振り返らない過去
明日香はいなくなった奏と凛音を探すために奔走していた。
「そう遠くには行ってないとは思うんだけど……」
そう言いながら、明日香は走りながら周りを見渡す。呼吸も激しくなり、明日香の体力もそろそろ限界に近づいてきた時、上から凛音の高笑いが聞こえた。
明日香はすぐに止まって上を見る。凛音は大木の枝の上に乗っかっていた。不敵な笑みをして余裕を魅せつける凛音を、明日香は眉を潜めて鞭を構えた。
「りん姉……! かな姉をどこにやったんだ!」
「ああ。その名前は親友の現世の名前だったか」
「何を言ってるんだ!?」
「フフフ、お見せしよう。これが本当の奏。僕の親友だ」
「え……?」
凛音が指を弾けば、大木の茂みをかき分けて、奏が飛び上がってきた。奏は地面に着地して、ゆらりと立ち上がる。彼女の表情は前髪によって明日香には分からなかった。
「か、かな姉……嘘だよね?」
「嘘じゃないさ。お前が奏と言っている人物は前世の記憶に目覚めた。そして、僕の親友に戻ったのさ!」
「かな姉! ねえ、返事をしてよ! 僕、またかな姉と戦うの嫌だよ!」
しかし、奏は口を開くことがない。ただ佇んで明日香の方向をジッと眺めていた。
明日香の絶望的な表情を見て、凛音はさらに高笑いをする。もはや、自分が勝利しているとでも言ったように、表情にも緩みが出てきていた。
「フハハハ! 明日香とか言ったか。お前も前世の記憶に目覚めるがいいさ。そうすれば、僕達の仲間になれる」
「……違う。絶対に違うよ」
明日香は震える声で凛音に反抗する。年上に意見することもあってか、明日香は目に涙を溜めながら顔を赤くしていた。
「僕は……かな姉を信じてる。お前の力なんかに、負けたりするもんか!」
「だが、現実はどうだ? そこにいるのは奏じゃない。僕の親友さ。さあ親友、明日香をやっつけるんだ」
「……はい」
ここで初めて、奏が凛音の声に反応した。奏は竹刀を創りだして、明日香ににじり寄ってくる。表情の読めない奏にも、明日香は必死に呼びかける。
「違うよね? かな姉は操られてないんだよね?」
「…………」
奏は無言で明日香に向かって竹刀を振りかざす。竹刀は明日香の体にぶつかり、明日香は痛みで目を閉じて地面に倒れこんでしまった。
「うう……かな姉……」
「……凛音、これはどういうことだ」
未来の肩を借りて、遅れてやって来た真琴が呆然とこの景色を眺めていた。未来も同じく、倒れる明日香と竹刀を持っている奏を見ていた。
「これはこれはプリンセス。紹介します、僕の親友です。今は奏と呼ばれているようですが……」
「嘘でしょ……?」
未来は奏を怯えるような眼差しで見つめている。
また、奏ちゃんが敵になっちゃうなんて……。そんなの、嫌……。
そんな未来の言葉を反対するように、真琴は否定の言葉を吐き捨てた。
「嘘に決まってんだろ……」
「え?」
「あいつが、転生の能力ごときにやられるわけがない。……俺は奏を信じてる」
「でも、奏ちゃんは今までにも……」
「だからこそだろ。どんなに失敗を重ねても、俺は奏を信じる。あいつを信じてやれないで、何が仲間だ。……だろ? 奏」
奏は一瞬だけ口元を三日月のように釣り上げてニヤリと笑った。その変化を真琴は見逃さなかった。
凛音は枝から奏の横に降り立つ。すっかり信頼しきっているようで、凛音は奏の前に立ってご高説を始めた。
「無駄だよ。僕の能力は最強だ。これから君たちを未来以外、戦闘不能にする。何故かって? 君たちにも前世の記憶に目覚めてもらいたいからさ」
「……やってみな。俺たちは――」
「――前に進む!!」
奏の口から力強い声が発せられた瞬間、凛音は彼女の方向を見た。しかし、何もかも遅かった。奏は竹刀を一瞬にして真剣へと変化させると、凛音の腹部めがけて剣を薙ぎ払った。
「クッ!」
凛音の体は奏の剣によって斬られ、血が噴き出る。奏の眼差しは虚ろな目ではなく、意志を感じさせる強いものだった。
「何故……僕の能力が……」
「能力はちゃんと効いているわ。勇者、あなたと一緒に旅をした記憶だって今はある」
「だったら何故!?」
「……未来を守るって決めたから。過去で立ち止まらない。前に進むって決めたから」
ホッとした真琴は未来の肩から離れて自分一人で立つ。そして、凛音を挑発した。
「催眠術師との戦いの前だったら、俺達は前世の記憶に支配されてたかもしれないな」
「だけどあの後、最大のライバルで最高の親友の前で誓ったから。命を掛けても守ってみせるってね」
「奏ちゃん……」
奏は未来に向かって、見た人誰もが優しくなれるような天使の笑みを向けた。




