美しい鳥の羽
大騒動だった結婚式が終わって、今はもう夜。
あたしは白タヌキ少年と一緒に、大きな巣穴の中に入って休んでいた。
白タヌキ少年は騒ぎで疲れたのか、タヌキの姿で丸まって静かに眠っている。その姿を横目で見ながら、ひざを抱えてポツンと座り込んでいた。
山の夜は本当に真っ暗。月と星の明かりしかない。そのせいか風が揺らす木々の音が、妙に大きく聞こえてきて、怖くて落ち着かなかった。
人の気配がないって、こんなにも心細くて不安なものなのかな。
あたしは・・・今までだってずっと独りぼっちだったのに。
「どうした? 眠らないのか?」
白タヌキが目を覚まして話しかけてきた。
「ハラが空いてるのか? だからあの時ちゃんとネズミを・・・」
「なにがあっても、ぜったい食べませんから」
「じゃあ寒いのか? 山の朝晩はまだまだ冷えるんだ」
そういうと白タヌキは、あたしのヒザの上にもぞもぞともぐり込んできた。
・・・うわぁ、あったかぁい・・・。
思わず両腕で、その体を包むように抱きしめた。皮膚や生地を通して、温もりがじんわりと伝わってくる。あたしは白い毛皮に、そっと頬ずりした。
うっわああぁぁ・・・・・・。柔らかくて、滑らかで、温かくて、ふわふわの、ほわほわだぁ。
もう最高。あぁ、すっごく幸せ・・・。
「気持ちいい~。あったかぁい。素敵~」
「そうか、よかった」
「ありがとう。白・・・・・・」
「ん? どうした?」
「なんか、いつまでも白タヌキ白タヌキじゃ、ちょっと呼びづらいよ」
白タヌキが首を持ち上げ、怪訝そうに言った。
「そうか? オレは別に『白騎士』でいいぞ?」
「それも、なんかちょっと。ねぇ、あたしが名前を付けてもいいかな?」
「ミアンの好きなようにすればいい」
うーん。どんな名前にしようか。『シロ、ユキ』じゃあんまりに芸がないし。全体の白い体毛を表現して・・・
『総白髪』? そりゃちょっとあんまりよねぇ。
「あぁそうだ! 『ブラン』。ブランにしようよ!」
「ブラン?」
「うん。どこかの外国の言葉で『純白』とか、『無垢』とかの意味なんだって」
真っ白で穢れの無い雪のような体。ピッタリだわ。
闇の中の白タヌ・・・ブランも、そう聞いて満足そうだ。
「ミアンと、ブランか。うん、ピッタリだな。気に入った」
「そう? じゃあ今日からはブラン、ね」
「オレたちは結婚したんだ。お互いの呼び名があるってのも、いいもんだな」
ブランは、あたしのヒザの上でまた丸くなった。
「温かい時期になるまで、オレを抱いて眠ればいい。これから毎日」
「ブラン・・・」
「遠慮するな。オレたちはずっと一緒に生きていくんだから」
・・・・・・・・・・・・。
「ずっと一緒」「結婚」
疑いの色のまったく見えないその言葉を聞くたび、あたしの心は重苦しくなる。
事実から目をそらすように、あたしはブランを抱きかかえながら、横になった。
血の通う温かさ。生きている柔らかさ。呼吸のたびにふわりと上下する、その体から伝わる確かな安心感。
殺して毛皮にするよりも、こうして生きている方がずっと美しくて価値があるのに。
そう感じながらあたしは、いつの間にか穏やかな眠りについていた・・・。
そして目覚めて、次の朝。
さっそく王子の婚約披露の宴の日まで、あたしとブランの特訓の日々がスタートした。
なんで特訓? なにが特訓? って感じだけど。なんというかね、もう全然ダメなのよ。全っ然。
「ごちそう」ってネズミの死がいを突き出されたあたりから、予想はしてたけど。
・・・けど! あまりにもブランって、人間に対する知識が欠乏しすぎてる!
基本的な知識がまるでなってない。全て自分を基準にして考えようとするの。
ネズミが食べられないならこれを食べろと、ヘビの死がいを持って来られた時には、もう・・・。
いろんな意味で気が遠くなった。
これじゃダメでしょ。いくらなんでも、もうちょっと人間性になじんでもらわないと。
あたしだって奴隷だけど、スプーンやフォークくらいは使える。もう、そこのレベルからしてブランは難関なんだもん。
「ほら頑張ってブラン。こう持って、こうすくって」
「面倒くさい! こうやって顔をつけて直接すすればいいだろ!?」
「ダメだって! ってこらこらこらー! 足で頭を掻こうとするんじゃないー!」
そんな子育てみたいな毎日を過ごすうちに、新たな問題点が浮上してきた。
婚約披露の宴に着ていく、ドレスが用意できないの。
ブランが変化魔法を使って、あたしの服をドレスに変化させようとするんだけど・・・なにせ素材が最悪だから出来上がりも最低。
小麦ひとつまみだけで、フルコースディナーを作ろうとしてるようなものだからなあ。どだい、無理。
困ったな。現物を手に入れるなんて不可能だし。
どうしようかなぁ。しょっぱなから計画の先行きが怪しいことになってしまった。
「これはもう、他種族の力を借りるよりないであるな」
ブランと一緒におタヌキ王に相談したら、そんな答えが返ってきた。
他種族? て、別グループのタヌキ一族でもいるの?
