街へ出よう
街中に出て、真琴はボロボロのコートを着た中年男性を探し始める。彼から助言をもらえるかもしれないという思いがあった。
だが、歩いてみても彼に出会うことはない。真琴は、彼と似た人物にさえ会えなかった。これ以上探しても無駄かもしれない。そう思いかけている真琴は一休みするために近くの喫茶店へ入ることにした。
朝から歩き続けて、さすがの真琴も体力がもたない。
真琴はコーヒーとパンケーキを頼み、朝食も一緒に取ることにした。
真琴が頼んだ商品がトレーに乗せられる。店員に注意点を言われながら、真琴は外の様子が伺えるガラス張りの壁の方へ向かった。幸い、今の時間帯に誰も座っていなかった。真琴は一人で、その位置に座り、コーヒーを一飲みした。
「……? 何か、いつもよりも苦いような。気のせいか?」
女の子になって体格や味覚が変わったせいなのだろうか。真琴はコーヒーの味に違和感をもった。普段であれば、砂糖を入れずブラックで飲める人間だと真琴は思っていた。だが、このコーヒーの味は今までに飲んだことのあるどのコーヒーよりも苦く、不味いと感じられた。
耐え切れず、真琴はソーサーにあった砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。黒色のコーヒーが茶色に染まり、混ざりきったことを証明される。真琴はコーヒーを一瞥して、口の中へ流し込んだ。
「……うん。こっちの方が美味しい。いつもなら甘すぎるんだけどなあ」
「それは、君が女の子になっているからだろう」
コーヒーの甘さに納得している真琴に対して話しかけた声、それは真琴が待ち望んでいた男性だった。いつも通りにボロボロのコートを着て無精髭を生やしている男性は、真琴のいるテーブルに近寄り、向かい合わせに座る。彼が持ってきたトレーにも、コーヒーが乗せてあった。ただし、最初から注文したのか、砂糖とミルクはついてない。
「あなたを探してたんですよ? 一体どこにいたんですか?」
「私は神出鬼没なのでね。用があれば、こちらから向かうのさ」
「あの、用があるのは俺なんですけど」
「ほう。それは何かな?」
真琴に対して話を促すよう指示をしてから、男性はタバコを一つ取り出してライターで火をつけた。タバコの先は煙を出す。煙は風の影響で真琴の方に向かっていたが、男性はタバコの向きを変えて誰も居ない方向へ、煙を誘導する。
「俺、朝起きてからずっとこの姿なんです。男の子に戻ったことは前に確認してたのに。なんで……」
真琴は深刻な表情をして事を伝えたつもりだった。しかし、男性は表情一つ変えないでタバコを口にし、誰もいない場所へ煙を吐いた。
「ああ。それは副作用だね」
「ふ、副作用?」
「そう、副作用だ。能力を手にした人間が初期に現れるという症状の一つだ。能力が制御できずに常時使用状態となる」
「な、治るんですか……?」
「気にすることはない。私の予想から言えば、副作用は約一日中のはずだ」
男性の口から、そこまで深刻な症状でないということを聞けた真琴は、肩に掛かっていた重みをやっとの思いで下ろすことができた。
そして、トレーにあるパンケーキをフォークで小さく切り取って口の中へと入れようとする。しかし、その手前で男性が真琴に問いかけた。
「そこで、能力者の方はどうなっている。目星はついてたんだろう?」
思わず口の中へ入れようとする動作を途中で止めてしまう真琴。彼には悪いが、残念なニュースを届けることになってしまう。真琴は申し訳なさそうにうつむきながら男性に答えた。
「あ、すいません。どうやら当てが外れてたみたいで……」
「そうか。それは残念だったな」
「責めないんですか?」
非難されるのではないかと思っていた真琴だったが、男性の意外な反応に面食らった。
「能力者で無い者が能力者に会えること自体が珍しいのさ。例えるならば、君は無数にある夜空の星の中から見つけた希望といったところか」
「それって告白ってことですか?」
「フッ、そう考えるのならばそう考えればいい。だが、私は男の子に興味はない」
「それを聞いて安心しましたよ」
ようやく、真琴はフォークに刺さったパンケーキを口に入れることができた。パンケーキはいつもより甘く、美味しく感じられた。これも女の子になったことによるものだろうか? 真琴は味覚の変化に再び驚きながら、より美味しくなったパンケーキを次々と食べ始めた。
一方、男性の方はタバコを吸い殻に無造作に入れて、胸ポケットに手を入れて何かを探し始めた。顔が一瞬曇ったが、男性はそれを真琴に悟られないようにすぐに表情を元に戻し、自分を紛らわすかのように別の話題を真琴に振った。
「今の君は能力者に関する手がかりが何もない状態ということでいいのかな?」
「そうですね。これからどうすればいいか、どうやって探せばいいか、正直悩んでます」
「だが、君の探す場所は一つしかない」
「それは……」
「君の通う高校だ。君の居場所はそこだ。一日の多くの時間帯をそこで暮らしていると言えるだろう」
「能力者同士が引き合うなら……高校にいる確率が高いってことですか?」
「そういうことになる。では、私はこれで失礼させてもらおう」
男性は自分から話を切り上げると、椅子から立ち上がって伝票を手に持つ。その伝票は、真琴の側に置かれた。男性の意外な行動に真琴は思わず目を見開いてしまった。
「え!? 俺が払うんですか?」
「アドバイス料と情報料だと思えば、安上がりだろう?」
「う! そう言われてしまえば何も言えません……」
「じゃあ、ごちそうさまでした」
男性は出口に向かいながら、真琴に手を振っていた。見えなくなるまでボーっと彼の姿を見つめた真琴は、伝票に目を移した。男性が頼んだのはコーヒー一杯だけだった。
……まあ、コーヒーだけならいいかな。色々教えてもらってるし。
そう思いながら、残りのコーヒーとパンケーキを楽しむのであった。
「って、明らかに学校サボってるよな俺。ハァ、非行少年にはなりたくなかったのに……」




