「どこにでもいる普通の」から一歩踏み出した結果
「いい加減に諦めてドアを開けなさい!」
「い・や・だ!」
二人の女の子が、ドアを隔てて争っていた。一人はドアを開けようとし、もう一人はドアノブが回らないようを必死に抑えている。
ここはドアノブを抑えている女の子の家であるが、何故か彼女は自分の家でドアノブが回らないように抑えているのか。それは、ドアを開けようとしている女の子の侵入を許してしまっていたからだった。
現在、最後の聖域である自分の部屋へと立てこもり、侵入を必死に拒んでいる。
「真琴ちゃん。諦めが肝心なんやで」
ドアを開けようとする者が、部屋に立てこもっている人物の名前を口にした。
名前を呼ばれようとも、彼女――真琴――はドアを閉める意思は揺るがない。それとは別だが、言葉にはツッコまずにいられなかった。
「そこでいきなり関西弁!?」
「ええじゃないかええじゃないか。ほら、勇気を出して! 扉を開けて!」
「嫌だったら嫌だって!」
何故、真琴が彼女の侵入を拒んでいるのか。それは、心を許してしまった瞬間、真琴のアイデンティティが崩壊……消滅してしまうからであった。そうなれば死ぬしか無い……と真琴自身では思っている。
「強情な奴だな君は。しょうがない。諦めてやるか」
その言葉と共に、ドアノブが引っ張られる感触が消え、遠ざかっていく足音が聞こえた。脅威が去ったと感じた真琴は力いっぱい握っていたドアノブから手を離してその場に座り込んだ。
「ふぅ……。何て奴だ。最初に見た時はもっと清楚だと思ってたのに――」
「これじゃ台無しだよ! ってか?」
「うわああああ!」
真琴は声のした方向に首を回す。勢い良く回して首をひねってしまったが、今の真琴には関係のないことだった。
先ほどまでドアノブで力比べをしていた人物が、ベッドに仁王立ちしていたのだ。
その人物は外靴のままベッドに立っている。真琴は注意したい衝動に駆られたが、必死に己を保った。
「この神野 未来、ドアノブ戦争で負ける程度で諦めるわけにはいかないってわけよ!」
ツッコまれるまで立っているつもりだろうか。未だにベッドから足を動かさないその人物は、自分を神野未来と名乗った。
「どうしてこの部屋に!」
「フフフ……。私の百八スキルの一つ『窓から侵入』を使ったまでよ。さあ、覚悟するのね」
「や……やばい。嫌だ……嫌だぁ!」
「女の子同士で……あーんなことやこーんなことをしようではないか!」
獲物が近くで震えている。
未来は今自分が見ている光景に思わずテンションが上がり、鼻息を荒くさせた。それから変な笑い声を出して、手をワキワキし始める。
真琴は戦慄し、直感で今やらなければならない行動を頭に浮かべた。それは逃げることだ。
即座に立ち上がって、先ほど必死に閉めようとしたドアノブに手を伸ばす。
「はいストーップ!」
「うげぇ」
未来は真琴の襟を掴み、逃亡を阻止した。
襟を掴まれたことにより首が絞められて呼吸が出来なくなった真琴は咳き込みながら床へ仰向けになって倒れてしまう。真琴と目があった時の未来の表情は、恍惚に溢れて今にも溶けてしまいそうに歪んでいた。
その瞬間、真琴は自分の死を覚悟した。
未来は動かなくなった真琴をベッドに座らせて、ジロジロと体つきを観察する。
変態オヤジでもないのに、真琴は今の未来に対してものすごい嫌悪感を抱いていた。
だが、そんなことも気にせずに、未来はクローゼットへ向かって真琴の服を物色し始める。何かのこだわりがあるのか、気に入らない服はすぐに後ろへ投げ捨てている。
「そーだなー、真琴に似合う服はねぇ……どれがいいかなぁ……グフフ」
チャンスと思って少しでも体を動かそうとすると、未来から服を投げつけられる。後ろに目でもついているのかと思うほど、正確に。
勝手に服を物色され、なおかつ床にばら撒かれる惨状に真琴はジト目でその光景を見るしか無かった。
そして、自分の行いを恥じ、反省と後悔をしていた。
何故、彼女を好きになってしまったのだろう……と。