小夜物語 short tales of the long nights 第39話 「鶴の花嫁衣裳」
むかーしのことじゃった。
とある村はずれの大きな沼の近くに作蔵という鉄砲打ちの猟師がすんでおったそうな。
大きな沼には毎年冬になると遠い北国から鶴の群れが来ては羽を休めておった。
真っ白い鶴はそりゃあきれいなもんじゃったよ。
領主様は沼のほとりに禁札をたてて きつく罰を設けて、鶴を取ることを禁じておった。
さて、その沼のほとりに作蔵は「たえ」という気立てのよい娘と棲んでおった。
作蔵は毎日山に猟に出ては山鳥やウサギ、キツネ、狸などのけものを取ってそれで暮らしを立てておった。
そんなある日、見知らぬ男が作蔵の家を訪れた。
「作蔵よ、鶴を取って売ればいい金になるぞ。どうだ、そっと鶴を取ってくれないか?」
「あんたら何言うてるだ、鶴を取るのはご法度だぞ。」
「だからさ、夜そっと行って取るのさ、どうだ?高く買うぞ?」
男は作蔵の決心が堅いことに業を煮やして去って行った。
それを聞いていた、たえは、
「おっとう、鶴を捕ることだけは絶対やめてね、ご領主様にきついお咎めをうけるからね」
「わかってるだ、たえ、」と作蔵は答えるのだった。
さてある日のこと、
隣村のおばあが作蔵の家に来た。
「作蔵よ。おらが村の蔵六をしってるだろ?あれがぜひ、たえを嫁に欲しいって言ってるんだよ。
どうだろ?」
「蔵六なら知ってる。あいつなら、、俺に異存はない。どうだ?たえ?」
「おとうが良いというならおらにも異存はねえよ」
こうして嫁入り話はまとまった、作蔵は猟に励み、たえに花嫁衣装のひとつも持たせたいものよと、
思うのだった。
しかし、、それからというもの、村は毎日吹雪で荒れ、とても猟どころではなかった。
猟に行けない日々がずっと続き、、作蔵の家には食い物さえそこをつきかけていた、
とんとんと扉をたたく音が、、
出てみると、、あの男じゃった。
「どうだ作蔵?鶴を捕ってくれる気になったか?」
作蔵は無言で男の話を聞いているのだった。
男が帰り、たえは気になって
「おとう?おらは食い物もいらねえし花嫁衣装もいらねえよ。だから、
ご法度だけはまもってくれろ。」
「わかってる」と作蔵は答える。
雪が小やみになったある日、作蔵が猟に出かけて帰ってきた。
そして手には町で買い求めた真っ白な反物があった。
「わあ、おとう、ありがとう、おらこれで花嫁衣装を縫うからね」
たえはそれから夜なべで花嫁衣装を縫うのだった。
だがそんなある夜のことだった。
夕暮になっても、帰りのおそいおとうのことが気になり家を出て
沼のほとりまで来たときのことじゃった。
うすぼんやりと男の人影が見えて、、その足元には
何か白い大きな塊が、、
もっと近づくと、おとうの姿が、、
そして足元の白い大きな塊は、、鶴だった。
「おとう、、あれほど鶴を捕らないでといったのに、おとう、なんてことしてくれたの?」
「みんなお前の花嫁道具を買いたいばかりに、」
「おとう、だったら、おら、花嫁衣裳もいらねえ。だから鶴だけはとらねえでくりょう。
隣村の権蔵が鶴を密漁して捕まって遠くの金山に山送りになったって聞いたよ。おとうが捕まったら、おとうが居なくなったら、おら、どうしたらいいだ?」
「たえ、お前の花嫁道具の金がもう少しでできるんだよ、お前を何も持たせずに嫁になんか、
いかせられねえ、だから決して見つからないから
もう少しだけ、、鶴を捕るのを見逃しておくれ。」
作蔵はたえの訴えを聞こうとはしなかった。そうして、もう少し、、もうすこしと、
鶴猟にのめり込んでいくのだった、
たえの懇願にも拘わらず作蔵はそれからも、鶴の密漁に夜毎出かけるのだった。
これだけ鶴を大量に捕ったらどれほどのきつい罰をご領主様からうけるか、
たえの思いは乱れるのだった。
そんな作蔵がある夜鶴の密漁にまたも出かけた時だった、
とうとう、
たえは決心した。鶴を捕るのを止めさせるのは自分しかいないと、
たえは、ほぼ仕上がった真っ白い花嫁衣装を着ると、そっと家をでた、
さてそんなころ、作蔵は葦原の茂みの沼のほとりで鶴を探して銃口を向けていた。
と?
葦原の向こうにぼーっと、白い影が、、
「鶴だ。」
作蔵は狙いを定めて銃を放った。
しかし、近づいて作蔵が見たものは、、
血を流して息絶えていた真っ白い、花嫁衣装に身を包んだ、たえの無残な姿だった。
「たえー。たえー」
作蔵の叫び声が沼にこだました、。
作蔵はずっと、ずっと、たえの亡骸を抱きつつづけて
泣き続けたのだった。
その次の年からというもの、
その大沼には、今まであれほど鶴の群れが来ていたというのに、
一羽の鶴も来なくなったという、
むかーし、むかーしのお話じゃよ。
終り
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