ピーターパンになりたいの
「石田……」
人間はいつ死ぬか分からない。
だから目の前の担任が苦い顔をしていようと、今のこの瞬間だけなのだから、何も気にすることはないと思うのは私だけなのだろうか。
私と担任の間には机。
そしてその机の上には一枚の紙が置いてある。
進路希望調査、なんて一枚の紙に収まるものなのだろうか、と視線を落とす。
教師達が私達生徒に求める進路とは、この学校を卒業したその瞬間だけのものなのではないか。
その学校の就職率を上げることこそが、教師達が求めていることなのではないのか。
「お前は成績だって悪くないんだから、行きたいところがあれば大体は行けるんだからな」
溜息混じりに吐き出された言葉に、はぁ、なんて適当に頷く私。
だって興味無いんだもん。
私の成績は良くて上の下だし、そこまで志願する就職先もなければ、進学先だってない。
だからって何となく、で決めるのはどうなんだろうと思って目の前の進路希望調査は真っ白。
もう直ぐ本格的に進路活動をしなくてはいけない高校三年生。
近づく春休みを前に、ほんの少し、本当に少しだけ焦っている気がした。
だが焦ったからとして何も生み出しはしない。
「……何かしたい事とかはないのか」
「え、あぁ……さぁ?」
私のぼんやりした様子を見て担任が頭を抱え始める。
そんな風になるくらいなら放っておけばいいものを、と私は心の中で溜息を吐いた。
夕日が差し込む教室で私の影が伸びるのを見ていて思う。
時間は有限だと。
無限にも感じる世界で生きる私達。
その広い世界のせいで、自分の持つ時間もまた無限だと勘違いしてしまうのだ。
例え今日、今この瞬間に進路希望調査に何かを書き込んで帰ったとして、夜眠ったまま死んでしまったらその紙に書いたことに意味はあるのか。
ならばそんなもの必要ないと思う。
変化変化と人は変化を求める。
変わっていく日常を求めるのだ。
同じなんてつまらない、と言っては刺激を求めている。
だが、私から言わせればそれは無限だと勘違いした自分の時間に、潤いを持たせて有限なんだと知るための行為だ。
伸びた上に痛み始めた自分の髪を撫で付け、小さく唸り声を漏らす。
眉間にシワを寄せて、進路希望調査の紙を睨み付けてみた。
そんなことをしても意味がないことは知っているけれど。
「……強いて言うなら」
ゆっくりと唇を動かせば、担任は私の顔を見た。
私の視線は相変わらず進路希望調査にある。
「何も変わらずに変えずに、この先が終わればいいなと思ってますよ」
視線を上げて笑えば、目を見開く担任。
間抜けな顔、と心の中で笑ってから立ち上がる。
それじゃあ失礼します、なんて勝手に話を終わらせて教室を出た。
夕日が落ちて、夜が来て、朝が来れば、明日が今日になる。
明日すら見えないのに、その先のことを今決めたとして、何があるんだろうか。
つまんない、なんて言葉は真っ赤な空に溶けて消えた。