴。奏はそんな彼に対しても、冷たい視線を送っていた。
「……どうしてまだいるんですか?」
「どうしてって、心配だったから……」
「そう思うなら、次からはゆっくり廊下を走ることを提案させていただきます」
そう言うと、奏は真琴とすれ違って歩き出してしまった。
離れていく奏と真琴。真琴は心の距離まで離れてしまったような感覚を覚えた。