「この山の上に住んでいる、鳥の一族のことであるよ。それはそれは美しい羽根をもっている鳥である」
あー、言われてみれば、キレイな小さい鳥が飛んでるのを見たことがある、気がする。めったに見ないけど。
「その鳥の羽をもらって、服に変化させればよいのである」
おタヌキ王の発案に、ブランが感心したように同意した。
「それは良い考えですね。あの羽なら、きっと素晴らしい服に変化させられます」
「白騎士、ミアン、さっそく鳥の一族を訪ねるであるよ」
「はい! よしミアン、行くぞ!」
そんなわけで、あたしは鳥の一族を訪ねに山登りをすることとなった。
「頼みごとをするんだから、手みやげに」と、おタヌキ王に持たされた生魚。何匹もの魚が、細長い棒状の枝に突き刺さっているものを肩に引っさげ。
そして頭には、真っ白なタヌキを帽子のように乗っけて・・・。
「ちょっと! 自分の足で歩きなさいよ!」
「歩幅が違いすぎるだろ。それに人間に変化すると必要以上に体力消耗するし」
「自分だけ楽してズルいー!」
実際、山登りは厳しい道のりだった。
上に登れば登るほど、どんどん足元の状態は悪くなる一方。人の手が一切入ってないから、もう植物ボーボーの無法地帯。
ひーっ。草の丈が高すぎて、前が見えない~。葉っぱがチクチク刺さって痛痒い~。
足が疲れた~。汗かいた~。石につまづいて転んだぁぁ~。
「気を付けろよ。この辺ヘビ出るぞ。噛まれるぞ」
「なによ! 頭の上の安全地帯でノンビリしてないで、少しは役に立ってよね!」
「ちゃんと働くさ。その必要があればな」
白い毛の一部しか見えないけど、すまし声のブランを見上げてムッと睨んでやった。
まったくグータラな夫ね! おまけにけっこう重いし! ・・・別に夫って認めたわけじゃないけど!
ハアハア息を切らし、何度も汗をぬぐって立ち止まり、草をかき分け前へ進む。
斜面を踏みしめ踏みしめ登って、もう疲労が限界に達しかけた時・・・
目の前に、ドーンと垂直にそびえ立つ、高~~い崖が見えてきた。
おおぉぉ! やった! 着いたあぁーー!!
ドサリと地面に両ヒザをつき、あたしは前のめりに倒れこんでしまった。も・・・も・・・限界ーー。
ブランがヒラッと頭から降りて、崖を見上げる。
「ミアン、ほら見てみろ。あそこが鳥の巣穴だ」
あ? なに、どこが巣穴だって?
見上げた視線の先、高い崖のはるか上の方の岩肌に、たくさんの穴が開いている。
・・・ひえぇ!? まさか、あそこまで行けと!? この崖をよじ登ってえ!?
「あたし無理! 人間には絶対に不可能です!」
「行ける。大丈夫だ」
なにを自信たっぷりに、無責任な保証してんのよ! あたしはヤモリじゃないんだから!
あんただって爬虫類を嫁にしたつもりはないでしょ!?
おまけにあたしは手みやげのお魚、かついでるんだからね!? 両手がつかえない分、あんたよりも条件が不利なのよ!
・・・っていうか、そもそもブランは登れるわけ? この垂直に切り立った崖を。
タヌキにあったっけ? 崖のぼりの才能って。
確か、なかった気がする。いや間違いなく、なかったとあたしは確信する。
・・・・・・・・・・・・。
ブぅラぁン~~~~!!
またタヌキ特有の、ノリと勢いで明るく突っ走る病が始まったなぁ!?
先の展望がまったく無いのに、「なんとかなるさ~あははは」って先走って!
どーすんのよ! せっかくここまで来たのに鳥に会えないなんて!
「情けなくってもう涙も出ない! さっきから汗しか出ないわよ!」
どんだけ頼りにならない夫なのかしら、この白ぽんぽこ! 別に夫じゃないんだけどさ!
「だから大丈夫だってさっきから言ってるだろう?」
言うなりブランは『ボンッ』と音を響かせ変化した。・・・わっ!?
まだブランの変化魔法に慣れていなくて、そのたびに音と煙に驚いてしまう。
薄白い煙の散った後に現れた、その変化の姿を見て、あたしはさらにブッたまげてしまった。
・・・なんて大きな鳥の姿!!
真っ白な大鳥に、ブランは変化していた。
デカい! これがブランだと分かっていても、思わず尻込みしてしまうほどにデカい!
あぜんとしている目の前で、大鳥のブランはバサバサッと羽ばたいた。巻き起こった風を受け、あたしは顔をしかめる。
フワリ、と軽やかにブランはあたしの頭上まで舞い上がった。
「飛ぶぞ、ミアン」
ガシッ!っと鳥の爪が、あたしの二の腕あたりをつかんだ。そして・・・。
そのままぐうぅん!っと一気に空へ向かって急上昇した!!
きゃああぁぁーーー!?