間違った選択
ボロボロのコートを着た中年男性の言われるまま、自分の通う高校へと来てしまった真琴。今の真琴は女の子になっているため、本来であればこの高校に入る資格はない。しかし、制服はこの高校のものなので、入ること自体は容易だった。真琴は一応周りを確認して門を潜った。
時間はすでに午後を過ぎ、放課後の時間帯へと移っている。今頃であれば、学校祭の準備でみんな大忙しなのだろう。真琴も、今日から学校祭の準備を手伝うはずだった。
「みんなには悪かったかな……。って言ってもこの格好じゃあ無理だよなぁ……」
黙って休み、なおかつ手伝いもできなかったため、クラスメートに申し訳なく感じてしまう真琴。だが、今の彼女ではクラスメートに顔を出すことさえできない。男性ではなく、女性なのだから。とりあえず、未来に会おうと思った真琴は彼女が所属しているクラスへと向かうことにした。未来のクラスでも学校祭の準備が始まっているはずだ。
未来のクラスに着き、ドアのガラスから恐る恐るクラスの中を覗いてみた真琴は未来の姿を発見した。彼女は猫を被り、大人しそうな表情をしてクラスメートに対して指示を行っていた。
「ん? ここに何の用だい?」
後ろから話しかけられて、思わず振り向く。ここのクラスメートの一人だろうか。名も知らない男性は、真琴に優しい声で話しかけた。体格から下級生だと思ったのだろう。男性は明らかに年下だというような口調で真琴に接している。真琴は少し焦りながらも、自分が今女の子になっているという意識を忘れないようにしながら会話を続けた。
「あ、はい。ここの未来先輩って人に用事があって……」
「未来さんかい? 今呼んできてあげるよ」
未来さん、ねぇ。本性を知ったら例え年上でも呼び捨てにしたくなるってのに。真琴は心の中でそんなことを考えていた。
男性は教室に入ると、未来を呼び、外に待っている人がいることを告げた。未来はドア越しでこちらを観察している真琴を見て少し眉を動かしたが、平静を保って教室を出て行った。
「よお、未来……」
「真琴ちゃんが自分から私に会いに来てくれるなんてとっても嬉しいな。どうしたのかな?」
「その猫かぶりは後ろにクラスメートがいるからか?」
「猫かぶり……? これが私の性格なんだよ。誤解しないでほしいなぁ」
「まあいい。そういうことにしておく。実は、今日一日ずっと女の子の姿のままになっちまった」
「へぇ……え!?」
思わず鼻を手で抑える未来。鼻血こそでなかったものの、あと一歩で限界を超えてしまうことを未来は予感していた。
猫をかぶっていても本性は隠せない未来に、真琴は少し呆れながらもボロボロのコートを着た男性から聞いた話を未来にも話した。
「どうやら、能力に適合するための副作用みたいなものらしくてさ。ハァ、本当はさっさと家に帰って寝たほうが良かったかもしれないんだが、おっさんが高校へ行ったほうがいいって言うから仕方なく――」
「よし、こっちに来い」
「え?」
言うが早いか、未来は真琴の手を握って教室へと入っていく。真琴は教室に入る気はまったくなかったが、未来の握力が強く、簡単に離せるものではなかった。
未来以外知らない人たちに囲まれ、しかも現在の姿が女の子であることから、真琴はいつも以上に恐縮し、ビクビクしている。未来と仲のいいであろう友達が数人、真琴と未来に近寄ってきた。
「えー、どうしたのその子。ちょっと可愛いかも」
「あ……うぅ……」
性別が違うと、こんなにも話しづらくなるものだろうか。真琴は未来と話していた時のような強気はなくなり、何かを話そうにも恥ずかしさが前に来てしまい、上手く喋ることができないでいる。それが、女の子たちの感情を加速させてしまった。更に、未来が悪い意味でのサポートをしてしまう。
「この子は私と仲のいい後輩だよー。普段はよくお喋りしてくれるんだけど、今は緊張しているのかなー?」
「ええー? 緊張してるとか可愛いー!」
「ポニーテールの方が可愛いんじゃないー?」
「そ、それは幼馴染が――」
言い訳をしようとした真琴だったが、即座に別の人が会話に乗り込んでくる。まさに次から次へと襲い掛かる荒波のようだった。
「いやいやこのままの方がいいって! 素材の味だよ!」
ああ。やっぱり今日は家に帰って寝たほうが良かった。今更ながら後悔する真琴だったが時すでに遅し。未来達クラスメートに遊ばれる運命は免れない。
次々と質問が飛び交うが、真琴はどもって答えることができない。それも、女の子たちが勝手に騒いでしまうため逆効果にしかならない。
トドメに、クラスメートの男子が提案をした。真琴にとって最悪な提案を。
「そうだ。今日休んでいる女子の衣装合わせに丁度いいんじゃないか? 大体同じ身長だったと思うから」
「あ! それいいかも! さんせー」
「良かったね。真琴ちゃん」
笑顔を向ける未来に、隠された本来の表情が見え隠れするのは真琴だけだ。その言葉の本当の意味を分かってしまう真琴は心の底で深いため息をついた。
ここまできてしまえば嫌と言うのは難しい。普段の会話さえまともにできない真琴は女の子たちのなすがままにされてしまう。
「うちの出し物は喫茶店なんだけど、あなたのクラスは何をする予定なの?」
「あ……あの……その」
「ああ。緊張してるんだっけか。いいよ別に無理に喋らなくて」
「なあ……その子、本当は嫌なんじゃないのか?」
先ほどの愚かな提案をした男子とは別の男子が真琴に対して助け舟を出す。これが本当のイケメンなんだろう、真琴は学習した。
しかし、暴走してしまった女子たちにその言葉は自分たちの願望を妨害するただの悪口に過ぎない。大勢の女子たちがその男子に対して文句を言い始めていた。
ああ、ごめんなさい。後で謝れるなら謝ります……。真琴は集中砲火を受けている男子に心で懺悔をした。
サイズを測られ、自分の今のスタイルが露わになっていく。真琴の聞いた限りだと、それほど悪くないサイズのようだった。
本日休んでいる女の子の分の衣装合わせが出来て、満足している女子たち。やっと開放されると思い、思わず安堵をした真琴だったが、危機はまだ去っていなかった。未来がすでに完成した衣装を持ってきていたのだ。
「せっかくだし、完成品を着てみない? 真琴ちゃん」
「いいじゃんそれ! 早速着させてあげようよ!」
衣装はメイド服だった。黒のトップスに白いエプロン、そして胸元にリボンと至って平凡なメイド服であるが、真琴にとっては罰ゲームより酷い仕打ちだった。
さすがに命の危険を感じ、真琴は後ずさる。だが、後ろに他の女子が待ち構えている。
「おっと。逃さないよー?」
みんなの目が怖い。真琴は額に汗を垂らして恐怖を感じる。意を決して、真琴は教室のドアまで走る。後ろに配置されていた女子たちを上手く回避し、真琴はドアを開けることに成功した。
逃げる場所……? どこだっていい! とにかく今は走ることを考える!
ドアを開けた真琴は脳が考える前に右に走りだした。
「あ、逃げた」
「追えぇー! 逃すなぁー!!」
「うおおおおおおおお!」
後ろから自分を追ってくる女子と、何故か男子も混ざっている。どうなってやがるんだこのクラスは。
女の子の状態でどれだけのスタミナがあるか分からないが、とにかく真琴は今、走ることを第一に考えた。




