対立、明日香対八戸都
次の日の放課後、明日香は八戸都と対立していた。奏の命を奪い去ろうとしていた八戸都を危惧していた諌見の目論見通り、八戸都は奏を襲ってきたのだ。
「いさみーの言ったとおりだ」
やっぱりいさみーは凄いや。
明日香は素直に感心していた。
八戸都は明日香の登場に少しだけ驚いたが、表情はすぐに失笑へと変わった。昨日の実力の差で、八戸都は完全に明日香のことを甘く見ている。
八戸都の性格上、弱い者いじめは好まない。よって、この場においても、八戸都は明日香にチャンスを与えた。
「昨日、弱い者いじめはしたくないと言ったはずですよ?」
「僕はお前を倒す。本気だよ!」
「ここを逃せば、君は死ぬことになりますよ」
「……僕は死なない。絶対に」
「フッ、バカな女の子」
最後のチャンスをふいにした明日香に対して、八戸都は違和感を覚えた。勝てない勝負を挑んでくる明日香を不快にも思え、また彼女の行動が理解できなかった。
だが、戦うと言うのなら、八戸都は本気になる。彼女は剣を引き抜いて明日香に向かって構えた。
奏の剣道の知識と腕前が八戸都の戦い方を固定させる。
二人が立って、どちらも様子を伺って動こうともしない中で、木の裏に隠れている者が存在した。
八戸都に気づかれないようサポートすると言った諌見と、その彼女に無理矢理に連れてこられた真琴だった。明日香の真剣に戦う姿を見て、少しでも正気を取り戻してほしいという諌見の願いからだった。
諌見は奏に作ってもらった真剣をいくつか地面に置き、いつでも遠隔操作で八戸都を襲う準備ができている。
「戦いはいけない。よし、俺が止めてこよう」
「真琴先輩。動かないで下さい。ここの居場所がバレます」
「でも、俺は戦いは好まない。可哀想じゃないか」
「それでも、ダメです。小学生のお願いも聞いてもらえないのですか?」
「……しょうがない。今日だけだぞ」
諌見の願いを聞き届けてくれたのか、真琴は地に座り込んで様子を伺い始めた。
「八戸都……行くよ!」
「いつでもどうぞ。ハンデとしておきましょうか」
明日香は鞭を振り回して八戸都へと襲いかかっていく。鞭を一度地面に叩き付けてから、勢い良く空へと鞭を振り上げる。
「いっけえー!」
明日香は八戸都の腕を目掛けて、鞭を叩きつけた。直接剣を狙うよりは腕に攻撃した方がいい。彼女はそう思っていた。
奏と最初に出会った時ならば、明日香の勝ちとなっていただろう。しかし、奏の腕前はその時よりは上がっている。そして、八戸都に鞭への恐怖心はない。
従って、八戸都は鞭を見極めて鞭を避けて、即座に明日香に突きを入れた。
「ほら、突きですよ?」
「グッ!!」
八戸都の突きは明日香の片腕に突き刺さった。剣が貫通し、肩から血が出てくる。
明日香は肩の温度が上がって熱くなっていくのを感じた。肩から流れ出ている血液は止まることを知らないのか、どくどくと流れている。
「あ……うう!」
「あら? 痛いのは初めてかしら。でもね、戦いとはこういうことなんですよ」
「痛い……痛いよ……!!」
「可哀想に。やっぱりあなた、高校生ではないですよね? どちらかと言えば、小学生のように思えます」
「そうだよ。僕は……小学生だ。でも誓った。僕はあす姉として生きていかなきゃならないんだって!」
痛みに堪えつつも、明日香は決して敵から視線を逸らさない。
今、手助けをしたほうがいいだろうか。隠れて観察している諌見はそのタイミングに迷った。早すぎるのではないか。これですぐに介入してしまえば、こちらの居場所が敵にバレるかもしれない。だが、涙目になりながら痛みに耐えている明日香をこれ以上、諌見は見ることはできない。ふと、諌見は真琴の様子が気になった。
「真琴先輩……」
真琴は明日香ち八戸都の戦いを無表情で眺めている。自分は介入できないからか、興味のなさそうにしていた。
諌見は思わず真琴に掴みかかった。
「先輩! いや真琴! お前はこれでいいのか!? お前の幼なじみがあんな姿になってるんだぞ! 幼なじみだけじゃない。お前を信じて……愛している人も傷ついた! それを黙って見ているだけなのかよ!?」
「諌見ちゃん……」
「きっと能力のせいなんだろう。だけどそれが何だよ。お前はたかが能力の副作用に負けるような人間だったのか!?」
「……ん? ネズミがまだいたのですか?」
「し……しまった!」
思わず逆上してしまい、大声を出してしまった諌見は我に返ってハッとしてしまった。
すでに八戸都は諌見と真琴の位置を見つけ、冷笑を送っていた。
「あらあら。可愛いネズミですこと。あなたも見たところ、能力者のようですね」
「くっ――」
「今更攻撃しても遅いんですよ。さあ、そちらの男性と何かを入れ替えてあげましょうか」
「――隙あり!」
完全な油断だった。八戸都は明日香をナメてかかり、その結果がこの事態だった。
明日香は八戸都が自分から顔を逸らした一瞬の隙を狙って、鞭を八戸都の胸部に突き刺すことに成功したのだ。これだけで八戸都を倒すことは不可能だが、眠気を誘うことで無力化させることはできる。
八戸都はすぐに明日香の方向を向いて苦笑を浮かべていた。
「やりますね。少しは認めてあげてもいいかもですね」
「僕から目を逸らすからだ」
「……ふふっ、でもこんな鞭、簡単に……引き抜けるんですよ!」
「あっ――!」
八戸都は鞭を引き抜いて、掴んだ鞭を両手で振り回した。そのせいで明日香の体は宙に浮き、一緒に空を舞ってしまう。
八戸都はスピードをつけた鞭を地面に叩きつけた。




